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「第二章:残るは四人」

「アゾット秘録」

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 ~~~フルカワ・ヒロ~~~



「……かつて、勇者は神であった」

 硬直する俺たちを前に、アールはゆっくりと語り出した。

「こちらの世界には無い異物や異能をたすざえ、多くの奇跡を成し遂げた。災害規模の魔物の討伐、押し寄せる蛮族の撃退。業績の偉大さから時に英雄と崇められ、それらはやがて信仰へと至った。多くの神殿が建てられ、信仰者が列を成した。だがもちろん、既存の宗教者たちからは良い目で見られなかった。なぜならそれは、彼らの既得権益を脅かす行為だったからだ」 

「それじゃ困るから……ってことか?」

 アールの話の方向性が見えてきたことで、俺は背筋を粟立あわだてさせた。

「自分らの宗教にとってマイナスになるから、そいつらは勇者たちを殺すようになったってのか? やがて、その美味さに気づいてからは嗜好品しこうひんになったって? あるいは薬に……っ? 勇者信仰の人たちはだから迫害されて、こんなところに隠れ住んで……っ?」

 あまりに過酷な事実にがく然とする俺を尻目に、アールは祭壇へと歩み寄り、豪華な金付けの装飾がされた書物を手に取った。
 パラパラとページをめくると、いきなり読み始めた。

「赤帝の年、火の月、我らは魔神討伐の途上にあった──」

 それは、二十二代目の勇者タケダ・イッカクの行動録だ。
 大日本帝国の軍人だったタケダは、ジョイラの大迷宮の攻略中に亡くなった。
 最深部を目指しているさ中に警報アラームの罠にかかり、無数の魔物に囲まれて圧殺された。
 戻って来たのは彼の愛刀と手書きのメモのみで、他には何も残っていないという。

「もちろん、これで終わりではないぞ?」

 そう言って、アールは続けた。
 
 二十三代目、シンの湿地の底なし沼にハマった中国の拳法家、王建来──
 二十四代目、パストゥールの大森林で無数の毒矢を胸に受けたベドウィン族の戦士、アリ・アルフィ──
 二十五代目、ノースカロライナの大学教授、アザリー・メイは最果ての塔の最上階でロック鳥に襲われた──
 二十六代目、カナダの天才数学者、パーシー・アゾットは──

「ここに記されているのは、歴代の勇者全三十名の人となりと、その死に様だ」

 書物を閉じると、アールはパシンと表紙を叩いた。

「名は『アゾット秘録』。奴ら・ ・の思惑に気づいた二十六代目パーシー・アゾットが、様々な口伝や歴代の勇者の従者など、信頼のおける者たちのげんを聞いて書きつづった命の記述であり、奴ら・ ・の手口、その組織形態の一端を示すものだ。残念ながらパーシー・アゾットは悪徳の街ギャリンカの宿の一室で敵の奸計かんけいに落ちたが、その理念はこうして今も受け継がれている」

「うおお……マジか……」

 壮大な歴史に言葉を失う俺。

「ふうーん……? その割にはその後の四名も全員殺されてるみたいだけどねえ~? ホントにそれは役に立っているのかなあ~?」

 一方レインは、露骨な疑いのまなざしをアールに向けた。

「そしてさらにツッコミを入れるとさ。なるほどありがた~い古書があり、その保管施設があると。そんで? なんでそれをキミが管理しているのさ。だってキミは悪魔だろ? 勇者様たちがいかに命を狙われていようと、その信者たちがいかに迫害されていようと、人類の敵対種であるキミがそれを保管している理由にはならないんじゃない?」

 それはたしかにその通りだ。
 というより、最初の時点からの大きな疑問だった。

 悪魔アールは、なぜ三十代目の勇者トーコと盟約を交わしているのか。
 三十一代目である俺を守り、日本へ帰そうとしてくれているのか。

「……ふむ」

 アールは書物を小脇に挟むと、考え込むようなしぐさをした。
 ここまで饒舌じょうぜつだっただけに、その態度は意外なような感じがしたが……。

「それはな──」

 アールが口を開いた瞬間、祭壇に供えられた勇者の像が回転を始めた。
 円形の台座を中心に、右へと。

 いったいなんだろうと思っていると、アールが緊張したような声を出した。

「追っ手だ。七星セプテムの先鋒がやって来たぞ」

「え? え? マジで? もう来たの? さすがに早くない?」

狼狽うろたえるな。この日のために準備はして来た」 

「準備っていうのはその……」

「言っただろう? ここで仕掛けると。ひとりたりとも逃がしてはならん。先鋒全員討ち取るのだ」

 アールの勇ましい宣言と共に、洞窟教会での死闘は始まった──
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