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第三章
テレーゼとの再会(一)
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「ようこそいらっしゃいました、リーバグナー公爵令嬢」
席に座ったままそう告げれば、彼女は一瞬顔を顰めたあと、深く頭を下げた。
「この度は……寛大なご処置をありがとうございました、王女殿下」
「いいえ。突然決まった従兄の結婚に、リーバグナー公爵令嬢も気が動転していたのでしょう。わたくしは気にしておりませんわ。ですから頭を上げてください」
「……ありがとうございます」
彼女は言われた通り頭を上げたものの、その下唇は噛み締められている。
(まだ納得できない、と言ったところかしら。できれば彼女とは仲良くなりたいのだけれど……けじめは必要よね)
ルシアナは、紅茶を一口飲むと体をテレーゼのほうへ向け、にこりとお手本のような笑みを浮かべた。
「ところで、リーバグナー公爵令嬢。一つよろしいかしら」
「……なんでしょうか」
不満げな表情を隠そうともしないテレーゼに対し、ルシアナも表情を崩さない。
「先日の騒動でわたくしが不問にしたのは、わたくしへのお言葉や振る舞いのみです。それ以外については、きちんと謝罪していただけますか?」
「……は……?」
意味が分からないとでもいうように眉を寄せた彼女から視線を外し、後ろで控えていたエーリクを呼ぶ。彼はすぐに隣までやって来たが、戸惑いの表情を浮かべていた。
そんなエーリクに微笑みかけると、ルシアナは嫌悪の表情を浮かべるテレーゼを見る。
「エーリクに謝罪してください」
「は!? なんでわたしが!」
叫んでから、彼女ははっとしたように視線を逸らした。
「エーリクに対し、『異種族風情が』とおっしゃったではありませんか」
「それはっ……っ」
言葉を飲み込み俯くテレーゼを見て、エーリクが遠慮がちに手を挙げる。
「発言をしてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ」
エーリクは窺うようにテレーゼを一瞥したあと、眉尻を下げてルシアナへ視線を向けた。
「ルシアナ様が過ごされていたトゥルエノ王国は異種族との交流が盛んだと伺っています。しかし、北部では一生に一度出会うかどうかの確率で、人間以内の種族に馴染みがありません」
「だから彼女のエーリクに対する態度は仕方がない、と言いたいのかしら」
「……はい」
控えめに微笑むエーリクに、ルシアナはにっこりと笑い返す。
「わたくしはそうは思わないわ」
「え……」
「北部が異種族に対し忌避感を持っていることは知っているわ。未知のもの、馴染みのないもの、自身とは異なる異質なものに対し、嫌悪感を抱き受け入れがたく思うことは、一種の防衛本能のようなものだと思っているから、その気持ちを否定するつもりはないの」
(わたくしも、このような生まれでなければ偏見を持っていたかもしれないわ)
ルシアナは短く息を吸うと、顔を歪めるテレーゼを見る。
「このお邸に来てまだ数週間ですが、エーリクが思慮深く、温かみがあり、聡明であることはすぐにわかりました。エーリクが公爵邸に来たのは三年前だと伺っています。三年もの時があれば、エーリク自身は決して忌避感を抱くような者でない、とわかるのではないでしょうか」
「なっ――」
「エーリクは、確かにわたくしたちとは異なる種族です。たった一人の異種族と接したからと言って、異種族全体への理解を深めろというのも無理な話でしょう。けれど、その知り合ったたった一人に対し、その者自身を見ようともせず、自分でかけたフィルター越しに見続け嫌悪するというのは、いささか不誠実ではないでしょうか。少なくとも、国民の模範となるべき公爵家の人間がする行いではないでしょう」
「――っ」
かっと彼女の顔が真っ赤になり、握り締められた両手が小さく震える。
