27 / 51
「第三章:殺し屋たちの宿」
「死地へ」
しおりを挟む
~~~シャルロット・フラウ~~~
ハイエルフであるシャルロットが故郷の森を飛び出し、冒険者となったのはおよそ300年ほど前のことだ。
閉鎖的な村社会に育ち刺激に飢えていた彼女は、心の声の赴くままにいくつものダンジョンを踏破し、幾人もの仲間たちと共に様々な危難を乗り越えた。
強敵を倒すのは快感だったし、民衆からの賞賛で得られる優越感は格別だった。
だが、未知の土地や敵との遭遇が少なくなっていくにつれ、彼女の心は凪いでいった。
ついに彼女は冒険者を辞めた。
神業と言っていい弓の腕、そして精霊魔法の実力を買い仲間にしようと誘う者たちは引きも切らなかったが、そのすべてを断った。
では、今後どうする?
故郷に帰るのはあり得ないとして、ならばどうする?
各地を放浪するうちに気づいたのが、王国に密かに伝わる勇者喰いの風習だ。
王侯貴族にのみ与えられる特権、至上の美味にして極上の栄養。
その時初めて、彼女は自らの中に仄暗い感情があることに気がついた。
森の中にあって野性の獣を狩るように、イキのいい獲物を狩りたい、食べてみたい。
舌の上で転がし、歯で噛み切ってみたい。
啜り嚥下し、どのように胃の腑で溶けるか、味わってみたい。
再び燃え上がった好奇心と共に、彼女は七星へと入団した。そして──
「ちょっと! もっと速く走れないの!?」
大雨の中、シャルロットは馬を飛ばしていた。
「もっとと言われましてもね! この天候そしてこの路面じゃ、馬だってさすがに怯えてしまって……!」
後ろを走るパヴァリアが、外套のフードの下から悲鳴じみた声を上げる。
「もう……! ホントにどいつもこいつもノロマなんだから……! このままじゃヒロを誰かに食べられちゃうじゃない!」
歯噛みしながら、彼女は前を見つめた。
大雨そして宵闇のせいで星明りが得られず、彼女らの行く手を照らす明かりはカンテラに閉じ込めた鬼火によるものだけだ。
夜目の効くハイエルフにとってはそれでも問題ないのだが、馬そしてパヴァリアにとっては難儀だろう。
「どうせ向こうだって、どこかで休んで朝を待ってますよ! 僕らもそうしましょう!」
「バカを言わないで! 向こうは死に物狂いよ!? そんな普通の考え方が通用するわけ……!」
「わかりますけど……! あ、ほら! あれって宿じゃないですか!? ……うん、やっぱりだ!」
パヴァリアの指差した方角を見やると、本街道から外れた小道の奥に、ポツンと明かりが灯っている。
近寄ってみると、たしかに宿のようだが……。
「ふうん、こんなところで宿、ねえ……?」
本街道から少し外れていて、しかも奥まったところにある。
地元の者か旅慣れた者でないと、それこそ見落としてしまいかねないような……。
道すがら看板のようなものも見当たらなかったし……。
「ああ、こっちは旧街道なんですね。本街道が出来たから、少し寂れてしまった感じになったんだ」
パヴァリアは明晰に答えを見つけると、馬を降りた。
シャルロットが止める間もなく、早くも外套を脱いで雨滴を払い落している。
「いずれにしろ、運が良かったですね。暖かい食事と寝床と……あとは美人の店員さんがいるといいなあ」
「ちょっと、本気で泊まって行く気なの?」
シャルロットが口を尖らせるが、パヴァリアはすでに店のドアをノックしている。
「いいじゃないですか。明日朝早く出ればいいんだし、ちょっとは休んだ方が効率が上がるってものでもあるし……そうだ、もしかしたらヒロたちの情報が得られるかもしれませんよ?」
「んー……」
この道をヒロたちが通ったとするならば、たしかにここで何らかの情報は得られるかもしれない。
店の人間でなくても、店に立ち寄った誰かが知っていた可能性がある。
少年と少女のふたり連れというだけでも相当目立つし、勇者信仰者の集団と共に行動しているならばなおさらのはずで……。
「んんー……」
シャルロットが悩む間にも、パヴァリアは店内に足を踏み入れていた。
ひとりとり残された形のシャルロットは、まさかひとりきりで追うわけにもいかず、ため息をつきつつ馬を降りた。
ここで多少強引にでも引き止めていれば、彼女らが命を落とすことはなかっただろう。
明け方の光の中でヒロたちを補足し、有利に戦いを進めることすら出来たはずだ。
だが、彼女はそれをしなかった。
大雨と宵闇、最悪の路面状況と疲労が積み重なり、正しい判断をし損ねた。
時はもう戻らない。
決断のやり直しも効かない。
『神弓のシャルロット』
『縛鎖のパヴァリア』
共に飛び道具を得手とするふたりはアールの描いた死地へ、文字通り踏み込んでしまったのだ……。
ハイエルフであるシャルロットが故郷の森を飛び出し、冒険者となったのはおよそ300年ほど前のことだ。
閉鎖的な村社会に育ち刺激に飢えていた彼女は、心の声の赴くままにいくつものダンジョンを踏破し、幾人もの仲間たちと共に様々な危難を乗り越えた。
強敵を倒すのは快感だったし、民衆からの賞賛で得られる優越感は格別だった。
だが、未知の土地や敵との遭遇が少なくなっていくにつれ、彼女の心は凪いでいった。
ついに彼女は冒険者を辞めた。
神業と言っていい弓の腕、そして精霊魔法の実力を買い仲間にしようと誘う者たちは引きも切らなかったが、そのすべてを断った。
では、今後どうする?
故郷に帰るのはあり得ないとして、ならばどうする?
各地を放浪するうちに気づいたのが、王国に密かに伝わる勇者喰いの風習だ。
王侯貴族にのみ与えられる特権、至上の美味にして極上の栄養。
その時初めて、彼女は自らの中に仄暗い感情があることに気がついた。
森の中にあって野性の獣を狩るように、イキのいい獲物を狩りたい、食べてみたい。
舌の上で転がし、歯で噛み切ってみたい。
啜り嚥下し、どのように胃の腑で溶けるか、味わってみたい。
再び燃え上がった好奇心と共に、彼女は七星へと入団した。そして──
「ちょっと! もっと速く走れないの!?」
大雨の中、シャルロットは馬を飛ばしていた。
「もっとと言われましてもね! この天候そしてこの路面じゃ、馬だってさすがに怯えてしまって……!」
後ろを走るパヴァリアが、外套のフードの下から悲鳴じみた声を上げる。
「もう……! ホントにどいつもこいつもノロマなんだから……! このままじゃヒロを誰かに食べられちゃうじゃない!」
歯噛みしながら、彼女は前を見つめた。
大雨そして宵闇のせいで星明りが得られず、彼女らの行く手を照らす明かりはカンテラに閉じ込めた鬼火によるものだけだ。
夜目の効くハイエルフにとってはそれでも問題ないのだが、馬そしてパヴァリアにとっては難儀だろう。
「どうせ向こうだって、どこかで休んで朝を待ってますよ! 僕らもそうしましょう!」
「バカを言わないで! 向こうは死に物狂いよ!? そんな普通の考え方が通用するわけ……!」
「わかりますけど……! あ、ほら! あれって宿じゃないですか!? ……うん、やっぱりだ!」
パヴァリアの指差した方角を見やると、本街道から外れた小道の奥に、ポツンと明かりが灯っている。
近寄ってみると、たしかに宿のようだが……。
「ふうん、こんなところで宿、ねえ……?」
本街道から少し外れていて、しかも奥まったところにある。
地元の者か旅慣れた者でないと、それこそ見落としてしまいかねないような……。
道すがら看板のようなものも見当たらなかったし……。
「ああ、こっちは旧街道なんですね。本街道が出来たから、少し寂れてしまった感じになったんだ」
パヴァリアは明晰に答えを見つけると、馬を降りた。
シャルロットが止める間もなく、早くも外套を脱いで雨滴を払い落している。
「いずれにしろ、運が良かったですね。暖かい食事と寝床と……あとは美人の店員さんがいるといいなあ」
「ちょっと、本気で泊まって行く気なの?」
シャルロットが口を尖らせるが、パヴァリアはすでに店のドアをノックしている。
「いいじゃないですか。明日朝早く出ればいいんだし、ちょっとは休んだ方が効率が上がるってものでもあるし……そうだ、もしかしたらヒロたちの情報が得られるかもしれませんよ?」
「んー……」
この道をヒロたちが通ったとするならば、たしかにここで何らかの情報は得られるかもしれない。
店の人間でなくても、店に立ち寄った誰かが知っていた可能性がある。
少年と少女のふたり連れというだけでも相当目立つし、勇者信仰者の集団と共に行動しているならばなおさらのはずで……。
「んんー……」
シャルロットが悩む間にも、パヴァリアは店内に足を踏み入れていた。
ひとりとり残された形のシャルロットは、まさかひとりきりで追うわけにもいかず、ため息をつきつつ馬を降りた。
ここで多少強引にでも引き止めていれば、彼女らが命を落とすことはなかっただろう。
明け方の光の中でヒロたちを補足し、有利に戦いを進めることすら出来たはずだ。
だが、彼女はそれをしなかった。
大雨と宵闇、最悪の路面状況と疲労が積み重なり、正しい判断をし損ねた。
時はもう戻らない。
決断のやり直しも効かない。
『神弓のシャルロット』
『縛鎖のパヴァリア』
共に飛び道具を得手とするふたりはアールの描いた死地へ、文字通り踏み込んでしまったのだ……。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。
MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。
カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。
勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?
アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。
なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。
やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!!
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く
ひよこ1号
ファンタジー
過労で倒れて公爵令嬢に転生したものの…
乙女ゲーの悪役令嬢が活躍する原作小説に転生していた。
乙女ゲーの知識?小説の中にある位しか無い!
原作小説?1巻しか読んでない!
暮らしてみたら全然違うし、前世の知識はあてにならない。
だったら我が道を行くしかないじゃない?
両親と5人のイケメン兄達に溺愛される幼女のほのぼの~殺伐ストーリーです。
本人無自覚人誑しですが、至って平凡に真面目に生きていく…予定。
※アルファポリス様で書籍化進行中(第16回ファンタジー小説大賞で、癒し系ほっこり賞受賞しました)
※残虐シーンは控えめの描写です
※カクヨム、小説家になろうでも公開中です
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。
本当にありがとうございます。
もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~
鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。
投票していただいた皆さん、ありがとうございます。
励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。
「あんたいいかげんにせんねっ」
異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。
ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。
一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。
まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。
聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………
ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。
どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。
kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。
前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。
やばい!やばい!やばい!
確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。
だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。
前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね!
うんうん!
要らない!要らない!
さっさと婚約解消して2人を応援するよ!
だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。
※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。
(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる