67 / 100
量子が繋ぐ心
第67話 我が星、我が灯火、我が愛
しおりを挟む
食器洗い乾燥機さえない伊緒の家では、夕食後にはいつも伊緒とシリルが一緒に食器を洗う。食事を摂る事がほとんどないシリルに洗い物をさせるのは気が引けるといつも伊緒は言うのだが、シリルもやはり頑固者で、少しでも一緒に何かをする時間が欲しいのだと言い張る。
「今日の演奏会はどうだった?」
「ううん、まあまあだったかしら。やっぱりなかなか思った通りには弾けないものね。バイオリンはしばらく休んでまたピアノに専念しようかなあ」
「でも自動演奏はもうしないんでしょ」
「そうね。うまく表現できた時の達成感も大きいし、実際の出来栄えが全く違うの。それにお客さんの反応も面白いのよ。『ううむ、こんなアンドロイドの演奏はついぞ聴いたことがありませんぞ!』ですって。ふふふっ」
シリルは伊緒ほどの著名人ではないとは言え、ごく小規模な演奏会では知る人ぞ知るアンドロイド演奏家として頭角を現しつつあった。機械的正確性の技巧と、機械にあるまじき繊細で濃密な表現が注目を集め始めている。
「へえ、これからの成長が楽しみな逸材だ。ティコ・ブラーエ広域コンクール優勝の際にはちゃんと帯同させてよね。リクエストがあれば頑張ってあたしも妻としてスピーチするからさ」
「やだからかわないで、アンドロイド医療の最先端を行く若きドクターさん。あなたならいつかきっと『ザ・パイオニア』に出演するわ。その時はちゃんと私も妻として出演させてね」
「いやいやいやいや、買いかぶり過ぎでしょー、君こそからかうの止めてよー」
「『島谷には決して譲れない一つの信条があった』」
公営放送のお堅い職業人ドキュメンタリー番組のナレーターそっくりの音声を合成して喋るシリル。
「うわだからやめてー、それ小っ恥ずかしいわー、ホント声そっくりだし!」
「『アンドロイドは人だ。』」
「!」
「ふふっ」
「……へへっ」
「ありがと伊緒。私、その信条のおかげで今も生きていられるの」
「どういたしまして。愛する人のためだもの、お安い御用さ」
「あ、そうそう。今日は希美代さんとジリアンさんが来てくれたの。二人共とても良かったって褒めてくれたわ。それと伊緒によろしくって」
「ホントに? 二人ともだいぶ長い事あってないや。沢山お世話になったのに不義理しちゃってるなあ。少しは休みが取れたらいいんだけど」
「ねえ、それならキャンプをしない? 高校の時のように」
「いいね! なんだか同窓会みたいだ。よおし、何が何でも休みをとるぞ!」
飾り気のない大きな白磁の皿を洗いかごに置こうとして、ふとシリルは思う。
愛はどこから生まれてくるのだろう、と。
その場所がどこなのか、シリルのデーターベースを検索してもどこにも見当たらない。だがシリルにはわかった。その回答がすぐ隣にあるということを。そう思うと何故だか急に胸が温かくなる感覚がして、シリルはそっと一人でほほ笑んだ。
そして、今自分の隣で、調子っぱずれな鼻歌交じりに食器を洗っている彼女、自分のことを機械でもロボットでもアンドロイドでもなく一人の人として愛してくれた伊緒への深い愛情と感謝の念が湧き上がる。
十七歳のあの夏。伊緒がシリルを救い出そうとしたあの夏の日。
あれから十一年余りの歳月を経てようやく今伊緒とシリルは完全な愛の形を取り戻した。
そして伊緒は世界で最初にアンドロイドとの婚姻を宣言した人物として一躍時の人となった。半年後の挙式に向け準備を進めている。
今シリルは伊緒を愛し音楽を通じてそこに生きる道しるべを見出した。
これが私の星。これこそが我が灯火。偽りの星灯火をシリルもまた手に入れたのだ。
伊緒の婚姻発表に遅れること二日。Kreuzstern社の上級技術師、荻嶋希美代もまた自身の所有するメイドアンドロイドの荻嶋ジリアンと婚姻する旨の宣言をした。
「今日の演奏会はどうだった?」
「ううん、まあまあだったかしら。やっぱりなかなか思った通りには弾けないものね。バイオリンはしばらく休んでまたピアノに専念しようかなあ」
「でも自動演奏はもうしないんでしょ」
「そうね。うまく表現できた時の達成感も大きいし、実際の出来栄えが全く違うの。それにお客さんの反応も面白いのよ。『ううむ、こんなアンドロイドの演奏はついぞ聴いたことがありませんぞ!』ですって。ふふふっ」
シリルは伊緒ほどの著名人ではないとは言え、ごく小規模な演奏会では知る人ぞ知るアンドロイド演奏家として頭角を現しつつあった。機械的正確性の技巧と、機械にあるまじき繊細で濃密な表現が注目を集め始めている。
「へえ、これからの成長が楽しみな逸材だ。ティコ・ブラーエ広域コンクール優勝の際にはちゃんと帯同させてよね。リクエストがあれば頑張ってあたしも妻としてスピーチするからさ」
「やだからかわないで、アンドロイド医療の最先端を行く若きドクターさん。あなたならいつかきっと『ザ・パイオニア』に出演するわ。その時はちゃんと私も妻として出演させてね」
「いやいやいやいや、買いかぶり過ぎでしょー、君こそからかうの止めてよー」
「『島谷には決して譲れない一つの信条があった』」
公営放送のお堅い職業人ドキュメンタリー番組のナレーターそっくりの音声を合成して喋るシリル。
「うわだからやめてー、それ小っ恥ずかしいわー、ホント声そっくりだし!」
「『アンドロイドは人だ。』」
「!」
「ふふっ」
「……へへっ」
「ありがと伊緒。私、その信条のおかげで今も生きていられるの」
「どういたしまして。愛する人のためだもの、お安い御用さ」
「あ、そうそう。今日は希美代さんとジリアンさんが来てくれたの。二人共とても良かったって褒めてくれたわ。それと伊緒によろしくって」
「ホントに? 二人ともだいぶ長い事あってないや。沢山お世話になったのに不義理しちゃってるなあ。少しは休みが取れたらいいんだけど」
「ねえ、それならキャンプをしない? 高校の時のように」
「いいね! なんだか同窓会みたいだ。よおし、何が何でも休みをとるぞ!」
飾り気のない大きな白磁の皿を洗いかごに置こうとして、ふとシリルは思う。
愛はどこから生まれてくるのだろう、と。
その場所がどこなのか、シリルのデーターベースを検索してもどこにも見当たらない。だがシリルにはわかった。その回答がすぐ隣にあるということを。そう思うと何故だか急に胸が温かくなる感覚がして、シリルはそっと一人でほほ笑んだ。
そして、今自分の隣で、調子っぱずれな鼻歌交じりに食器を洗っている彼女、自分のことを機械でもロボットでもアンドロイドでもなく一人の人として愛してくれた伊緒への深い愛情と感謝の念が湧き上がる。
十七歳のあの夏。伊緒がシリルを救い出そうとしたあの夏の日。
あれから十一年余りの歳月を経てようやく今伊緒とシリルは完全な愛の形を取り戻した。
そして伊緒は世界で最初にアンドロイドとの婚姻を宣言した人物として一躍時の人となった。半年後の挙式に向け準備を進めている。
今シリルは伊緒を愛し音楽を通じてそこに生きる道しるべを見出した。
これが私の星。これこそが我が灯火。偽りの星灯火をシリルもまた手に入れたのだ。
伊緒の婚姻発表に遅れること二日。Kreuzstern社の上級技術師、荻嶋希美代もまた自身の所有するメイドアンドロイドの荻嶋ジリアンと婚姻する旨の宣言をした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
眠れない夜の雲をくぐって
ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡
女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。
一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。
最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。
アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。
現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと59隻!(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。
●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる