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第十一章

精霊と契約者(五)

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 ふと目を開けると、そこは火に囲まれた場所だった。
 火の球体の中にいるように、上下左右どこを見ても火が揺らめき、その中心にルシアナは浮いていた。
 ルシアナはぼんやりとしたまま、横に移動する。どうやって自分が動いているのかわからないが、体は浮いたまま意思に従って動いているようだった。

 火が近付いてくると、導かれるように自然と手が上がった。
 ルシアナにとって、火は脅威ではなかった。周りを照らし、体を温め、外敵からは身を守ってくれる、むしろ何よりも安心できるものだった。
 火は、決して自分に牙を剥かない。
 そんな確信があったからこそ、迷いなく火に触れる。

(……っ!)

 触れた瞬間、指先がぴりりと痛み、反射的に手を引いた。
 痛いほど脈打っている心臓をどこか他人事のように思いながら、信じられないものでも見るように、自分の手を見つめる。
 まさか熱さを感じるとは、夢にも思っていなかった。
 火が熱いなど当たり前のことなのに、ルシアナにとってはこの上なく衝撃的なことだった。
 しかし、火に炙られたような熱さと痛みを感じたはずの指先に、変わった様子はない。
 それに安堵し、ほっと息をついたルシアナだったが、体中を駆け巡った衝撃に、すぐに心臓を押さえ、その場に蹲る。

(っ熱い……! あつい……!)

 まるで体の中で火が暴れまわっているかのように、体が一気に熱を持つ。

(痛い……!)

 内側から皮膚が焼かれているかのようにびりびりとした痛みが全身を支配する。
 少しでも体内の熱を逃がし、痛みを和らげようと口を開く。すると、口からは燃え盛る炎のような、真っ赤な炎のような血が溢れ出た。



「――っ」

 はっと目を開けたルシアナは、激しく脈打ち痛む胸を落ち着かせるように、短い呼吸を繰り返す。
 カーテンも天蓋の幕も開いた室内には、暖かな陽光が差し込んでいた。
 どこか白んで見える室内を見ながら、この部屋が最近寝起きしていた部屋ではない、半年ほど過ごした自分の部屋であることに気が付き、慌てて体を起こそうとする。

「っ、――っ、……!」

(こえ、が……)

 ぐっと力を入れた右腕が痛み、思わず声を上げそうになったが、口からは何の音も出なかった。話そうとすると引き攣ったように喉が痛み、何か硬いものが喉にべったりと張り付いているようだった。

(いえ……そんな、ことは……どうでもいいの……)

 右腕がだめならば、と今度は怪我をしていない左腕を使って起きようとしたものの、体自体、硬化したように軋んで動かなかった。
 足も手もうまく力が入らず、どうして、と焦りばかりが募っていく。

(っだれか……誰か……!)

 一体あれからどれくらいの時間が経ったのか。
 レオンハルトは無事なのか。
 確かめたいことはたくさんあるのに、体は一つも言うことを聞いてくれなかった。

(レオンハルト様っ――!)

 最後に見たレオンハルトの姿が脳裏に焼き付き、冷や汗が止まらない。
 あのとき、確かに魔精石ましょうせきにはヒビが入っていたし、レオンハルトは顔の血色を失っていた。
 せめて息があるかどうかだけでも確認しておけばよかったが、気が動転していてそれどころではなかった。

(どうしようっ……どうしよう、誰か!)

「!」

 ルシアナの想いが届いたのか、控えめなノックの音のあと、入室の許可を得る前に部屋の扉が開けられた。

(エステル!)

 見慣れた侍女の姿に、強張っていた体から力が抜けるのを感じる。
 それでも体は動かなかったが、ルシアナは一生懸命指先を揺らした。

(エステル! エステル……!)

 心の中で一生懸命呼びかけるものの、当然ながらエステルは気付かない。
 視線をワゴンに落としたまま入室すると、彼女は一度後ろを向いて静かに扉を閉じ、音を立てないよう気を付けながらワゴンを押し進めて来る。暗い表情でワゴンを見つめていたエステルは、ルシアナの傍まで来ると深呼吸をし、その口元に無理やり笑みを浮かべた。

「さあ、ルシアナ様。包帯を――」

 ルシアナの右手を取り、ふっと視線を上げたエステルは、ルシアナと目が合うとその両目を大きく見開いた。
 しかし、すぐにその顔を歪めると、目に涙を滲ませながら後ろを振り返る。

「エド! エド……! ルシアナ様が……!」

 エステルの叫び声に、外から「失礼します!」という野太い声が聞こえたかと思うと、扉が大きく開き、ぴちぴちの騎士服に身を包んだエドゥアルドが顔を見せた。
 廊下からエステルとルシアナの姿を確認したエドゥアルドは、すぐに扉の前からいなくなった。

「ルシアナ様っ、ルシアナ様……! ご無事で本当によかった……!」

 手を震わせながら、ぼろぼろと大粒の涙をこぼすエステルに、ルシアナの目頭も熱くなるものの、今はとにかくレオンハルトの安否を確認したかった。
 力の入らない手でエステルの手を軽く握りながら、くい、くい、とわずかに引っ張る。
 エステルは空いている手で濡れた頬を拭い、必死に笑顔を作ってルシアナを見た。

「はい……っ、エステルはここにおります……どうか――っ、どうか、なさいましたか……?」

 次から次に涙を溢れさせるエステルに、今気にかけるべきはきっとこれではないと理解しつつ、ルシアナはぱくぱくと口を動かす。
 エステルは、何かを伝えようと口を開けるルシアナに応えるように、口の動きに合わせて「え、お、ん、あ」と一つ一つ声に出していった。そして、途中で何かに気付いたのように、ルシアナの手を握る力をわずかに強める。

「もしや、旦那様のお名前をおっしゃろうとされているのでしょうか……?」
「!」

 ルシアナが、そうだ、と肯定するように瞬きをすると、エステルの表情が一瞬曇った。

(え……)

 嫌な予感に、どきり、と心臓が鳴った。わずかに開いた唇が小さく震える。
 血の気が引き、指先からどんどん冷たくなっていくのを感じていると、遠くから騒がしい足音が聞こえてきた。
 音が徐々に近付き、もうすぐそこまで来た、と思ったときには、開け放たれた扉からコンスタンツェとユーディットが駆け込んで来た。
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