(そもそも異種族云々以前に、エーリクはレオンハルト様に認められ、執事の職まで与えられているシルバキエ公爵家の使用人だわ。そんな彼を軽んじることは、主であるレオンハルト様を侮辱していることに等しいけれど……これは公爵家の人間ではないわたくしが口出しをすべきことではないわね)
ルシアナは深く息を吸い込むと、顔から笑みを消し、真っ直ぐテレーゼを見つめる。
「わたくしの言い分が間違っていないと少しでも思われたなら、彼へ謝罪を」
彼女は強くスカートを握り締める。少しして、エーリクへ体を向けたテレーゼは、わずかにその頭を下げた。
「……もうしわけ、ありませんでした」
絞り出すように、声を震わせながらそう告げた彼女に、エーリクは複雑そうな表情を浮かべている。ルシアナは、ふっと表情を緩めると、優しい声色でエーリクに声を掛けた。
「この謝罪は受け入れなくても構わないわ、エーリク」
「え……」
「――!」
ルシアナの言葉に、エーリクは驚いた、テレーゼは怒りの籠った表情をそれぞれ向けた。ルシアナは漏れそうになる溜息を飲み込みながら、エーリクに微笑を向ける。
「この謝罪はわたくしの自己満足で、わたくしが彼女に無理やり言わせたものだから、あまり意味はないもの。だから無理に受け入れる必要はないわ」
目尻を下げてそう伝えれば、呆然とルシアナを見ていたエーリクが、髪と同じ白い睫毛を揺らして小さく笑った。
「ありがとうございます、ルシアナ様」
エーリクは、ふっと息を吐き出すと、姿勢を正しテレーゼを見る。
「リーバグナー公爵令嬢の謝罪を受け入れます」
そう言って優しげな表情を浮かべたエーリクに、テレーゼの顔はますます赤くなる。
怒りや羞恥が入り混じったテレーゼの様子に、ルシアナは心の中で一つ息を吐くと、近くで控えていたエステルに目配せする。エステルが小さく頷き合図を送ると、メイドたちが食器を運んでくる。
「さて、では先日のお話はここまでにして……いつまでも立たせたままで申し訳ございません、リーバグナー公爵令嬢。今日は令嬢のために特別な茶葉を用意したんです。どうぞ、向かいの席へおかけください」
唇を噛み締めながら自分を睨むテレーゼに、ルシアナはただただ穏やかな笑みを返した。
席に座ったままそう告げれば、彼女は一瞬顔を顰めたあと、深く頭を下げた。
「この度は……寛大なご処置をありがとうございました、王女殿下」
「いいえ。突然決まった従兄の結婚に、リーバグナー公爵令嬢も気が動転していたのでしょう。わたくしは気にしておりませんわ。ですから頭を上げてください」
「……ありがとうございます」
彼女は言われた通り頭を上げたものの、その下唇は噛み締められている。
(まだ納得できない、と言ったところかしら。できれば彼女とは仲良くなりたいのだけれど……けじめは必要よね)
ルシアナは、紅茶を一口飲むと体をテレーゼのほうへ向け、にこりとお手本のような笑みを浮かべた。
「ところで、リーバグナー公爵令嬢。一つよろしいかしら」
「……なんでしょうか」
不満げな表情を隠そうともしないテレーゼに対し、ルシアナも表情を崩さない。
「先日の騒動でわたくしが不問にしたのは、わたくしへのお言葉や振る舞いのみです。それ以外については、きちんと謝罪していただけますか?」
「……は……?」
意味が分からないとでもいうように眉を寄せた彼女から視線を外し、後ろで控えていたエーリクを呼ぶ。彼はすぐに隣までやって来たが、戸惑いの表情を浮かべていた。
そんなエーリクに微笑みかけると、ルシアナは嫌悪の表情を浮かべるテレーゼを見る。
「エーリクに謝罪してください」
「は!? なんでわたしが!」
叫んでから、彼女ははっとしたように視線を逸らした。
「エーリクに対し、『異種族風情が』とおっしゃったではありませんか」
「それはっ……っ」
言葉を飲み込み俯くテレーゼを見て、エーリクが遠慮がちに手を挙げる。
「発言をしてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ」
エーリクは窺うようにテレーゼを一瞥したあと、眉尻を下げてルシアナへ視線を向けた。
「ルシアナ様が過ごされていたトゥルエノ王国は異種族との交流が盛んだと伺っています。しかし、北部では一生に一度出会うかどうかの確率で、人間以内の種族に馴染みがありません」
「だから彼女のエーリクに対する態度は仕方がない、と言いたいのかしら」
「……はい」
控えめに微笑むエーリクに、ルシアナはにっこりと笑い返す。
「わたくしはそうは思わないわ」
「え……」
「北部が異種族に対し忌避感を持っていることは知っているわ。未知のもの、馴染みのないもの、自身とは異なる異質なものに対し、嫌悪感を抱き受け入れがたく思うことは、一種の防衛本能のようなものだと思っているから、その気持ちを否定するつもりはないの」
(わたくしも、このような生まれでなければ偏見を持っていたかもしれないわ)
ルシアナは短く息を吸うと、顔を歪めるテレーゼを見る。
「このお邸に来てまだ数週間ですが、エーリクが思慮深く、温かみがあり、聡明であることはすぐにわかりました。エーリクが公爵邸に来たのは三年前だと伺っています。三年もの時があれば、エーリク自身は決して忌避感を抱くような者でない、とわかるのではないでしょうか」
「なっ――」
「エーリクは、確かにわたくしたちとは異なる種族です。たった一人の異種族と接したからと言って、異種族全体への理解を深めろというのも無理な話でしょう。けれど、その知り合ったたった一人に対し、その者自身を見ようともせず、自分でかけたフィルター越しに見続け嫌悪するというのは、いささか不誠実ではないでしょうか。少なくとも、国民の模範となるべき公爵家の人間がする行いではないでしょう」
「――っ」
かっと彼女の顔が真っ赤になり、握り締められた両手が小さく震える。
(そもそも異種族云々以前に、エーリクはレオンハルト様に認められ、執事の職まで与えられているシルバキエ公爵家の使用人だわ。そんな彼を軽んじることは、主であるレオンハルト様を侮辱していることに等しいけれど……これは公爵家の人間ではないわたくしが口出しをすべきことではないわね)
ルシアナは深く息を吸い込むと、顔から笑みを消し、真っ直ぐテレーゼを見つめる。
「わたくしの言い分が間違っていないと少しでも思われたなら、彼へ謝罪を」
彼女は強くスカートを握り締める。少しして、エーリクへ体を向けたテレーゼは、わずかにその頭を下げた。
「……もうしわけ、ありませんでした」
絞り出すように、声を震わせながらそう告げた彼女に、エーリクは複雑そうな表情を浮かべている。ルシアナは、ふっと表情を緩めると、優しい声色でエーリクに声を掛けた。
「この謝罪は受け入れなくても構わないわ、エーリク」
「え……」
「――!」
ルシアナの言葉に、エーリクは驚いた、テレーゼは怒りの籠った表情をそれぞれ向けた。ルシアナは漏れそうになる溜息を飲み込みながら、エーリクに微笑を向ける。
「この謝罪はわたくしの自己満足で、わたくしが彼女に無理やり言わせたものだから、あまり意味はないもの。だから無理に受け入れる必要はないわ」
目尻を下げてそう伝えれば、呆然とルシアナを見ていたエーリクが、髪と同じ白い睫毛を揺らして小さく笑った。
「ありがとうございます、ルシアナ様」
エーリクは、ふっと息を吐き出すと、姿勢を正しテレーゼを見る。
「リーバグナー公爵令嬢の謝罪を受け入れます」
そう言って優しげな表情を浮かべたエーリクに、テレーゼの顔はますます赤くなる。
怒りや羞恥が入り混じったテレーゼの様子に、ルシアナは心の中で一つ息を吐くと、近くで控えていたエステルに目配せする。エステルが小さく頷き合図を送ると、メイドたちが食器を運んでくる。
「さて、では先日のお話はここまでにして……いつまでも立たせたままで申し訳ございません、リーバグナー公爵令嬢。今日は令嬢のために特別な茶葉を用意したんです。どうぞ、向かいの席へおかけください」
唇を噛み締めながら自分を睨むテレーゼに、ルシアナはただただ穏やかな笑みを返した。
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