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エピローグ2.落陽

第七話 “父”の頼み

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 弦造が心と体の繋がりについて説明をしてもシリルは今一つ腑に落ちなかった。

「ですが、その身体の反応を指示しているのは脳です。やはり心のある場所は脳なのではないのでしょうか」

「そうだな。だが身体からも脳に数多の信号が送られている。だがさっきも言った通り脳と身体はこのように無数の信号をやり取りして密接につながったネットワークを構築している。そして心はそのネットワークそのものの上にある。そのネットワークがない、もしくは未発達なアンドロイドがもつ心は、人間から見ればやはり不完全なものなのだ」

 弦造があえて「不完全」と言ったことに怪訝な表情を浮かべつつ、シリルは弦造にささやかな反論を試みた。

「ですが人間の精神活動は脳内の化学変化に過ぎません。これは――」

 我が意を得たりといった表情をする弦造。

「これはアンドロイドの感情プログラムの電気的反応と同じだ。そう言いたいのだろう。では心は何によって形作られている」

「それは…… わかりません」

「アンドロイドの感情プログラムは『ロボット工学三原則』を含め、人間の為にかくあれと強制された『規範』で縛られている。つまり人間に従属する事がその『感情』の絶対的基盤となっている」

 弦造の表情はシリルが初めて見た時とは違って幾分活力を取り戻し血色もよくなってきつつある様子がうかがえる。はっきりとした口調で熱弁をふるう。

「だが人間は違う。人間の心を構成する基盤は欲求だ。欲望や危機回避を望むものだ。これは誰からも強制されるものではないし縛られるものではない。自分の内面から生まれるはるかに自由なものだ。これはアンドロイドとは全く違う。人間の食欲のようにお前には充電欲はあるか? 性的欲求はあるか? 躯体のセーブモードを休息欲としてその心で捉えるか。顕示欲はあるのか。対立欲求は、名誉欲は、優位欲はどうだ。あるのか」

「いいえ」

「つまりはそう言うことだ」

「お前はあの女を愛しているそうだが、それは何故だ?」

「お話するつもりはありません」

「俺に言わせれば、本来人類と所有者に隷属するようプログラミングされていた感情プログラムに、Wraithレイスが何らかの干渉をし、その対象をあの女一人に集約させてしまったからだ」

「私はあの人に隷属してなどいません」

 シリルは伊緒と擦れ違いや喧嘩もある日常を思い返していた。

「ほう、本当だとしたら実に興味深い話だ」

 初めてシリルの方を向いた弦造の表情は意外にも冷たさをあまり感じないものだった。だが技術者としての好奇心に満ちたその目はやはりシリルを機械としてしか捉えていない。

「シリル。最期に頼みがある」

 シリルの方を向いたままで弦造が発する真剣な声にシリルも思わずひきこまれる。

「なんでしょう」

「あの時の戦闘記録をよこせ」

 それは恐らく自分を救出しようとした伊緒を守ってシリルが単身戦った時のデータの事だろう。シリルとしては背中に冷や水を浴びせられたような気分になった。この男は今際の際にあってまだシリルを機械としてしか見ずかつての自分の仕事に憑りつかれているのか。

「お断りします。アンドロイドを利用した再軍備に協力するつもりはありません」

 この時のシリルの表情も声も弦造のように冷たいものだった。

「そうか」

 この男がシリルを呼んだのは、アンドロイドの心についての教示や雑談をするためではなく、自分自身のエゴのためだったのだとシリルは感じた。弦造の希望に沿って今ここに来てしまっている自分に強い後悔の念を覚える。うんざりしたシリルは席を立ちたい衝動に駆られた。
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