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シリル救出大作戦 ~ そして涙は流れずとも~

第53話 潜入

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 薄汚れた幌に覆われた荷台にシリルを乗せた資源回収車には、二人の作業員が乗り込んでいて、時間通りにシリルを回収するとリサイクルセンターに向かう。

 今日はストレッチャーに乗せた飛び切り美人の女性型アンドロイドといくつかの大型機械ごみ、それとこれは法律違反なのだが、小遣い稼ぎに引き取った医療用のボンベと可燃ガスボンベが何本かずつ積まれていた。アンドロイドの普及はまだまだで、中小の回収業者はアンドロイド回収業を掲げていようとそれ以外の廃棄物も回収しないとやっていけないのが現状だ。
 眼鏡をかけた若い運転手は矢木澤家で見たシリルの姿がずっと気になって仕方がない。いっそ自分が衣装とともに「ガワ」だけでいいから持ち帰りたいなどと言い出す始末だった。濃いひげを生やした助手席の先輩にその悪趣味をたしなめられる。

 回収車はシリルの自宅を出て狭い一車線の道を走行していた。
 幹線道路に繋がる片側一車線の道に出ようと左折した途端、目の前に衝突したと思しき自転車が二台と、漕ぎ手らしい少女が二人、路上に倒れているのを見つける。眼鏡の運転手は声をあげて慌てて急ブレーキをかけた。

 その道の脇、ちょうどトラックの停車した真横には伊緒と希美代とジルが背の高い雑草に紛れて身を潜めていた。作戦通りぴったり5cmも違わない位置だ。三人は笑顔で頷く。
 トラックから二人の男性が降り二人の高校生に見える少女の様子を覗き込んでうかがう。二人はかすり傷を負っている程度で自転車も傷ついてはいないように見える。

 するとその高校生らしい少女のうちの一人が目を覚ます。

「お、起きたか。物がちゃんと見えるか、痛い所はないか」

「……」

 恰幅が良くひげの濃い作業員は声をかけ、二人はその少女に救急車を呼ぶことを伝えるが、少女はそれをかたくなに拒んだ。かといって何をするでもなくぼんやりしているだけだった。

 ひげの作業員が栄原《えはら》の前に屈みこんで、何度も気遣わし気に話しかける。栄原は音楽祭の学芸会で賞をとった時のように、高い演技力で頭のはっきりしない女子高生を見事に演じきっていた。

「おいしっかりしろよ!」

 眼鏡の作業員に怒鳴られた栄原はびくっとする。これは演技ではない。

「大きい声を出すな。まだぼんやりしてるんだろ。これ何本だ」

「三本……です」

 ひげの作業員が眼鏡の男をたしなめ、栄原に指を見せる。栄原の反応なら頭は大丈夫そうだ。それでも硬膜血腫やくも膜下血腫ができていたら大ごとだ。男は携帯端末をベルトのホルダーから取り出す。

「うん、大丈夫そうだな。頭とか痛い所はないか。救急車呼ぶから動かないで待ってろ」

 この流れも想定済みだった。出来る限り引き延ばして、ぎりぎりのところで、希美代が言うところの「とんずら」をする予定だった。栄原がひげの男の好意を必死になって拒む。

「あの、大丈夫ですから。全然大した事ないので。ここで少しじっとしていれば大丈夫ですから」

「いやいやそうはいかない。後でどんなことになるかわからないんだからな。最悪急に死んでしまう事だってあるんだぞ」

 と栄原の前にしゃがんで心配そうに諭すひげの作業員。
 だが彼らはこれからシリルを壊そうとしている。殺そうとしている。そう思うと栄原は口を真一文字に結んで彼をきっと睨んでしまった。


 回収車の作業員たちから死角になるように、伊緒たち三人はそっとトラックの後部にたどり着いた。ジルが両手の平の指を組み、伊緒がそれを踏み台にしてトラックの荷台に上る。次に希美代が続く。ジルは最後に自力で飛ぶように軽々とトラックの荷台に乗った。


 もう一人の少女、太賀《たが》も目を覚ます。

「お、こちらもお目覚めか。あんたも大丈夫そうだな。念のため救急病院で診てもらえ」

 少し安心した様子のひげ作業員。

「えええ! いやいやいや! だいじょぶですっ、大丈夫ですから、ちょっとぶつかっただけだしっ」

 太賀には演技力はない。ただただ慌てふためいて、ひげの作業員に向かって両手を振り回すだけだった。

「ちょっとぶつかっただけで気ぃ失ったりしないって。いいから大人しく救急車に乗りな。乗ったことないだろ。これもいい経験だ、な」

 にっこり笑って太賀の肩をポンポンと叩くと眼鏡の作業員と話しながら携帯端末の操作を始める。これでは三人の役に立てないのではないか、シリルは無事では済まないのではないか、そんな思いが栄原と太賀の心に走る。栄原と太賀に焦りが生まれる。

「あいっ、たったったぁ……」

 栄原が右ふくらはぎを押さえて身を屈め、か細い声で呻いて見せた。

「おい! どうした! 足が痛いのか?」

「急に足が、足が…… ここ何か捻ったのか…… いったぁ……」

 ひげの男がこちらを向いて驚いた声をあげる。だが携帯端末は眼鏡の作業員に渡し、今は彼が救急と連絡を取ろうと端末を操作している。もう潮時かも知れない。「とんずら」しようか、二人はそっと目配せをした。

 幌をかけたトラックの荷台に潜り込んだ三人は寝台の位置を低く固定したストレッチャーを見つける。伊緒と希美代はマルチグラスのCLEDライト点灯した。ストレッチャーの上にはシリルが寝ていた。伊緒と希美代は緊張のあまりごくりと生唾を飲み込んだ。いつも穏やかな笑顔のジルでさえ緊張した面持ちを崩していない。
 電源を切られている時間が長引けば長引くほどとシリルの脳機能に深刻なダメージが残る。電源シールをシリルの後頭部に貼る。これでしばらくはシリルの脳機能は安全だ。
 希美代とジルが精密作業用の手袋をはめる。伊緒は片方だけはめて、マルチグラスのマイクを爪でこつこつ叩いた。

《・・・― ・・―・ ―・・・ ― ・・―》
 (VFB:大変良い TU:ありがとう)

 その通信を聞いた栄原と太賀は無言で突然立ち上がる。そして自転車に飛び乗ると回収車の向きとは逆の方向に全速力で走り去った。二輪車を除く一方通行の道を四つほど曲がり、安全圏内の公民館分館前の公園にたどり着いたところで二人も信号を送った。

《―・・・ ―・―・ ―・ ・・―》
 (BCNU:また会いましょう)

 すぐに伊緒からの返信が届く。
《―・―・ ・・― ・―・・ ― ―・ ―・・》
 (CUL:また会いましょう GD:良い一日を)

 伊緒からの返信を受けようやく胸をなで下ろした二人。太賀が伊緒に返信する。
《― ・・―  -・・ -・-- -・・・》
 (TU:ありがとう DYB:頑張って)

 公民館の壁に背中を預け脱力して二人はへたり込む。そして頭上を見上げ祈った。
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