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「第四章:勇者一人前」
「誤算と真相」
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~~~カーラ・レイストリング~~~
カーラには、ふたつの誤算があった。
ひとつは、ヒロ一行の速度の速さだ。
馬にヒロの血を飲ませ、休まず走らせ続けるという策に思い至らなかったこと。
そのため亡霊馬の足をもってしても距離を縮めることが出来ず、ベックリンガーの戦闘用馬車を先行させるしかなかった。
もうひとつは、ヒロ一行の土地勘だ。
巡回騎士の警戒網をことごとく突破されたあげく、デンバーの湿地帯へと誘い込まれた。
一瞬でも気を抜けば底無し沼に呑み込まれる危険地帯を前にカーラたちの追い足は自然と鈍り、深い霧のせいもあいまって、ジャカやパヴァリアとの距離が開いてしまった。
結果は最悪。
ようやく追い着いた時には、シャルロット、パヴァリア、ジャカの三名がすでに討ち取られていた。
ベックリンガーの姿だけが見えないが、戦闘用馬車が乗り捨てられ、武器である鉄棍と大盾が投げ捨てられているところを見るに、おそらくは絶望の深みに囚われたのだろう。
「……へえ、すごいわね。あの四人を倒すなんて」
カーラの横に並んだミトが、感心したような声を上げた。
自らの作り上げた亡霊騎士が残らず屠られたのにも関わらず、かつての仲間たちが無惨な屍を晒しているのにも関わらず、そこにはいささかの痛痒も感じられない。
あくまで戦いのための使い捨てと考えているのだろう。
その辺のドライさは、共に野原を駆け回っていたあの頃と変わらない。
だからこそカーラは、信用してミトを傍に置いてきたのだ。
性、残虐にして任務に忠実であること。
それが七星に求められる最も重要な資質だからだ。
「カーラの説が当たったわね。もっと大軍かと思いきや、驚くほどの少人数。ヒロのおかげか、重傷を負った者はいないようだけど……」
「……四人? そう見えるかい?」
ミトの分析に異論を唱えてきたのはヒロだ。
「わかんないだけで、実はどっかに伏兵がいるかもしれねえぜ?」
へらへらと口元を緩ませながら軽口を叩くヒロの全身は、血の赤に染まっている。
それが自らの血か返り血なのかはわからないが、激戦を繰り広げてきた殺伐さを漂わせている。
「……」
ずいぶん印象が変わったなと、カーラは思った。
つい数日前までの少年とは別人のような気迫が双眸に漲っている。
七星との戦いの中でレベルアップしたせいか、あるいは何か、確固たるものが心の内に出来たのか。
「そうそう、実はごっそり大軍勢が隠れていたりしてねー」
にこにこと笑いながらヒロの腕にしがみついたのはレインだ。
「ねえー、勇者様あー♪」
ヒロにぎゅうぎゅうと体を押し付けるようにしているのを見て、カーラはまた意外に思った。
彼女が七星でいた時分にそうするよう仕向けていた芝居とは、明らかに空気感が違う。
ウソが本当になったのだろうか、あるいは困難がふたりを結びつけたのだろうか。
だがまあ、それ自体はどうでもいいとカーラは思った。
真っ正面から戦うなら、自分がレインに負けることはあり得ない。
「……」
続いてカーラは、隣にいる女ふたりに目を向けた。
大鎌を構えた赤毛の女と、戦鎚を肩に担いだ……。
「……魔族と手を結んだのか」
さすがにこの事態は想像していなかった。
羊の形の角に背中まで届く銀髪、さらに先端の尖った尻尾を生やしたその娘は、紛れもない魔族だった。
「ひさしいな、カーラよ」
娘はまっすぐにカーラの目を見つめると、意外な言葉を口にした。
「ひさしい……だと?」
はて、どこかで会ったことがあるだろうかと首を傾げたが、どうにも思い当たらない。
「気が付かぬのも無理は無いか。当時の我は、素顔を晒さぬよう行動していたからな」
「……っ」
その言葉でピンときた。
先代の勇者トーコが旅の中、常に行動を共にしていた娘がいたはずだ。
顔を隠しているのを不思議だなとは思っていたが……まさか魔族だったとは……。
「思い出したか。カーラよ。先の七星、唯一の生き残りよ。貴様だけは隙が無く、どうにも手を出せないでいたが、ようやくその機会が訪れたというわけだ」
「……復讐か」
当時カーラは最年少の七星として活躍していた。
先輩連中は退役後に病没したり、不慮の事故に遭ったり、あるいは戦場で命を散らしたりと次々に死んでいった。
死亡率の高さが妙だなとは思っていたが、まさか暗殺されていたとは……。
「……なるほど。魔族、そして勇者信仰者が手を組んでいたのか」
背後で蠢動していた連中の正体に気づいたカーラだが、特別動揺は無い。
どちらにしろ、ここで討ち取ればいいだけの話だ。
それだけの実力が、自分にはある。
そこへ、突然──
水面を割るようにして、巨大な影が飛び出して来た。
大蛇の胴体に七つの首を生やした怪物──ヒュドラだ。
「……カーラ!」
上位モンスターの襲撃に悲鳴を上げるミト。
だが、カーラは慌てず騒がず長剣の柄に手を当てた。
──キキキキキキキッ。
ガラスの板をかきむしる様な金属音が連続したかと思うと、次の瞬間、七つの首が宙を舞った。
目にも止まらぬ抜き打ちの技──ヒュドラはどうと倒れ、絶命した。
「ここで終わりだ、魔族の娘よ。勇者トーコ存命ならばともかく、その程度の戦力ではわたしに勝てない」
カーラは長剣の切っ先をアールに向けると、極めて冷静にそう告げた。
カーラには、ふたつの誤算があった。
ひとつは、ヒロ一行の速度の速さだ。
馬にヒロの血を飲ませ、休まず走らせ続けるという策に思い至らなかったこと。
そのため亡霊馬の足をもってしても距離を縮めることが出来ず、ベックリンガーの戦闘用馬車を先行させるしかなかった。
もうひとつは、ヒロ一行の土地勘だ。
巡回騎士の警戒網をことごとく突破されたあげく、デンバーの湿地帯へと誘い込まれた。
一瞬でも気を抜けば底無し沼に呑み込まれる危険地帯を前にカーラたちの追い足は自然と鈍り、深い霧のせいもあいまって、ジャカやパヴァリアとの距離が開いてしまった。
結果は最悪。
ようやく追い着いた時には、シャルロット、パヴァリア、ジャカの三名がすでに討ち取られていた。
ベックリンガーの姿だけが見えないが、戦闘用馬車が乗り捨てられ、武器である鉄棍と大盾が投げ捨てられているところを見るに、おそらくは絶望の深みに囚われたのだろう。
「……へえ、すごいわね。あの四人を倒すなんて」
カーラの横に並んだミトが、感心したような声を上げた。
自らの作り上げた亡霊騎士が残らず屠られたのにも関わらず、かつての仲間たちが無惨な屍を晒しているのにも関わらず、そこにはいささかの痛痒も感じられない。
あくまで戦いのための使い捨てと考えているのだろう。
その辺のドライさは、共に野原を駆け回っていたあの頃と変わらない。
だからこそカーラは、信用してミトを傍に置いてきたのだ。
性、残虐にして任務に忠実であること。
それが七星に求められる最も重要な資質だからだ。
「カーラの説が当たったわね。もっと大軍かと思いきや、驚くほどの少人数。ヒロのおかげか、重傷を負った者はいないようだけど……」
「……四人? そう見えるかい?」
ミトの分析に異論を唱えてきたのはヒロだ。
「わかんないだけで、実はどっかに伏兵がいるかもしれねえぜ?」
へらへらと口元を緩ませながら軽口を叩くヒロの全身は、血の赤に染まっている。
それが自らの血か返り血なのかはわからないが、激戦を繰り広げてきた殺伐さを漂わせている。
「……」
ずいぶん印象が変わったなと、カーラは思った。
つい数日前までの少年とは別人のような気迫が双眸に漲っている。
七星との戦いの中でレベルアップしたせいか、あるいは何か、確固たるものが心の内に出来たのか。
「そうそう、実はごっそり大軍勢が隠れていたりしてねー」
にこにこと笑いながらヒロの腕にしがみついたのはレインだ。
「ねえー、勇者様あー♪」
ヒロにぎゅうぎゅうと体を押し付けるようにしているのを見て、カーラはまた意外に思った。
彼女が七星でいた時分にそうするよう仕向けていた芝居とは、明らかに空気感が違う。
ウソが本当になったのだろうか、あるいは困難がふたりを結びつけたのだろうか。
だがまあ、それ自体はどうでもいいとカーラは思った。
真っ正面から戦うなら、自分がレインに負けることはあり得ない。
「……」
続いてカーラは、隣にいる女ふたりに目を向けた。
大鎌を構えた赤毛の女と、戦鎚を肩に担いだ……。
「……魔族と手を結んだのか」
さすがにこの事態は想像していなかった。
羊の形の角に背中まで届く銀髪、さらに先端の尖った尻尾を生やしたその娘は、紛れもない魔族だった。
「ひさしいな、カーラよ」
娘はまっすぐにカーラの目を見つめると、意外な言葉を口にした。
「ひさしい……だと?」
はて、どこかで会ったことがあるだろうかと首を傾げたが、どうにも思い当たらない。
「気が付かぬのも無理は無いか。当時の我は、素顔を晒さぬよう行動していたからな」
「……っ」
その言葉でピンときた。
先代の勇者トーコが旅の中、常に行動を共にしていた娘がいたはずだ。
顔を隠しているのを不思議だなとは思っていたが……まさか魔族だったとは……。
「思い出したか。カーラよ。先の七星、唯一の生き残りよ。貴様だけは隙が無く、どうにも手を出せないでいたが、ようやくその機会が訪れたというわけだ」
「……復讐か」
当時カーラは最年少の七星として活躍していた。
先輩連中は退役後に病没したり、不慮の事故に遭ったり、あるいは戦場で命を散らしたりと次々に死んでいった。
死亡率の高さが妙だなとは思っていたが、まさか暗殺されていたとは……。
「……なるほど。魔族、そして勇者信仰者が手を組んでいたのか」
背後で蠢動していた連中の正体に気づいたカーラだが、特別動揺は無い。
どちらにしろ、ここで討ち取ればいいだけの話だ。
それだけの実力が、自分にはある。
そこへ、突然──
水面を割るようにして、巨大な影が飛び出して来た。
大蛇の胴体に七つの首を生やした怪物──ヒュドラだ。
「……カーラ!」
上位モンスターの襲撃に悲鳴を上げるミト。
だが、カーラは慌てず騒がず長剣の柄に手を当てた。
──キキキキキキキッ。
ガラスの板をかきむしる様な金属音が連続したかと思うと、次の瞬間、七つの首が宙を舞った。
目にも止まらぬ抜き打ちの技──ヒュドラはどうと倒れ、絶命した。
「ここで終わりだ、魔族の娘よ。勇者トーコ存命ならばともかく、その程度の戦力ではわたしに勝てない」
カーラは長剣の切っ先をアールに向けると、極めて冷静にそう告げた。
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