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新時代を展望する二人
第61話 スクープ
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社屋の休憩コーナーで、宮木はレモンジュースのガムシロップ倍量を二杯立て続けに買っては飲み干した。
「なに、また二日酔い?」
宮木の背後から、小馬鹿にしたような五十畑の声がする。
「正解。五十畑Cdfに五千ポイント」
五十畑の方へ振り返り、こめかみを押さえ頭痛に耐えながら声を振り絞る宮木。
「何に使えるのそのポイント」
腰に手を当ててニヤニヤしながら宮木の無様な姿を眺める五十畑。
「うーん、二万ポイントでハプトンホテルご宿泊、一万ポイントでセルジーのフルコース、五千ポイントで宮木Ldvを好きにしていい券、ってのはどう」
「最後のは要らないわね」
「ああ、そう言うと思ったんだ、絶対そう言うと…… あいたたた」
わざとらしくこめかみを押さえる宮木。
「じゃ、なんで入れたのよ。それに私あんたとは行かないからね」
「え、ばれてた?」
「ばれてるばれてる」
五十畑が少し笑った。
八十六階フロアのドリンクコーナーは人けがなかった。宮木は何事もなかったかのようにこめかみから手を離し腕組みをする。ドリンクコーナーの窓枠に体重をかけ、五十畑にぎりぎり聞こえる声で呟いた。
「で、宮木の耳寄り情報。またまた面白い話が聞こえちゃってさ」
「今度は誰から聞いたの? また篭絡したの? それにそんな話聞いてこっちまでとばっちり受けたくないから」
「人聞きの悪い ―― 今回はほんとたまたま偶然。それにこれはいずれ社内中を駆け巡るだろうから、機密情報じゃないよ」
「じゃ、なんでそんなこそこそしゃべるのよ」
そう言いながら五十畑は宮木の隣につく。
「それで? どういうこと」
「第八雷撃隊はどうやらWraithをかなり解析出来たようでさ。結論から言うとね ―― 結論から言うと」
珍しく言いよどんだ宮木はそれでも一息ついて言葉を続けた。
「現在過去未来の脳機能について、つまりWにおいてもXにおいても、実装間近のYにおいても、Wraithの発生を完全に食い止める事は出来ないという結論に達した、んだそうだ」
宮木の言葉は五十畑にとって極めて衝撃的なものであった。青天の霹靂と言ってもいい。そもそもバグの発生を防げないなどと言う事があり得るのか。五十畑にとって深刻であると同時に不可解な話でもある。半ば呆然とした様子で五十畑は宮木の顔を覗き込んで問いただす。
「なんで……? それって一体どういうことなの……」
「詳しい技術的な事は解らないよ、さすがに。だけど間違いないみたいだね。発生の確率は多少コントロールできるらしいけれど」
宮木は淡々と喋る。どこか斜に構えたいつもの感じがしない。まるで別人のようだ。宮木のようで宮木でない誰か。
「あんたいつも色々な情報を流してくれたけど、その中でもこれはこれ以上なく最悪ね。最悪」
フロアのずっと向こうが見えているかのように遥か彼方へ視線をさ迷わせながら、虚ろなかすれ声を吐き出す五十畑。
「最悪かな」
今度はトマトジュースを啜る宮木に対し五十畑のやり場のない怒りが爆発する。
「最悪よ! 当たり前でしょ。私何のためにこの仕事をしてきたと思う? あんな事をなくすために今まで頑張って来たのよ! ようやく感情部門に配属されるはずだったのに! じゃあこの脳機能どうするの? このまま販売続けちゃうの? どうやったってバグが潰せないってのに?」
「今後、上はもうあれをバグと認識しないかもしれない。条件しだいでは確実に発生させられる可能性もでてきたようだし」
「バグはバグよ! 不確定要素を生む時点でバグじゃない!」
