210 / 218
第十一章
レオンハルトの精霊、のそのあと(二)
しおりを挟む
いつの間に寝入っていたのか、何かが動く気配を感じ、レオンハルトは目を覚ました。
(……ルシアナ……?)
ぼやけた視界の焦点を合わせるように瞬きを繰り返せば、暗闇にも徐々に目が慣れ、ルシアナが体を起こしているのが見て取れた。
「……どうした?」
ルシアナの髪にそっと触れれば、彼女は小さく体を揺らしレオンハルトへ目を向けた。
口元に手を当て、小さく震えていたルシアナは、少しして小さな笑みを浮かべた。
「夕刻まで寝ていたせいか、少々目が冴えてしまって……起こしてしまい申し訳ありません、レオンハルト様」
その笑みは暗闇の中でもわかるほど、ぎこちないものだった。ルシアナ自身も、うまく表情を取り繕えていないと思ったのか、レオンハルトの視線から逃れるように顔を背ける。
「……ルシアナ」
上体を起こし、優しく抱き寄せれば、ルシアナはその体を小さく震わせた。
(……体が冷たい)
レオンハルトはルシアナの頭に口付けを繰り返しながら、いつもは温かなルシアナの頬を優しく撫でる。
「ただ、目が覚めた……わけではないんだろう?」
「……」
問いかけに答えることなく、ルシアナは顔を俯かせる。
「……夜、あまり眠れていないようだと聞いていたが……どこか体に不調でも?」
「……」
レオンハルトのガウンの袖を掴みながら、ルシアナは首を横に振る。
「何か……悪い夢でも見るのか?」
「……」
それにも答えず、彼女は体を小さくした。
「……俺に関することか?」
「……っ」
耳元で小さく囁けば、ルシアナは肩を揺らし、さらに顔を逸らそうとする。しかし、それは許さないと、レオンハルトは頬に添えた手に力を入れ、自分のほうへと向かせた。
レオンハルトを捉えたルシアナの瞳には、明確な恐怖が浮かんでいた。
その潤んだ瞳を見た瞬間、ぞくりとした感覚が全身に広がり、心を震わせた。
(……ああ。すまない、ルシアナ)
レオンハルトは漏れそうになるものを必死に飲み込みながら、ルシアナの目尻や頬、額に口付けを繰り返す。
(貴女は辛い思いをしているというのに……。貴女の苦しみが俺を想うがゆえだということに、俺は喜びを感じてしまっている)
自分の存在がこれほどまで彼女に影響を与えているのかと思うと、どうしても歓喜せずにはいられなかった。抱いてはいけない感情だと理解しつつも、心が浮き立ち、満たされていくのを止められない。
(すまない、ルシアナ。醜悪な俺のことなど、許さなくていい)
己の醜く愚かな欲望を隠しながら、顔中に口付けを繰り返し、ルシアナを労わる。
どれだけそうしていたのか、しばらくして、ルシアナはそっとレオンハルトの胸を押した。
口付けをやめルシアナを窺えば、その瞳は変わらず潤んでいたものの、先ほどに比べると生気に満ちていた。
指の背で体温の戻った頬を撫でれば、ルシアナはその手を両手で掴み、頬をすり寄せた。
「レオンハルトさま」
「ああ」
「レオンハルト様……」
「ああ。ルシアナ」
腰に回していた腕に力を込め、さらに体を密着させれば、ルシアナは掴んでいた指の背に口付けながら、レオンハルトを見つめた。
「……レオンハルト様に甘えたいです。……いいですか?」
上目遣いに自分を見るルシアナに、レオンハルトはふっと相好を崩すと、目尻に優しく口付けた。
「そんなこと。許可を取る必要はない。俺が貴女を拒絶することなど万に一つもないんだから。むしろ、もっとたくさん甘えて頼ってくれ」
「……ですが……レオンハルト様はお目覚めになられたばかりで……ゆっくりお休みにならないといけないのに……」
そうぼそぼそと呟きながらも、ルシアナは掴んでいたレオンハルトの手を自らの背中に回し、その胸元に顔を埋めた。
甘えるように額を擦り付け、強くガウンを掴むルシアナに、自然と口元が緩んだ。
(可愛い……可愛いな、ルシアナ)
両腕でぎゅうぎゅうとルシアナを抱き締めながら、レオンハルトは「では」と声を掛ける。
「少し俺に付き合ってくれないか? 実は、もう少し貴女と話していたかったんだ」
「あ……わたくしが眠ってしまったから――」
顔を上げたルシアナの言葉を遮るように唇に口付ければ、彼女は小さく瞳を揺らした。
驚きや期待、喜びが見て取れるその瞳に、ぐらりと理性が揺れた。レオンハルトは湧き上がる衝動をぐっと堪えると、自らの腕の中からルシアナを解放する。
「……何か飲むものでも持ってくる。少し待っていてくれ」
「えっ、あ……わ、わたくしもご一緒してはいけませんか?」
「……すぐ戻るから、待っていてくれ」
自分を引き止めたルシアナの手をやんわりと離したレオンハルトは、ルシアナを抱き上げるとソファまで運び、頭に軽く口付けてから部屋を出た。
後ろ手に閉めた扉に寄りかかり、深く息を吐き出す。
(……本当に、正気ではないな)
レオンハルトは自らの思考を切り替えるようにもう一度息を吐くと、足早に厨房へと向かった。
(……ルシアナ……?)
ぼやけた視界の焦点を合わせるように瞬きを繰り返せば、暗闇にも徐々に目が慣れ、ルシアナが体を起こしているのが見て取れた。
「……どうした?」
ルシアナの髪にそっと触れれば、彼女は小さく体を揺らしレオンハルトへ目を向けた。
口元に手を当て、小さく震えていたルシアナは、少しして小さな笑みを浮かべた。
「夕刻まで寝ていたせいか、少々目が冴えてしまって……起こしてしまい申し訳ありません、レオンハルト様」
その笑みは暗闇の中でもわかるほど、ぎこちないものだった。ルシアナ自身も、うまく表情を取り繕えていないと思ったのか、レオンハルトの視線から逃れるように顔を背ける。
「……ルシアナ」
上体を起こし、優しく抱き寄せれば、ルシアナはその体を小さく震わせた。
(……体が冷たい)
レオンハルトはルシアナの頭に口付けを繰り返しながら、いつもは温かなルシアナの頬を優しく撫でる。
「ただ、目が覚めた……わけではないんだろう?」
「……」
問いかけに答えることなく、ルシアナは顔を俯かせる。
「……夜、あまり眠れていないようだと聞いていたが……どこか体に不調でも?」
「……」
レオンハルトのガウンの袖を掴みながら、ルシアナは首を横に振る。
「何か……悪い夢でも見るのか?」
「……」
それにも答えず、彼女は体を小さくした。
「……俺に関することか?」
「……っ」
耳元で小さく囁けば、ルシアナは肩を揺らし、さらに顔を逸らそうとする。しかし、それは許さないと、レオンハルトは頬に添えた手に力を入れ、自分のほうへと向かせた。
レオンハルトを捉えたルシアナの瞳には、明確な恐怖が浮かんでいた。
その潤んだ瞳を見た瞬間、ぞくりとした感覚が全身に広がり、心を震わせた。
(……ああ。すまない、ルシアナ)
レオンハルトは漏れそうになるものを必死に飲み込みながら、ルシアナの目尻や頬、額に口付けを繰り返す。
(貴女は辛い思いをしているというのに……。貴女の苦しみが俺を想うがゆえだということに、俺は喜びを感じてしまっている)
自分の存在がこれほどまで彼女に影響を与えているのかと思うと、どうしても歓喜せずにはいられなかった。抱いてはいけない感情だと理解しつつも、心が浮き立ち、満たされていくのを止められない。
(すまない、ルシアナ。醜悪な俺のことなど、許さなくていい)
己の醜く愚かな欲望を隠しながら、顔中に口付けを繰り返し、ルシアナを労わる。
どれだけそうしていたのか、しばらくして、ルシアナはそっとレオンハルトの胸を押した。
口付けをやめルシアナを窺えば、その瞳は変わらず潤んでいたものの、先ほどに比べると生気に満ちていた。
指の背で体温の戻った頬を撫でれば、ルシアナはその手を両手で掴み、頬をすり寄せた。
「レオンハルトさま」
「ああ」
「レオンハルト様……」
「ああ。ルシアナ」
腰に回していた腕に力を込め、さらに体を密着させれば、ルシアナは掴んでいた指の背に口付けながら、レオンハルトを見つめた。
「……レオンハルト様に甘えたいです。……いいですか?」
上目遣いに自分を見るルシアナに、レオンハルトはふっと相好を崩すと、目尻に優しく口付けた。
「そんなこと。許可を取る必要はない。俺が貴女を拒絶することなど万に一つもないんだから。むしろ、もっとたくさん甘えて頼ってくれ」
「……ですが……レオンハルト様はお目覚めになられたばかりで……ゆっくりお休みにならないといけないのに……」
そうぼそぼそと呟きながらも、ルシアナは掴んでいたレオンハルトの手を自らの背中に回し、その胸元に顔を埋めた。
甘えるように額を擦り付け、強くガウンを掴むルシアナに、自然と口元が緩んだ。
(可愛い……可愛いな、ルシアナ)
両腕でぎゅうぎゅうとルシアナを抱き締めながら、レオンハルトは「では」と声を掛ける。
「少し俺に付き合ってくれないか? 実は、もう少し貴女と話していたかったんだ」
「あ……わたくしが眠ってしまったから――」
顔を上げたルシアナの言葉を遮るように唇に口付ければ、彼女は小さく瞳を揺らした。
驚きや期待、喜びが見て取れるその瞳に、ぐらりと理性が揺れた。レオンハルトは湧き上がる衝動をぐっと堪えると、自らの腕の中からルシアナを解放する。
