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量子が繋ぐ心
第64話 再会 ―― 回想 ――
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シリルの救出に失敗して爆発に巻き込まれた際の伊緒の負傷も軽快し、ようやく退院日がやってきた。
退院の嬉しさも自宅の懐かしさも感じず、伊緒の心は空っぽのままだった。荷物を持って雨戸が占めっ放しの自室に入る。
無言で立て付けの悪い雨戸を開けようとした。
自分のすぐ左隣にある学習机に目が行く。
暗がりの中、不思議な物があった。
ここにあるはずのない物。
それを見る伊緒の顔つきがみるみるうちに変わってゆく
「父さん! 父さんっ!」
伊緒は絶叫に近い大声で父を呼びながら、痛さなんてすっかり忘れて駆け足で居間に飛び込む。
「あれ何! あれ! あれ何であんなとこにあるのっ!」
「ん、あれ? どこのあれだ?」
父は伊緒の衣類をバッグから出しながら、伊緒の大声に驚いた顔で要領を得ない回答をする。
「だから! あたしの机の! 脳機能ユニットっ!」
伊緒の机の上には、あちこちの焦げ跡も痛々しい、灰色をした半円形の脳機能ユニットがあった。
父の話によるとこの脳機能ユニットは伊緒の所持品として病院で渡されたものだそうだ。爆発事故で負傷し意識を失っていた伊緒は救急搬送された。救急隊が到着した際には既に伊緒はそれを手にしていたという。救急隊員がそれを伊緒の手から取り上げようとしたが、尋常ではない力で掴んでいて引き剥がす事が出来なかった。救急隊はこの脳機能ユニットを事故現場から持ち出されたものではなく、伊緒本人の所持品だと判断してそのまま伊緒とともに病院に引き渡した。その理由は結局判らず仕舞いだった。
伊緒は震えが止まらない。裏側の型番を確認する。プリントされた文字はBAF-705-W。間違いない。シリルの型番、AF-705に対応する脳機能の型番だ。そしてあの時周りにはAF-705のアンドロイドはいなかった。
伊緒はすぐさま携帯統合端末で希美代に連絡を取る。希美代は相変わらずつまらなさそう、かつ不機嫌そうに端末を取る。
「なによ…… あ、今日退院か」
「あった! 脳機能ユニットがあった!」
「なんですって! どういうことよそれ!」
希美代とジルはその日のうちに伊緒の家に押し掛けてきた。呼び鈴を鳴らす音に気付いた伊緒がモニターを覗いてみると二人が映っていたのだ。二人とも様々な機器が入った大きなバッグを抱えている。驚いてドアを開くと二人が飛び込んできた。
「あれ、明日来るって話じゃなかったっけ……」
「いいから! ねえ早くそれ見せて! もうやきもきしてしょうがないの!」
「ごめんくださいまし」
息せき切って玄関にから廊下に上がる希美代と呆然とする伊緒とマイペースで落ち着き払ったジル。
「え、ああ、部屋にあるけど……」
「どこっ、ああもう早くしてったら!」
「え、ああ、うんっ、こっちっ」
「あの、お父様でいらっしゃいますね。いきなりお邪魔して申し訳ございません。こちら11番街のフルールのモンブランです。お口に合いますかどうか……」
希美代の勢いに発破をかけられた形の伊緒。パッと目が覚めたようにして希美代とともに伊緒の部屋に駆け込む。その間ジリアンが伊緒の父にご挨拶と手土産を渡す。
「え…… ああ、これはご丁寧にどうも……」
「ジル! ジル! 解析するから手伝いなさい!」
「あ、呼ばれましたので私はこれで。騒々しいかとは思いますがどうぞ平にご容赦くださいませ」
「は、はあ……」
慌ただしい希美代と伊緒、そして落ち着き払ったジルのけたたましさに、何がどうなっているのか事態を把握しきれない伊緒の父。モンブランの箱を持って呆気に取られているしかなかった。
三人で調べた結果、伊緒の手にあった脳機能ユニットはシリルのものに間違いはなかった。だが、その中身を調べた結果は最悪にほぼ等しい、程度のものだった。爆発時に強い衝撃を受け、また供給電力がほとんど断たれていたシリルの脳機能はシステムもデータも殆どが失われていたのである。
伊緒は改めて深く落胆した。期待を抱いた結末がこれなら、むしろ脳機能ユニットなんて見つからなければよかったとまで思った。
そしてうな垂れる伊緒。不貞腐れた顔でそんな伊緒を睨む希美代。困ったような表情で代わる代わる二人に視線を向けるジル。
「あんた、意外と簡単に折れるのね」
「え……」
希美代のきつい声に伊緒は面を上げる。希美代は鋭い眼で伊緒を責めているようにも見える。早口で伊緒に言葉をぶつける。
「あんた自分でどうするって言ったのよ病院でっ」
「あ」
希美代の言葉にはっとした伊緒は何か大きな決意を秘めた大きな瞳で頷く。
お持たせ――というよりほとんどは自分用に買ってきたモンブランのフォークをくわえている希美代。ケーキ皿を畳に置く。ひらひらな短いスカートなのに薄い座布団の上にあぐらをかき手を突いていた希美代は、伊緒を睨みながらあぐらを解いて身を乗り出し、前のめりに伊緒の目を覗き込む。
「いい? ユニットの中のデータはゼロじゃない。ゼロじゃないの。今の技術では復旧は不可能かもしれないけど、これからの技術の発達次第で状況が好転するかもわからない」
「うん」
伊緒は大きく頷いた。
「いいから早く腹を決めなさいよ――」
今度は黙って大きく頷く伊緒だった。
この後二人は長い時間をかけて話し合った。
退院の嬉しさも自宅の懐かしさも感じず、伊緒の心は空っぽのままだった。荷物を持って雨戸が占めっ放しの自室に入る。
無言で立て付けの悪い雨戸を開けようとした。
自分のすぐ左隣にある学習机に目が行く。
暗がりの中、不思議な物があった。
ここにあるはずのない物。
それを見る伊緒の顔つきがみるみるうちに変わってゆく
「父さん! 父さんっ!」
伊緒は絶叫に近い大声で父を呼びながら、痛さなんてすっかり忘れて駆け足で居間に飛び込む。
「あれ何! あれ! あれ何であんなとこにあるのっ!」
「ん、あれ? どこのあれだ?」
父は伊緒の衣類をバッグから出しながら、伊緒の大声に驚いた顔で要領を得ない回答をする。
「だから! あたしの机の! 脳機能ユニットっ!」
伊緒の机の上には、あちこちの焦げ跡も痛々しい、灰色をした半円形の脳機能ユニットがあった。
父の話によるとこの脳機能ユニットは伊緒の所持品として病院で渡されたものだそうだ。爆発事故で負傷し意識を失っていた伊緒は救急搬送された。救急隊が到着した際には既に伊緒はそれを手にしていたという。救急隊員がそれを伊緒の手から取り上げようとしたが、尋常ではない力で掴んでいて引き剥がす事が出来なかった。救急隊はこの脳機能ユニットを事故現場から持ち出されたものではなく、伊緒本人の所持品だと判断してそのまま伊緒とともに病院に引き渡した。その理由は結局判らず仕舞いだった。
伊緒は震えが止まらない。裏側の型番を確認する。プリントされた文字はBAF-705-W。間違いない。シリルの型番、AF-705に対応する脳機能の型番だ。そしてあの時周りにはAF-705のアンドロイドはいなかった。
伊緒はすぐさま携帯統合端末で希美代に連絡を取る。希美代は相変わらずつまらなさそう、かつ不機嫌そうに端末を取る。
「なによ…… あ、今日退院か」
「あった! 脳機能ユニットがあった!」
「なんですって! どういうことよそれ!」
希美代とジルはその日のうちに伊緒の家に押し掛けてきた。呼び鈴を鳴らす音に気付いた伊緒がモニターを覗いてみると二人が映っていたのだ。二人とも様々な機器が入った大きなバッグを抱えている。驚いてドアを開くと二人が飛び込んできた。
「あれ、明日来るって話じゃなかったっけ……」
「いいから! ねえ早くそれ見せて! もうやきもきしてしょうがないの!」
「ごめんくださいまし」
息せき切って玄関にから廊下に上がる希美代と呆然とする伊緒とマイペースで落ち着き払ったジル。
「え、ああ、部屋にあるけど……」
「どこっ、ああもう早くしてったら!」
「え、ああ、うんっ、こっちっ」
「あの、お父様でいらっしゃいますね。いきなりお邪魔して申し訳ございません。こちら11番街のフルールのモンブランです。お口に合いますかどうか……」
希美代の勢いに発破をかけられた形の伊緒。パッと目が覚めたようにして希美代とともに伊緒の部屋に駆け込む。その間ジリアンが伊緒の父にご挨拶と手土産を渡す。
「え…… ああ、これはご丁寧にどうも……」
「ジル! ジル! 解析するから手伝いなさい!」
「あ、呼ばれましたので私はこれで。騒々しいかとは思いますがどうぞ平にご容赦くださいませ」
「は、はあ……」
慌ただしい希美代と伊緒、そして落ち着き払ったジルのけたたましさに、何がどうなっているのか事態を把握しきれない伊緒の父。モンブランの箱を持って呆気に取られているしかなかった。
三人で調べた結果、伊緒の手にあった脳機能ユニットはシリルのものに間違いはなかった。だが、その中身を調べた結果は最悪にほぼ等しい、程度のものだった。爆発時に強い衝撃を受け、また供給電力がほとんど断たれていたシリルの脳機能はシステムもデータも殆どが失われていたのである。
伊緒は改めて深く落胆した。期待を抱いた結末がこれなら、むしろ脳機能ユニットなんて見つからなければよかったとまで思った。
そしてうな垂れる伊緒。不貞腐れた顔でそんな伊緒を睨む希美代。困ったような表情で代わる代わる二人に視線を向けるジル。
「あんた、意外と簡単に折れるのね」
「え……」
希美代のきつい声に伊緒は面を上げる。希美代は鋭い眼で伊緒を責めているようにも見える。早口で伊緒に言葉をぶつける。
「あんた自分でどうするって言ったのよ病院でっ」
「あ」
希美代の言葉にはっとした伊緒は何か大きな決意を秘めた大きな瞳で頷く。
お持たせ――というよりほとんどは自分用に買ってきたモンブランのフォークをくわえている希美代。ケーキ皿を畳に置く。ひらひらな短いスカートなのに薄い座布団の上にあぐらをかき手を突いていた希美代は、伊緒を睨みながらあぐらを解いて身を乗り出し、前のめりに伊緒の目を覗き込む。
「いい? ユニットの中のデータはゼロじゃない。ゼロじゃないの。今の技術では復旧は不可能かもしれないけど、これからの技術の発達次第で状況が好転するかもわからない」
「うん」
伊緒は大きく頷いた。
「いいから早く腹を決めなさいよ――」
今度は黙って大きく頷く伊緒だった。
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