偽りの星灯火(ほしともしび)

永倉圭夏

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エピローグ2.落陽

第一話 思いがけないメール

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 新星暦紀439年、それまで生活していたスペースコロニーから惑星ローワンに移住した島谷伊緒いお矢木澤やぎさわ紫苑しおんシリルは、首都アリージャ近郊に消化器内科兼アンドロイド総合クリニック「ルイーニャ(※)」を開業し、すぐそばに4LDKの自宅を建てた。

 地上での生活はそれまでのコロニー暮らしを一変させるもので、何もかもが新鮮であった。
 広々とした家や街並み、空気漏れ情報に怯えなくていい毎日、合成物ではない自然食の美味しさと豊かな食生活、さんさんと輝く自然の太陽と三つの月、広々とした地平線、そしてどこまでも続く空の高さ。時に予測不能な天候や、広大過ぎる世界ゆえに移動時間がかかるなど、不便なことも多くあったが、それすらも二人には楽しいものであった。
 そして新星暦紀441年六月三日。新緑が眩しい若々しさあふれる季節。乾いた初夏の爽やかな風が心地いい一日だった。

「おかえ……り…… マイアはもう寝かせたよ。……どうしたの? シリル元気ないね。仕事で何かあった?」

 シリルがまるで測ったかのように二十一時三十五分ちょうどに帰宅すると、キッチンから顔をのぞかせたのはロングスカートに可愛らしいエプロンをかけた伊緒だった。ピンク色のエプロンのポケットにはクマさんのアップリケがあしらってある。その手には若干焦げたソース焼きそばが入ったフライパンが握られていた。世界的に著名な医師とはとても思えない姿だ。
 その伊緒は遅い夕ご飯の出来よりもシリルの思い詰めた表情の方が気がかりだった。

「職場に私宛のメールが来ていて…」

 現在シリルはピアノやバイオリン演奏家としての活動を続けている。だが、それだけではなく近在の庁営自然観察園の非常勤職員でもあった。クリニックの休診日には探鳥会や自然観察会に参加し、学習会に勉強会のセッティングも行う。そのほか園の整備などに余念のない日々を送っている。インストラクターや講師としてのプログラムも既にインストール済みで月に一回程度は講師を務めていた。
 そう言ったわけで当然仕事上のメールのやり取りはあるだろう。しかし伊緒には、今シリルが話題にしているのはどうもそういった類のものではなさそうに見えた。シリルは困惑の表情が隠せない様子で、伊緒にはそれがとても心配だった。

 伊緒はそそくさとフライパンをコンロの上に戻すと、エプロンはそのままにダイニングキッチンの椅子に掛ける。それにあわせシリルがテーブルの角を挟んで斜め横に座る。

「珍しいね。誰から?」

「誰、って言えばいいのか… うん、そうね、前所有者。の元奥さん」

 シリルの表情は困惑に加え不安の色を濃くし伊緒の問いに答える。視線は伊緒には向けず、ダイニングキッチンのあちらこちらをさ迷う。

「えっ、って言うとハルさん? それはいったいどうして…… しかもいきなりだね」

 シリルはまるで人間のように右こめかみを押さえ、ちらっと目線を落とすと呟くように話す。

「…… 前所有者が、『お父さん』が会いたがっているって』

「えっ!」

 あまりにも意外な話に伊緒は目を丸くした。
 ひどい頭痛がするかのような表情で頭をゆっくり揺らすシリル。本当に頭痛がしているように見える。

「伊緒、私どうしたらいいかな。『お母さん』ならともかく正直『お父さん』は……」

 腕を組んで背もたれに背中を預ける伊緒。シリル同様やはり表情は暗い。もっとも、彼の事を思えばほとんど全ての人がそうなるはずだ。

「あたしも何度か会ったけど、実のところ冷たくて話しづらい感じの人だったなあ。でもなんで。二人はあの頃に離婚していたよね」

 伊緒の言うあの頃とは、シリルが言うところの「父」、前所有者の矢木澤弦造とその妻である「母」ハルが離婚に至った頃のことだ。

 これを機に弦造によって不要とされたシリルは廃棄されることになる。それが許せなかった伊緒は、荻嶋おぎしま希美代きみよやジリアンと共にシリルを救い出そうとした。だが伊緒はシリル救出に失敗し、その結果シリルはほんの一時期「死んだ」事になっていたのだった。
 そして弦造は離婚後ほどなくして妻子ある女性と再婚している。

「きっとお父さんがそうさせたんでしょ。お父さん自身やお父さんの今の奥さんからのメールだったら私も間違いなく断るだろうし。お母さんも人がいいと言うか断れない人だから……」

「でもなんで急に会いたいだなんて」

伊緒には弦造の心理がどうしても理解できなかった。


 ▼用語:
 ※ ルイーニャ:
 ポルトガル語で『小さな月』。惑星ローワンの月は三つあり(プルートス、ダミアー、カローン)そのいずれも地球の月とは比べ物にならないほど小さい。
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