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エピローグ2.落陽
第三話 出立前
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宮木彩希はシリルの淹れたマンデリンのコクを堪能していた。
「すごい。完璧だよ矢木澤さん。カフェを開いたらさぞかし繁盛するだろうに」
シリルは少し照れたように笑う。
「おだて過ぎですよ宮木さん。プログラムに沿って淹れただけなんですから。でも、クリニックにカフェを作ってもいいかも知れないわね」
伊緒ほどではないにしろ、仕事柄彩希もアンドロイドに精通してはいるつもりだ。その彩希から見てもシリルの表情は所謂「心つき」の感情型アンドロイドのそれとはどこかが違う。不思議と相手を穏やかな気持ちにさせる。これこそが伊緒の心をとらえて離さない魅力だったのかも知れないな、と今更ながらに彩希は思う。そしてシリルが少し羨ましく、そしてほんの少し妬ましく感じる。
一方でシリルの言葉を聞いた伊緒は少し困ったようにこぼした。
「いやいや、これ以上忙しくしてどうするの。オーバーヒートしちゃうよ。演奏活動と自然観察園の仕事もあるのに」
伊緒とシリルが切り盛りするクリニックは、3DTVでもネットでも時折紹介され話題となっていた。
「へえ、そんなに流行ってるんだ、伊緒と矢木澤さんのクリニック。えーとル、ルイ?」
「ルイーニャ消化器内科及びアンドロイド総合クリニック」
「ああ、そうそうそれそれ。喉まで出かかってたんだけどなあ」
彩希の適当でちょっとふざけた受け答えが伊緒には何だか懐かしい。
「シリル。こういう時の彩希は信じちゃいけないんだから」
「ええ、ふふっ」
「ひどいな二人とも、本当の事さ」
「はいはい」
「わかりました」
「ちぇ」
三人がいたずらっぽい目を交わしながら語らっているとリビングにおずおずと入ってくる小さな人影があった。
「伊緒、シリル」
「ああ、マイア」
黒い髪を二つに束ねた少女型アンドロイドが伊緒とシリルを覗き込んでいた。その鳶色の瞳にはシリルと同じ深紅と黄金の輝きが揺らめく。伊緒はマイアと呼ばれたアンドロイドに声をかけた。
「ほら、このおばさんがあたしたちのいない間マイアの面倒を見てくれるからね」
「おばさん」
伊緒に抗議の視線を向ける彩希。そんな彩希にマイアは礼儀正しく挨拶をする。
「ええ、私マイアと言います。よろしくお願いします、おばさん」
「いやいやいやいや、せめて彩希『お姉さん』と言って欲しいなマイアちゃん」
「くすくす」
「ははっ」
彩希はマイアのもとに向かうと膝をつきマイアと同じ目線で肩に手を置く。優しく話しかける。
「彩希『お姉さん』はね、マイアちゃんを製造したRevelation社の元社員なの。だからマイアちゃんの事ならなんでもござれおまかせあれ。さあ今なにかお困りごとはございませんか? お嬢様」
「アイス食べたい」
「アイス」
意表を突いた子供らしい困りごとに目を白黒させる彩希
「ぷっ」
「くくっ」
彩希は少々動揺しながらもシリルの方を見た。
「ああ、ねえアイスは一日いくつまでなら?」
「ひとつね。数を決めていなかったら一度に九つも食べてしまって。消化吸収ユニットが痛んで大変だったんです」
「だって」
マイアに優しく語りかける彩希を無視して直接シリルに懇願するような眼で見つめるマイア。
「みっつ」
「じゃ、このお留守番中はふたつ。絶対よ」
「はあい」
マイアは小走りに伊緒とシリルの方へ向かい、二人の間に勢いよく座る。それにあわせて彩希もまたソファに戻ると、今ではもう少し冷めたマンデリンに手を伸ばす。
「今いくつの設定なんです?」
「五つ。できれば学校に行かせたいんですけれど」
「それは色々大変そうだね」
「ええ、確かにその通り。でも学校での経験は、データの追加・更新などでは決して手に入れられない、貴重な記録になるから」
「そうか、そうだよねえ…… 行けるといいですね」
「ええ」
一瞬だが三人とも何かを思い起こすような表情をする。
伊緒は立ち上がるとタイトスカートを直し、ソファのひじ掛けにかけていたスーツを羽織る。パンツスーツのシリルも立ち上がる。
「さあて、そろそろいい時間かな。じゃあ彩希、悪いけどお留守番よろしくね。本当に助かったよ」
「うん。楽しんできて、なんて言える様な旅行じゃないだろうけど何事もなく無事帰って来てね」
「ありがと。ああ、お礼はアイスで」
ウィンクをする伊緒に彩希は色々な意味で動揺する。
「げっ」
「ふふっ、あちらでいいお酒でも見つけたら買ってきますね。何かお好みとかありますか」
「麦焼酎の鴛鴦があれば最高なんですが、これがなかなかなくて……」
「探してみるよ、じゃああとはよろしくね」
「マイアもいい子にしておばさんの言う事を聞くのよ」
「おばっ」
「はあい、いってらっしゃあい」
玄関で彩希とマイアは手を振って伊緒とシリルを見送る。玄関の戸締りをした後彩希はいたずらっぽい目でマイアの方を向く。
「さて、マイアちゃん。これから二人でいいことしようね」
「それ悪い人の言葉」
「あ、ああ、さすが教育が行き届いているね。そうじゃなくて、おば、じゃないお姉さんが面白いもを見せてあげるからその種明かしができるかなあ?」
「面白いもの? 種明かしって?」