「……うん。この話、実はまだ続きがあってね。幕僚本部会議の席で、出荷前に敢えてWraithを発生させようかって話も出て来たみたいだよ。心付きアンドロイドとして販売するみたいな感じかな?」
「まさか!」
宮木の横顔を見つめる五十畑の顔がさらに青ざめる。
「うん、まあ今はまだまさかの段階だけどね。もう電機電子福祉局に打診は行ってるんじゃないかな」
「随分話が早いじゃない」
青ざめた上に憮然とした表情になる五十畑。
「それがね、さるお方のご尽力だそうで」
「だれ?」
「電機電子福祉局、矢木澤弦造局長」
「それって、元軍備再編検討委員会顧問の!」
「そう、そしてあの素体Cの元の所有者」
「分からない…… なぜ?」
「あたしにだってわからないって。ただ、噂によると――とは言っても、まあ私たちも知っての通りだけど――、矢木澤氏はかつてアンドロイドを所有していて、その脳機能がWraithに浸食されていく様をつぶさに観察していた。それが素体Cなのだ、と――」
「いや、私はちょっと、ううん、かなりちがうと思っているの」
「?」
「もともとアンドロイドの軍用化を模索して、矢木澤局長は素体Cを……」
「なんだって? 軍用?」
五十畑は慌ててタブレットを出すとそこから一枚のファイルを浮かび上がらせた。
「これって……鴎翼高校マスコミ研究会の機関紙? サイバネ研究同好会共著特報? こんなのがあったんだ知らなかったよ」
「そう、発行したその場で生徒会に押収されたから」
「押収!」
今度は宮木が大声を上げる番だった。
「それだけ信ぴょう性があって、それだけ知られたくない内容だった、ってことじゃないかしら」
「……いやしかしまさか」
「まあ、私だってこれにどれほどの信ぴょう性があるかなんて分からないけどね。ね、これ、何が書いてあったか知りたい?」
「そりゃもちろん!」
五十畑がタブレットを人差し指で操作するとホロ画像のページが次々にめくられてゆく。
そこには宮木も知らなかった話が書かれてあった。
「なに、また二日酔い?」
宮木の背後から、小馬鹿にしたような五十畑の声がする。
「正解。五十畑Cdfに五千ポイント」
五十畑の方へ振り返り、こめかみを押さえ頭痛に耐えながら声を振り絞る宮木。
「何に使えるのそのポイント」
腰に手を当ててニヤニヤしながら宮木の無様な姿を眺める五十畑。
「うーん、二万ポイントでハプトンホテルご宿泊、一万ポイントでセルジーのフルコース、五千ポイントで宮木Ldvを好きにしていい券、ってのはどう」
「最後のは要らないわね」
「ああ、そう言うと思ったんだ、絶対そう言うと…… あいたたた」
わざとらしくこめかみを押さえる宮木。
「じゃ、なんで入れたのよ。それに私あんたとは行かないからね」
「え、ばれてた?」
「ばれてるばれてる」
五十畑が少し笑った。
八十六階フロアのドリンクコーナーは人けがなかった。宮木は何事もなかったかのようにこめかみから手を離し腕組みをする。ドリンクコーナーの窓枠に体重をかけ、五十畑にぎりぎり聞こえる声で呟いた。
「で、宮木の耳寄り情報。またまた面白い話が聞こえちゃってさ」
「今度は誰から聞いたの? また篭絡したの? それにそんな話聞いてこっちまでとばっちり受けたくないから」
「人聞きの悪い ―― 今回はほんとたまたま偶然。それにこれはいずれ社内中を駆け巡るだろうから、機密情報じゃないよ」
「じゃ、なんでそんなこそこそしゃべるのよ」
そう言いながら五十畑は宮木の隣につく。
「それで? どういうこと」
「第八雷撃隊はどうやらWraithをかなり解析出来たようでさ。結論から言うとね ―― 結論から言うと」
珍しく言いよどんだ宮木はそれでも一息ついて言葉を続けた。
「現在過去未来の脳機能について、つまりWにおいてもXにおいても、実装間近のYにおいても、Wraithの発生を完全に食い止める事は出来ないという結論に達した、んだそうだ」
宮木の言葉は五十畑にとって極めて衝撃的なものであった。青天の霹靂と言ってもいい。そもそもバグの発生を防げないなどと言う事があり得るのか。五十畑にとって深刻であると同時に不可解な話でもある。半ば呆然とした様子で五十畑は宮木の顔を覗き込んで問いただす。
「なんで……? それって一体どういうことなの……」
「詳しい技術的な事は解らないよ、さすがに。だけど間違いないみたいだね。発生の確率は多少コントロールできるらしいけれど」
宮木は淡々と喋る。どこか斜に構えたいつもの感じがしない。まるで別人のようだ。宮木のようで宮木でない誰か。
「あんたいつも色々な情報を流してくれたけど、その中でもこれはこれ以上なく最悪ね。最悪」
フロアのずっと向こうが見えているかのように遥か彼方へ視線をさ迷わせながら、虚ろなかすれ声を吐き出す五十畑。
「最悪かな」
今度はトマトジュースを啜る宮木に対し五十畑のやり場のない怒りが爆発する。
「最悪よ! 当たり前でしょ。私何のためにこの仕事をしてきたと思う? あんな事をなくすために今まで頑張って来たのよ! ようやく感情部門に配属されるはずだったのに! じゃあこの脳機能どうするの? このまま販売続けちゃうの? どうやったってバグが潰せないってのに?」
「今後、上はもうあれをバグと認識しないかもしれない。条件しだいでは確実に発生させられる可能性もでてきたようだし」
「バグはバグよ! 不確定要素を生む時点でバグじゃない!」
「……うん。この話、実はまだ続きがあってね。幕僚本部会議の席で、出荷前に敢えてWraithを発生させようかって話も出て来たみたいだよ。心付きアンドロイドとして販売するみたいな感じかな?」
「まさか!」
宮木の横顔を見つめる五十畑の顔がさらに青ざめる。
「うん、まあ今はまだまさかの段階だけどね。もう電機電子福祉局に打診は行ってるんじゃないかな」
「随分話が早いじゃない」
青ざめた上に憮然とした表情になる五十畑。
「それがね、さるお方のご尽力だそうで」
「だれ?」
「電機電子福祉局、矢木澤弦造局長」
「それって、元軍備再編検討委員会顧問の!」
「そう、そしてあの素体Cの元の所有者」
「分からない…… なぜ?」
「あたしにだってわからないって。ただ、噂によると――とは言っても、まあ私たちも知っての通りだけど――、矢木澤氏はかつてアンドロイドを所有していて、その脳機能がWraithに浸食されていく様をつぶさに観察していた。それが素体Cなのだ、と――」
「いや、私はちょっと、ううん、かなりちがうと思っているの」
「?」
「もともとアンドロイドの軍用化を模索して、矢木澤局長は素体Cを……」
「なんだって? 軍用?」
五十畑は慌ててタブレットを出すとそこから一枚のファイルを浮かび上がらせた。
「これって……鴎翼高校マスコミ研究会の機関紙? サイバネ研究同好会共著特報? こんなのがあったんだ知らなかったよ」
「そう、発行したその場で生徒会に押収されたから」
「押収!」
今度は宮木が大声を上げる番だった。
「それだけ信ぴょう性があって、それだけ知られたくない内容だった、ってことじゃないかしら」
「……いやしかしまさか」
「まあ、私だってこれにどれほどの信ぴょう性があるかなんて分からないけどね。ね、これ、何が書いてあったか知りたい?」
「そりゃもちろん!」
五十畑がタブレットを人差し指で操作するとホロ画像のページが次々にめくられてゆく。
そこには宮木も知らなかった話が書かれてあった。
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