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エピローグ2.落陽
第十二話 And she went up the stairway to heaven.
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ハルは抱擁を解くと真っ赤な目でミラを見つめる。
「そう。もうお別れなのね」
「ええ」
「永遠に?」
「そう、永遠に」
再びハルの目から涙があふれる。
「じゃあ、ミラに言っておかなくちゃね」
ハルは両手を掲げ、ミラの頬に触れる。ミラの頬はまるで人間のように柔らかで暖かかった。
「何を?」
「愛していた、と。私たちはずっとあなたの事を愛していたよ、と」
たまらずミラは再びハルを抱擁する。
「あなたは私の自慢の娘だったわ」
「ええ、ありがとう。お母さん」
「天国のあの子にもそう伝えてやって頂戴」
「ええ、ええ、そう言っておくわ。私が天国に行けたのなら」
「あなたは本当にいい子なんだもの、きっと行ける」
ハルの笑顔は慈愛に満ちあふれた母親のそれだった。
「ありがとう……!」
ミラは再び『母』を強く優しく抱擁する。
名残惜しい別れを済ませたミラは伊緒の前に立った。シリルのために、と持ってきた端末で、ミラの感情プログラムとカウンセリングプログラムは容易に削除可能だが、本当にこれで良いものか。伊緒はまだミラの決意の強さを測りかねていた。
「繰り返しになりますけど、本当にいいんですか。復旧はできませんよ」
ミラは再びはっきりと自分の意思を口にする。
「ええ、先生。私の意思に変わりはありません。これまで本当にありがとうございました」
まだ少し涙で潤んだ瞳はまるで人間であるかのようだ。ミラはしっかりと頷いた。
ホスピスに併設された病院の待合室は静まり返っているとは言え、幾人かの人が診察待ちをしている。伊緒が周囲を見渡すと、少し奥まった検査棟の一角に、人けのないロビーチェアを見つけた。
そこに座ったミラが目を閉じると、伊緒は手早くいくつかのコマンドを入力しただけで、あっけないほどに処理を済ませる。
目を閉じていたミラがゆっくりとその眼を開いた時、その面差しはシリルのものであった。
「どう。シリル」
「ええ、そうね。もう全くミラさんを感じない。まるでどこかに引っ越していったみたい」
しばしの間深い沈黙が流れる。
泣き腫らした目をしてシリルの隣に座っていたハルが、ゆっくりと立ち上がり深々と伊緒とシリルに礼をする。
「島谷先生。シリルさん。今まで本当にありがとうございました」
「いや、そんなよして下さい」
「そうよお母さん。私たちは本当に何も」
「いいえ、ミラを生かしておいてくれただけでなく、そのおかげであの人にもいい死に方をさせて下さいました。そして私も、とうの昔に死なせてしまった一人娘と一時とは言えこうして再会できたのですから、これほどの事はありません。何度お礼を言っても足りないくらいです」
「いや、私たちの方こそ、もっと気を回してミラさんとお会いできる機会を作るべきでした。申し訳ありません」
「いいえ、それでよかったのです。そうでなければ私の治療はきっと進まなかったと思います」
そのハルの笑みは今までとは違うものだった。
「これから私はミラのいない世界で生きてゆきます。きっともっと早くこうすべきだったのでしょう」
丸まった背もほんの少し伸び、目には弱々しいながらも強さと決意を示す微かな光が宿っている。伊緒は悟った。今ハルのデミレル療法による治療が完了したことを。
「そう。もうお別れなのね」
「ええ」
「永遠に?」
「そう、永遠に」
再びハルの目から涙があふれる。
「じゃあ、ミラに言っておかなくちゃね」
ハルは両手を掲げ、ミラの頬に触れる。ミラの頬はまるで人間のように柔らかで暖かかった。
「何を?」
「愛していた、と。私たちはずっとあなたの事を愛していたよ、と」
たまらずミラは再びハルを抱擁する。
「あなたは私の自慢の娘だったわ」
「ええ、ありがとう。お母さん」
「天国のあの子にもそう伝えてやって頂戴」
「ええ、ええ、そう言っておくわ。私が天国に行けたのなら」
「あなたは本当にいい子なんだもの、きっと行ける」
ハルの笑顔は慈愛に満ちあふれた母親のそれだった。
「ありがとう……!」
ミラは再び『母』を強く優しく抱擁する。
名残惜しい別れを済ませたミラは伊緒の前に立った。シリルのために、と持ってきた端末で、ミラの感情プログラムとカウンセリングプログラムは容易に削除可能だが、本当にこれで良いものか。伊緒はまだミラの決意の強さを測りかねていた。
「繰り返しになりますけど、本当にいいんですか。復旧はできませんよ」
ミラは再びはっきりと自分の意思を口にする。
「ええ、先生。私の意思に変わりはありません。これまで本当にありがとうございました」
まだ少し涙で潤んだ瞳はまるで人間であるかのようだ。ミラはしっかりと頷いた。
ホスピスに併設された病院の待合室は静まり返っているとは言え、幾人かの人が診察待ちをしている。伊緒が周囲を見渡すと、少し奥まった検査棟の一角に、人けのないロビーチェアを見つけた。
そこに座ったミラが目を閉じると、伊緒は手早くいくつかのコマンドを入力しただけで、あっけないほどに処理を済ませる。
目を閉じていたミラがゆっくりとその眼を開いた時、その面差しはシリルのものであった。
「どう。シリル」
「ええ、そうね。もう全くミラさんを感じない。まるでどこかに引っ越していったみたい」
しばしの間深い沈黙が流れる。
泣き腫らした目をしてシリルの隣に座っていたハルが、ゆっくりと立ち上がり深々と伊緒とシリルに礼をする。
「島谷先生。シリルさん。今まで本当にありがとうございました」
「いや、そんなよして下さい」
「そうよお母さん。私たちは本当に何も」
「いいえ、ミラを生かしておいてくれただけでなく、そのおかげであの人にもいい死に方をさせて下さいました。そして私も、とうの昔に死なせてしまった一人娘と一時とは言えこうして再会できたのですから、これほどの事はありません。何度お礼を言っても足りないくらいです」
「いや、私たちの方こそ、もっと気を回してミラさんとお会いできる機会を作るべきでした。申し訳ありません」
「いいえ、それでよかったのです。そうでなければ私の治療はきっと進まなかったと思います」
そのハルの笑みは今までとは違うものだった。
「これから私はミラのいない世界で生きてゆきます。きっともっと早くこうすべきだったのでしょう」
丸まった背もほんの少し伸び、目には弱々しいながらも強さと決意を示す微かな光が宿っている。伊緒は悟った。今ハルのデミレル療法による治療が完了したことを。
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