「ふふふー、首を洗って楽しみにしてねー」
「おばさんそれも悪い人の言葉」
「うん、ごめんなさいね…… いやでも、『おばさん』も悪い人の言葉として登録しておいてくれないかなあ?」
「すごい。完璧だよ矢木澤さん。カフェを開いたらさぞかし繁盛するだろうに」
シリルは少し照れたように笑う。
「おだて過ぎですよ宮木さん。プログラムに沿って淹れただけなんですから。でも、クリニックにカフェを作ってもいいかも知れないわね」
伊緒ほどではないにしろ、仕事柄彩希もアンドロイドに精通してはいるつもりだ。その彩希から見てもシリルの表情は所謂「心つき」の感情型アンドロイドのそれとはどこかが違う。不思議と相手を穏やかな気持ちにさせる。これこそが伊緒の心をとらえて離さない魅力だったのかも知れないな、と今更ながらに彩希は思う。そしてシリルが少し羨ましく、そしてほんの少し妬ましく感じる。
一方でシリルの言葉を聞いた伊緒は少し困ったようにこぼした。
「いやいや、これ以上忙しくしてどうするの。オーバーヒートしちゃうよ。演奏活動と自然観察園の仕事もあるのに」
伊緒とシリルが切り盛りするクリニックは、3DTVでもネットでも時折紹介され話題となっていた。
「へえ、そんなに流行ってるんだ、伊緒と矢木澤さんのクリニック。えーとル、ルイ?」
「ルイーニャ消化器内科及びアンドロイド総合クリニック」
「ああ、そうそうそれそれ。喉まで出かかってたんだけどなあ」
彩希の適当でちょっとふざけた受け答えが伊緒には何だか懐かしい。
「シリル。こういう時の彩希は信じちゃいけないんだから」
「ええ、ふふっ」
「ひどいな二人とも、本当の事さ」
「はいはい」
「わかりました」
「ちぇ」
三人がいたずらっぽい目を交わしながら語らっているとリビングにおずおずと入ってくる小さな人影があった。
「伊緒、シリル」
「ああ、マイア」
黒い髪を二つに束ねた少女型アンドロイドが伊緒とシリルを覗き込んでいた。その鳶色の瞳にはシリルと同じ深紅と黄金の輝きが揺らめく。伊緒はマイアと呼ばれたアンドロイドに声をかけた。
「ほら、このおばさんがあたしたちのいない間マイアの面倒を見てくれるからね」
「おばさん」
伊緒に抗議の視線を向ける彩希。そんな彩希にマイアは礼儀正しく挨拶をする。
「ええ、私マイアと言います。よろしくお願いします、おばさん」
「いやいやいやいや、せめて彩希『お姉さん』と言って欲しいなマイアちゃん」
「くすくす」
「ははっ」
彩希はマイアのもとに向かうと膝をつきマイアと同じ目線で肩に手を置く。優しく話しかける。
「彩希『お姉さん』はね、マイアちゃんを製造したRevelation社の元社員なの。だからマイアちゃんの事ならなんでもござれおまかせあれ。さあ今なにかお困りごとはございませんか? お嬢様」
「アイス食べたい」
「アイス」
意表を突いた子供らしい困りごとに目を白黒させる彩希
「ぷっ」
「くくっ」
彩希は少々動揺しながらもシリルの方を見た。
「ああ、ねえアイスは一日いくつまでなら?」
「ひとつね。数を決めていなかったら一度に九つも食べてしまって。消化吸収ユニットが痛んで大変だったんです」
「だって」
マイアに優しく語りかける彩希を無視して直接シリルに懇願するような眼で見つめるマイア。
「みっつ」
「じゃ、このお留守番中はふたつ。絶対よ」
「はあい」
マイアは小走りに伊緒とシリルの方へ向かい、二人の間に勢いよく座る。それにあわせて彩希もまたソファに戻ると、今ではもう少し冷めたマンデリンに手を伸ばす。
「今いくつの設定なんです?」
「五つ。できれば学校に行かせたいんですけれど」
「それは色々大変そうだね」
「ええ、確かにその通り。でも学校での経験は、データの追加・更新などでは決して手に入れられない、貴重な記録になるから」
「そうか、そうだよねえ…… 行けるといいですね」
「ええ」
一瞬だが三人とも何かを思い起こすような表情をする。
伊緒は立ち上がるとタイトスカートを直し、ソファのひじ掛けにかけていたスーツを羽織る。パンツスーツのシリルも立ち上がる。
「さあて、そろそろいい時間かな。じゃあ彩希、悪いけどお留守番よろしくね。本当に助かったよ」
「うん。楽しんできて、なんて言える様な旅行じゃないだろうけど何事もなく無事帰って来てね」
「ありがと。ああ、お礼はアイスで」
ウィンクをする伊緒に彩希は色々な意味で動揺する。
「げっ」
「ふふっ、あちらでいいお酒でも見つけたら買ってきますね。何かお好みとかありますか」
「麦焼酎の鴛鴦があれば最高なんですが、これがなかなかなくて……」
「探してみるよ、じゃああとはよろしくね」
「マイアもいい子にしておばさんの言う事を聞くのよ」
「おばっ」
「はあい、いってらっしゃあい」
玄関で彩希とマイアは手を振って伊緒とシリルを見送る。玄関の戸締りをした後彩希はいたずらっぽい目でマイアの方を向く。
「さて、マイアちゃん。これから二人でいいことしようね」
「それ悪い人の言葉」
「あ、ああ、さすが教育が行き届いているね。そうじゃなくて、おば、じゃないお姉さんが面白いもを見せてあげるからその種明かしができるかなあ?」
「面白いもの? 種明かしって?」
「ふふふー、首を洗って楽しみにしてねー」
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