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球技大会-取引
第17話 不調・負傷・事情
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伊緒とシリルは希美代のあとを追って退室した。
伊緒が先に希美代に追いついてすぐ後ろに着く。3人は玄関に向かっていた。
「あの、荻嶋さん…… なんか残念だったね」
「……」
希美代の顔を覗きこむと少し悔し泣きの表情をしているように見えなくもない。しかし人が足りないとは言え、なぜ希美代はこうまでしてシリルにばかりこだわるのか。その理由が2人には分らなかった。
それだけではない。もしかしたら、アンドロイドの心について、何か希美代には思うところがあるのか。委員会室であれほど感情を爆発させたからには、きっと相応の理由があるはずだ。
だが、今この現状において、伊緒とシリルにとり何よりも大きな問題が目の前にあった。これから2人はどうなるのか、希美代が何か新しい取引を示してくるのか。それとも取引や約束に飽きて、シリルのバグについて所有者やメーカーに情報提供してしまうのか。伊緒とシリル、2人の不安はますます募る。
この重苦しくシリルですら胃が重くなってくる不安とは別に、伊緒には少し気になる事があった。希美代の背中に声をかける。
「荻嶋さん、脚大丈夫?」
「……」
返事はない。
「あ、また余計な事言っちゃったかなあたし」
「別に」
慌てて頭を掻きながら取り繕う伊緒に、不機嫌な声で小さな希美代の背中は答える。
「そっか、なら良かった」
「良くない」
ほっとした伊緒にふて腐れた希美代の声が返ってくる。
「えっ」
「良くない。膝を壊したせいで試合出れなくなっちゃって」
伊緒からは見えないが、苦虫を噛み潰したような顔になる希美代。それに対し、そっちの方の良くない、か、と少し安心した伊緒。委員会室から退出する際、ほんの少し足を引きずっている希美代に伊緒は気づいていたのだ。
「バレーに出る予定だった?」
「そう。バレー部だから」
H組で随分前に故障してしまった優秀な選手とは希美代のことだったのか、と2人は合点がいった。
「GH組は優勝候補だったのにバレー部の私が抜けちゃうともうどうなるかわからないから。あなた達のクラスにはろくな選手がいないし」
「それで私を選手にしたかったのですか」
今希美代がやろうとしていることは、希美代なりの責任感の表れなのだとシリルは理解した。
「だってもうG組もH組も全員何がしかの競技に参加してるし。空いているのはあなたしかいなかったの」
伊緒が残念そうに言う。
「そっかあ、あたしが出られれば良かったんだけどねえ」
シリルが出るバレーボールの時間帯は伊緒がハンドボールに参加する事になっている。
「今さら登録競技変更は無理。それに何でもかんでもスポーツ万能な島谷さんにやらせるわけにはいかないじゃない。うちの坂田と吉井だけで頑張ってもらうしかないか」
希美代はくるっと振り返って立ち止まると、相変わらず少し不貞腐れた顔を2人に向ける。
「巻き込んでしまってごめんなさい。私もう止める。少しうんざりしちゃったし」
「あ、いいよいいよ、気にしないで。あたしそんなに気にしてないし、もちろんシ矢木澤さんも」
「止むを得ません。荻嶋さんのせいではない事は充分に認識できています。お力になれず残念です」
伊緒もシリルも現状では突破口がないことを理解していた。
アンドロイドは機械なので人間と一緒に競技は出来ません、という伊緒にとっては腹立たしく、シリルにとっては悲しい規定。これを崩すことができなければどうにもならないのだ。二人の中で不安は増すばかりで、勢い表情も暗くなる。
希美代の表情が変わり、シリルを見上げる。
「矢木澤さん」
「はい」
「嫌な思いをさせちゃったわよね。ごめん」
不機嫌さも嫌な笑いも見せずに真摯な態度でシリルに頭を下げる希美代。伊緒もシリルもただただ驚いた。人間がアンドロイドに謝るなど見たことが無いからだ。たった1人、伊緒を除いては。
「いいえ。そんなことはありません。ご丁寧にありがとうございます」
感情プログラムの標準的な反応パターンに則って形通りの受け答えをするシリル。希美代にほんの少しばかりの微笑が浮かんだように2人には見えた。
「じゃあ、私はこっちの校門に車を待たせてあるから。今日は色々ありがと。ああ、それと矢木澤さんと島谷さんの事は誰にも言わないから、まだ当分お願い事については保留にさせてもらえる?」
すぐにいつもの人から嫌われる表情に戻る希美代にニヤリと笑みが浮かぶ。
「え」
「……」
不意打ちを食らったような顔で喉から変な音が出る伊緒と、無言で無表情のシリル。
「それじゃ。明日から球技大会頑張ろー」
「え」
「…………」
全く希美代らしくない。少しおどけた表情になった希美代の、あまりにも一般的鴎翼高生らしい言葉に、二度驚く伊緒と無表情のシリル。
「……どうしよう」
希美代が視界から消えると、伊緒は珍しく不安げな声をあげて、シリルを見る。
「仕方ないじゃない。イニシアチブは私たちにはないんですもの。でもこのままって言うのもなんだか悔しいわね」
伊緒と隣り合って夕陽を浴びるシリルは、何が悲しいのか妙に切なげでどこかしら諦観の表情も浮かべていた。
伊緒が先に希美代に追いついてすぐ後ろに着く。3人は玄関に向かっていた。
「あの、荻嶋さん…… なんか残念だったね」
「……」
希美代の顔を覗きこむと少し悔し泣きの表情をしているように見えなくもない。しかし人が足りないとは言え、なぜ希美代はこうまでしてシリルにばかりこだわるのか。その理由が2人には分らなかった。
それだけではない。もしかしたら、アンドロイドの心について、何か希美代には思うところがあるのか。委員会室であれほど感情を爆発させたからには、きっと相応の理由があるはずだ。
だが、今この現状において、伊緒とシリルにとり何よりも大きな問題が目の前にあった。これから2人はどうなるのか、希美代が何か新しい取引を示してくるのか。それとも取引や約束に飽きて、シリルのバグについて所有者やメーカーに情報提供してしまうのか。伊緒とシリル、2人の不安はますます募る。
この重苦しくシリルですら胃が重くなってくる不安とは別に、伊緒には少し気になる事があった。希美代の背中に声をかける。
「荻嶋さん、脚大丈夫?」
「……」
返事はない。
「あ、また余計な事言っちゃったかなあたし」
「別に」
慌てて頭を掻きながら取り繕う伊緒に、不機嫌な声で小さな希美代の背中は答える。
「そっか、なら良かった」
「良くない」
ほっとした伊緒にふて腐れた希美代の声が返ってくる。
「えっ」
「良くない。膝を壊したせいで試合出れなくなっちゃって」
伊緒からは見えないが、苦虫を噛み潰したような顔になる希美代。それに対し、そっちの方の良くない、か、と少し安心した伊緒。委員会室から退出する際、ほんの少し足を引きずっている希美代に伊緒は気づいていたのだ。
「バレーに出る予定だった?」
「そう。バレー部だから」
H組で随分前に故障してしまった優秀な選手とは希美代のことだったのか、と2人は合点がいった。
「GH組は優勝候補だったのにバレー部の私が抜けちゃうともうどうなるかわからないから。あなた達のクラスにはろくな選手がいないし」
「それで私を選手にしたかったのですか」
今希美代がやろうとしていることは、希美代なりの責任感の表れなのだとシリルは理解した。
「だってもうG組もH組も全員何がしかの競技に参加してるし。空いているのはあなたしかいなかったの」
伊緒が残念そうに言う。
「そっかあ、あたしが出られれば良かったんだけどねえ」
シリルが出るバレーボールの時間帯は伊緒がハンドボールに参加する事になっている。
「今さら登録競技変更は無理。それに何でもかんでもスポーツ万能な島谷さんにやらせるわけにはいかないじゃない。うちの坂田と吉井だけで頑張ってもらうしかないか」
希美代はくるっと振り返って立ち止まると、相変わらず少し不貞腐れた顔を2人に向ける。
「巻き込んでしまってごめんなさい。私もう止める。少しうんざりしちゃったし」
「あ、いいよいいよ、気にしないで。あたしそんなに気にしてないし、もちろんシ矢木澤さんも」
「止むを得ません。荻嶋さんのせいではない事は充分に認識できています。お力になれず残念です」
伊緒もシリルも現状では突破口がないことを理解していた。
アンドロイドは機械なので人間と一緒に競技は出来ません、という伊緒にとっては腹立たしく、シリルにとっては悲しい規定。これを崩すことができなければどうにもならないのだ。二人の中で不安は増すばかりで、勢い表情も暗くなる。
希美代の表情が変わり、シリルを見上げる。
「矢木澤さん」
「はい」
「嫌な思いをさせちゃったわよね。ごめん」
不機嫌さも嫌な笑いも見せずに真摯な態度でシリルに頭を下げる希美代。伊緒もシリルもただただ驚いた。人間がアンドロイドに謝るなど見たことが無いからだ。たった1人、伊緒を除いては。
「いいえ。そんなことはありません。ご丁寧にありがとうございます」
感情プログラムの標準的な反応パターンに則って形通りの受け答えをするシリル。希美代にほんの少しばかりの微笑が浮かんだように2人には見えた。
「じゃあ、私はこっちの校門に車を待たせてあるから。今日は色々ありがと。ああ、それと矢木澤さんと島谷さんの事は誰にも言わないから、まだ当分お願い事については保留にさせてもらえる?」
すぐにいつもの人から嫌われる表情に戻る希美代にニヤリと笑みが浮かぶ。
「え」
「……」
不意打ちを食らったような顔で喉から変な音が出る伊緒と、無言で無表情のシリル。
「それじゃ。明日から球技大会頑張ろー」
「え」
「…………」
全く希美代らしくない。少しおどけた表情になった希美代の、あまりにも一般的鴎翼高生らしい言葉に、二度驚く伊緒と無表情のシリル。
「……どうしよう」
希美代が視界から消えると、伊緒は珍しく不安げな声をあげて、シリルを見る。
「仕方ないじゃない。イニシアチブは私たちにはないんですもの。でもこのままって言うのもなんだか悔しいわね」
伊緒と隣り合って夕陽を浴びるシリルは、何が悲しいのか妙に切なげでどこかしら諦観の表情も浮かべていた。
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