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球技大会-奇跡の試合
第18話 恋々として食い下がる
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希美代がシリルと伊緒を引き連れて大会運営委員会に直談判しに行った翌日、球技大会が賑々しく開催された。鴎翼高生は五月晴れの下三々五々思い思いの格好で、いつもより騒がしく通学し、教室に集う。教室は他のどんな催しの時よりもにぎやかで興奮した空気に染まっていた。
誰もがそわそわして気もそぞろなままホームルームが始まる。張り切り過ぎてけがをしないように、と教諭があまりにも捻りのなさすぎる説教をする。それが終わるのを待ち切れないのかのように、大会開始を告げる花火が三発、ぽんぽんぽんっと乾いた音を響かせた。そうなると生徒たちの興奮と喧騒に圧倒された教諭は、とっととホームルームを切り上げざるを得なくなるのだ。
生徒たちは一斉に私服から体操着に着替え、彼らの戦場へと勇んで向かう。コートへ、ピッチへ、コースへ、フィールドへ、テーブルへ。そして教室にはシリルしかいなくなる。
希美代との会話にもあったように、シリルはどこの競技にも参加していない。全く何する事がない状態なのだ。余計な電力を消費しないため教室で座って省エネモードで過ごすか、それとも伊緒のハンドボールの試合を応援しにいくか考えたが、0.00003秒で結論は出た。応援すると言っても、あまり大声で応援して目立つような真似は出来ない。それでもそばにいると分ってもらえるだけでいい。
校庭に出るにしても、ほとんど全ての生徒が体操着に着替えている校内で、自分だけ私服なのは目立つのでいやだ。そう感じたシリルは誰もいなくなった教室で自分も体操着に着替える。
試合までまだまだ時間がある。初夏の気持ち良い風と光を浴び、校内で一番の自由を満喫しながらゆっくり歩いて屋外コートに向かう。校庭ではもうポートボールやテニス、ソフトテニスなど、すでに試合の始まった競技も見うけられる。
競技にうち込んだり応援したり、と楽しそうな人間たちを眺めていると、シリルまで少し楽しい気分になってくる。そして少し寂しい気分になってくる。伊緒のそばに行って気分を切り替えようと、足を速め屋外コートにシリルは向かった。
果たしてコートの外にシリルがいるのを見つけた伊緒は、大いに、どころではなく猛烈に奮起した。伊緒はハンドボール部員でもないにもかかわらず、ジャンプシュートとサイドシュートを連発し一試合八得点の活躍をする。このあとも伊緒のチームは順当に勝利を重ね、大会初日でもう下馬評の通り優勝候補の筆頭と目された。もちろん今日の午後に掲示と送信がされるマスコミ研究会発行の球技大会日報でも、伊緒のチームは大きく取り上げられるだろう。
また、伊緒とシリルにとってはもうどうでもいいことだが、バレーボールのGH組も勝ち続けていた。GH組は三名、あるいは四名の選手が脱落し、控えメンバーがいない状態になって以降その実力が疑問視されていた。ところが、いずれも僅差ながら辛うじて勝利数で首位を保っている。そして、試合中常に希美代がコートわきに座って容赦ない言葉でコーチングをしていたという。
◇◇◇◇◇◇
大会二日目、学校全体のそわそわざわざわとした明るい昂揚感もさらに高まっている。栄えある勝者を褒め称える者もあれば、惜しくも夢破れて散った級友たちを慰める者の姿もあった。
型にはまった朝のホームルームが終わると、シリル以外の生徒たちが一斉にガタガタと椅子から立ち上がりいそいそと活動を開始する。ハンドボールの試合に出る伊緒は既に体操服に着替えている。今日の試合に優勝がかかっている伊緒も他の選手たちと同じく打ち合わせにチームメイトを連れ立って教室を出ていく。その時に伊緒が振り向くと、椅子に掛けてじっとしているシリルと目が合った。微笑むシリルの口が小さく“頑張って”、と動いたような気がした。
バレーボールのGH組はもう一つの優勝候補であるEFと対戦する。これに勝つと勝利数でどちらかの優勝が決まる。
教室に誰もいなくなってからシリルも席を立ち、一人で体操服に着替えハンドボールのコートに向かった。
体育館の入り口をくぐるとあまりにも広大な体育館が一望できる。バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、バドミントンなどのコートが並んでいる。地下には卓球場やスカッシュ、ラケットボールなどのコートもある。
昨日と同じく体操服姿のシリルは、体育館内で一人伊緒のコートを探したが、そこには伊緒たちとは違う競技のチームが試合前の練習をしていた。
二日目の試合は初日と同じく屋外コートだったようだ。運営委員会の掲示ミスで余計な電力を消費し少しいやな気持ちになったシリルは、早く屋外コートに行こうと踵を返し、体育館の壁に沿って持ち前の機械的正確さを発揮して急ぎ足で歩きだす。すると遠くのバレーボールコートでGH組の選手たちが集まり、深刻な表情で何やら話し込んでいる様子が視野に入った。聴覚センサーの感度を上げて彼女たちの会話を盗み聞きしようかと考えた瞬間、斜め後ろから腕をぐいっと引っ張られ驚く。
「矢木澤さん、ちょうどいいところに!」
後ろから腕を引っ張ったのは必死な目をした希美代だった。
「荻嶋さん、ちょうどいい所とは」
シリルは驚きを隠し努めて平静を装う。
「いいから! 来て! チャンスよ!」
大きな目をさらに大きくして希美代は大声で言った。
誰もがそわそわして気もそぞろなままホームルームが始まる。張り切り過ぎてけがをしないように、と教諭があまりにも捻りのなさすぎる説教をする。それが終わるのを待ち切れないのかのように、大会開始を告げる花火が三発、ぽんぽんぽんっと乾いた音を響かせた。そうなると生徒たちの興奮と喧騒に圧倒された教諭は、とっととホームルームを切り上げざるを得なくなるのだ。
生徒たちは一斉に私服から体操着に着替え、彼らの戦場へと勇んで向かう。コートへ、ピッチへ、コースへ、フィールドへ、テーブルへ。そして教室にはシリルしかいなくなる。
希美代との会話にもあったように、シリルはどこの競技にも参加していない。全く何する事がない状態なのだ。余計な電力を消費しないため教室で座って省エネモードで過ごすか、それとも伊緒のハンドボールの試合を応援しにいくか考えたが、0.00003秒で結論は出た。応援すると言っても、あまり大声で応援して目立つような真似は出来ない。それでもそばにいると分ってもらえるだけでいい。
校庭に出るにしても、ほとんど全ての生徒が体操着に着替えている校内で、自分だけ私服なのは目立つのでいやだ。そう感じたシリルは誰もいなくなった教室で自分も体操着に着替える。
試合までまだまだ時間がある。初夏の気持ち良い風と光を浴び、校内で一番の自由を満喫しながらゆっくり歩いて屋外コートに向かう。校庭ではもうポートボールやテニス、ソフトテニスなど、すでに試合の始まった競技も見うけられる。
競技にうち込んだり応援したり、と楽しそうな人間たちを眺めていると、シリルまで少し楽しい気分になってくる。そして少し寂しい気分になってくる。伊緒のそばに行って気分を切り替えようと、足を速め屋外コートにシリルは向かった。
果たしてコートの外にシリルがいるのを見つけた伊緒は、大いに、どころではなく猛烈に奮起した。伊緒はハンドボール部員でもないにもかかわらず、ジャンプシュートとサイドシュートを連発し一試合八得点の活躍をする。このあとも伊緒のチームは順当に勝利を重ね、大会初日でもう下馬評の通り優勝候補の筆頭と目された。もちろん今日の午後に掲示と送信がされるマスコミ研究会発行の球技大会日報でも、伊緒のチームは大きく取り上げられるだろう。
また、伊緒とシリルにとってはもうどうでもいいことだが、バレーボールのGH組も勝ち続けていた。GH組は三名、あるいは四名の選手が脱落し、控えメンバーがいない状態になって以降その実力が疑問視されていた。ところが、いずれも僅差ながら辛うじて勝利数で首位を保っている。そして、試合中常に希美代がコートわきに座って容赦ない言葉でコーチングをしていたという。
◇◇◇◇◇◇
大会二日目、学校全体のそわそわざわざわとした明るい昂揚感もさらに高まっている。栄えある勝者を褒め称える者もあれば、惜しくも夢破れて散った級友たちを慰める者の姿もあった。
型にはまった朝のホームルームが終わると、シリル以外の生徒たちが一斉にガタガタと椅子から立ち上がりいそいそと活動を開始する。ハンドボールの試合に出る伊緒は既に体操服に着替えている。今日の試合に優勝がかかっている伊緒も他の選手たちと同じく打ち合わせにチームメイトを連れ立って教室を出ていく。その時に伊緒が振り向くと、椅子に掛けてじっとしているシリルと目が合った。微笑むシリルの口が小さく“頑張って”、と動いたような気がした。
バレーボールのGH組はもう一つの優勝候補であるEFと対戦する。これに勝つと勝利数でどちらかの優勝が決まる。
教室に誰もいなくなってからシリルも席を立ち、一人で体操服に着替えハンドボールのコートに向かった。
体育館の入り口をくぐるとあまりにも広大な体育館が一望できる。バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、バドミントンなどのコートが並んでいる。地下には卓球場やスカッシュ、ラケットボールなどのコートもある。
昨日と同じく体操服姿のシリルは、体育館内で一人伊緒のコートを探したが、そこには伊緒たちとは違う競技のチームが試合前の練習をしていた。
二日目の試合は初日と同じく屋外コートだったようだ。運営委員会の掲示ミスで余計な電力を消費し少しいやな気持ちになったシリルは、早く屋外コートに行こうと踵を返し、体育館の壁に沿って持ち前の機械的正確さを発揮して急ぎ足で歩きだす。すると遠くのバレーボールコートでGH組の選手たちが集まり、深刻な表情で何やら話し込んでいる様子が視野に入った。聴覚センサーの感度を上げて彼女たちの会話を盗み聞きしようかと考えた瞬間、斜め後ろから腕をぐいっと引っ張られ驚く。
「矢木澤さん、ちょうどいいところに!」
後ろから腕を引っ張ったのは必死な目をした希美代だった。
「荻嶋さん、ちょうどいい所とは」
シリルは驚きを隠し努めて平静を装う。
「いいから! 来て! チャンスよ!」
大きな目をさらに大きくして希美代は大声で言った。
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