「……何か飲むものでも持ってくる。少し待っていてくれ」
「えっ、あ……わ、わたくしもご一緒してはいけませんか?」
「……すぐ戻るから、待っていてくれ」
自分を引き止めたルシアナの手をやんわりと離したレオンハルトは、ルシアナを抱き上げるとソファまで運び、頭に軽く口付けてから部屋を出た。
後ろ手に閉めた扉に寄りかかり、深く息を吐き出す。
(……本当に、正気ではないな)
レオンハルトは自らの思考を切り替えるようにもう一度息を吐くと、足早に厨房へと向かった。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【完結】偽物令嬢と呼ばれても私が本物ですからね!
kana
恋愛
母親を亡くし、大好きな父親は仕事で海外、優しい兄は留学。
そこへ父親の新しい妻だと名乗る女性が現れ、お父様の娘だと義妹を紹介された。
納得できないまま就寝したユティフローラが次に目を覚ました時には暗闇に閉じ込められていた。
助けて!誰か私を見つけて!
距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?
hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。
待ってましたッ! 喜んで!
なんなら物理的な距離でも良いですよ?
乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。
あれ? どうしてこうなった?
頑張って自身で断罪劇から逃げるつもりが自分の周りが強すぎてあっさり婚約は解消に?!
やった! 自由だと満喫するつもりが、隣りの家のお兄さんにあっさりつまずいて? でろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。
更新は原則朝8時で頑張りますが、不定期になりがちです。ご了承ください(*- -)(*_ _)ペコリ
注! サブタイトルに※マークはセンシティブな内容が含まれますご注意ください。
⚠取扱説明事項〜⚠
異世界を舞台にしたファンタジー要素の強い恋愛絡みのお話ですので、史実を元にした身分制度や身分による常識等をこの作品に期待されてもご期待には全く沿えませんので予めご了承ください。成分不足の場合は他の作者様の作品での補給を強くオススメします。
作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。
*゜+
途中モチベダウンを起こし、低迷しましたので感想は完結目途が付き次第返信させていただきます。ご了承ください。
皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。
9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ(*゚ー゚*)ノ
文字数が10万文字突破してしまいました(汗)
短編→長編に変更します(_ _)短編詐欺です申し訳ありませんッ(´;ω;`)ウッ…
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
今、姉が婚約破棄されています
毒島醜女
恋愛
「セレスティーナ!君との婚約を破棄させてもらう!」
今、お姉様が婚約破棄を受けています。全く持って無実の罪で。
「自分の妹を虐待するなんて、君は悪魔だ!!」
は、はい?
私がいつ、お姉様に虐待されたって……?
しかも私に抱きついてきた!いやっ!やめて!
この人、おかしくない?
自分の家族を馬鹿にするような男に嫁ぎたいと思う人なんているわけないでしょ!?
妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。
奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
◯完結まで毎週金曜日更新します
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる