上 下
17 / 100
球技大会-取引

第17話 不調・負傷・事情

しおりを挟む
 伊緒いおとシリルは希美代のあとを追って退室した。

 伊緒が先に希美代に追いついてすぐ後ろに着く。3人は玄関に向かっていた。

「あの、荻嶋おぎしまさん…… なんか残念だったね」
「……」

 希美代の顔を覗きこむと少し悔し泣きの表情をしているように見えなくもない。しかし人が足りないとは言え、なぜ希美代はこうまでしてシリルにばかりこだわるのか。その理由が2人には分らなかった。
 それだけではない。もしかしたら、アンドロイドの心について、何か希美代には思うところがあるのか。委員会室であれほど感情を爆発させたからには、きっと相応の理由があるはずだ。

 だが、今この現状において、伊緒とシリルにとり何よりも大きな問題が目の前にあった。これから2人はどうなるのか、希美代が何か新しい取引を示してくるのか。それとも取引や約束に飽きて、シリルのバグについて所有者やメーカーに情報提供してしまうのか。伊緒とシリル、2人の不安はますます募る。
 この重苦しくシリルですら胃が重くなってくる不安とは別に、伊緒には少し気になる事があった。希美代の背中に声をかける。

「荻嶋さん、脚大丈夫?」
「……」

 返事はない。

「あ、また余計な事言っちゃったかなあたし」
「別に」

 慌てて頭を掻きながら取り繕う伊緒に、不機嫌な声で小さな希美代の背中は答える。

「そっか、なら良かった」

「良くない」

 ほっとした伊緒にふて腐れた希美代の声が返ってくる。

「えっ」

「良くない。膝を壊したせいで試合出れなくなっちゃって」

 伊緒からは見えないが、苦虫を噛み潰したような顔になる希美代。それに対し、そっちの方の良くない、か、と少し安心した伊緒。委員会室から退出する際、ほんの少し足を引きずっている希美代に伊緒は気づいていたのだ。

「バレーに出る予定だった?」
「そう。バレー部だから」

 H組で随分前に故障してしまった優秀な選手とは希美代のことだったのか、と2人は合点がいった。

「GH組は優勝候補だったのにバレー部の私が抜けちゃうともうどうなるかわからないから。あなた達のクラスにはろくな選手がいないし」

「それで私を選手にしたかったのですか」

 今希美代がやろうとしていることは、希美代なりの責任感の表れなのだとシリルは理解した。

「だってもうG組もH組も全員何がしかの競技に参加してるし。空いているのはあなたしかいなかったの」

 伊緒が残念そうに言う。

「そっかあ、あたしが出られれば良かったんだけどねえ」

 シリルが出るバレーボールの時間帯は伊緒がハンドボールに参加する事になっている。

「今さら登録競技変更は無理。それに何でもかんでもスポーツ万能な島谷さんにやらせるわけにはいかないじゃない。うちの坂田と吉井だけで頑張ってもらうしかないか」
 
 希美代はくるっと振り返って立ち止まると、相変わらず少し不貞腐れた顔を2人に向ける。

「巻き込んでしまってごめんなさい。私もう止める。少しうんざりしちゃったし」

「あ、いいよいいよ、気にしないで。あたしそんなに気にしてないし、もちろんシ矢木澤さんも」

「止むを得ません。荻嶋さんのせいではない事は充分に認識できています。お力になれず残念です」

 伊緒もシリルも現状では突破口がないことを理解していた。
 アンドロイドは機械なので人間と一緒に競技は出来ません、という伊緒にとっては腹立たしく、シリルにとっては悲しい規定。これを崩すことができなければどうにもならないのだ。二人の中で不安は増すばかりで、勢い表情も暗くなる。


 希美代の表情が変わり、シリルを見上げる。

「矢木澤さん」
「はい」

「嫌な思いをさせちゃったわよね。ごめん」

 不機嫌さも嫌な笑いも見せずに真摯な態度でシリルに頭を下げる希美代。伊緒もシリルもただただ驚いた。人間がアンドロイドに謝るなど見たことが無いからだ。たった1人、伊緒を除いては。

「いいえ。そんなことはありません。ご丁寧にありがとうございます」
 
 感情プログラムの標準的な反応パターンにのっとって形通りの受け答えをするシリル。希美代にほんの少しばかりの微笑が浮かんだように2人には見えた。

「じゃあ、私はこっちの校門に車を待たせてあるから。今日は色々ありがと。ああ、それと矢木澤さんと島谷さんの事は誰にも言わないから、まだ当分については保留にさせてもらえる?」

 すぐにいつもの人から嫌われる表情に戻る希美代にニヤリと笑みが浮かぶ。

「え」
「……」

 不意打ちを食らったような顔で喉から変な音が出る伊緒と、無言で無表情のシリル。

「それじゃ。明日から球技大会頑張ろー」

「え」
「…………」

 全く希美代らしくない。少しおどけた表情になった希美代の、あまりにも一般的鴎翼おうよく高生らしい言葉に、二度驚く伊緒と無表情のシリル。

「……どうしよう」

 希美代が視界から消えると、伊緒は珍しく不安げな声をあげて、シリルを見る。

「仕方ないじゃない。イニシアチブは私たちにはないんですもの。でもこのままって言うのもなんだか悔しいわね」

 伊緒と隣り合って夕陽を浴びるシリルは、何が悲しいのか妙に切なげでどこかしら諦観ていかんの表情も浮かべていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

処理中です...