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心の基板

第35話 伊緒、懸命に言いくるめを試みる。

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 なんだろう、私の悩みは思ったほど深刻なものではないのかもしれない、とシリルはほんの少しそう感じた。

 だがそう思うのもなんだかちょっぴり悔しい。ぼんやりとした表情でシリルは呟いた。

「いやだ…… 私なんだかまるで言いくるめられてるみたい……」

 そんな思い悩む「少女」に伊緒いおは優しく粘り強く、少し冗談めかして言葉をかける。

「言いくるめてるの。だから言いくるめられて」

「くす」

 シリルに自然と笑顔が生まれる。

「ふふっ」

 伊緒も笑って、そして話を続けた。また少し真剣な顔になる。

「それに、例えば、もしも、もしもの話だよ。万が一、シリルの心が不完全なまがい物だったとしても、他のどんな心よりずっといい。シリルの心じゃなきゃ嫌だ、絶対に」

「どうして?」

「好きな人の心だから」

 そっとシリルの手に手を重ねる伊緒。

「伊緒……」

 シリルは胸が苦しくなるような感覚を覚えた。勿論脳機能の誤情報である。重ねた手から伊緒に目を向けると伊緒はシリルを見つめていた。

「あたしはシリルの心以外どんな心もいらない。例えそれが完全で完璧なものだったとしても。だいたいそんな心つまんないよ。だから、シリルの心がもし万が一不完全なまがい物で、得るものが何もない心だったとしても、あたしはその不完全なまがい物で、得るものが全くない心が世界で一番好き。シリルの心でないとあたしは何も得られないんだから」

 幾分硬さが抜けた表情のシリルに対し、少し砕けた調子で伊緒は続ける。

「それに結局のところシリルの気持ちはどうなの? 私と一緒にいたいの、いたくないの? シリルやあたしが今色々と話したことよりそういった気持ちの方がずっと大事だと思うよ」

「……」

 シリルは、自分の脳機能の中で立ち込めていた霧が少しずつ晴れてきた気がした。思い出した。伊緒が大好きなことを。

 伊緒の為にならどのような苦しみでも甘んじて受けいれよう、機能停止するその日まで。

 自分の心がいかに不完全なまがい物だったとしても、この気持ちだけは絶対に本物だ。
 だが。シリルは頭をまたプールに向ける。大いなる喜びと安寧を得てなおシリルの気持ちは浮き上がらない。

 渾身の説得に充分手ごたえを掴んでいる伊緒はちょっとだけおどけた口調になる。

「ねっ、言いくるめられてくれた?」

「だめね」

 プールではしゃぐ人々を眺めながら無表情でシリルが呟く。ふわっと風向きが変わり、その風に運ばれてつんと塩素の匂いが鼻を突く。シリルの柔らかい人造毛髪がさらさらと揺れる。
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