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アルゴーの集落編 〜クーリエ 30歳?〜
X-62話 するりと虚無を掴む
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「あなたが、カーブス医師なん・・ですか? この集落で行われていた非人道的な実験の首謀者であり、俺を——」
キリの村に連れてきた張本人。口の形だけを変形させたまま、実際には音として空気を震わすことはなかった。俺は、その言葉を無意識的に封じ込めるのだ。この言葉は、今言うべきではない。なぜか、直感がそう強く告げていた。
「いかにも。そして、それが君をここに招いた最大の理由に繋がる」
「最大の理由?」
カーブスは、手に持っていた茶碗をゆっくりとテーブルの上に戻す。だが、視線が俺の方を向くことはなかった。じっと、下を向いたまま、細々と声を漏らすのだ。
「この場所で行われていた実験の概要は、どこまで知っているんじゃ?」
「・・・天恵を二つ、一人の身体に宿らせようとした。何人もの人を犠牲にしながら!」
「ふむ。大体ニュアンスは伝わっているようだな。大義は逸れているが」
カーブスは、下げていた目線を俺に合わせるように上を向かせた。テーブルの上で、交錯する二人の視線。薄暗い部屋に走る、視線が絡み合う火花。どちらにも、譲れない言い分があるかのように、自ら率先して引くことは断じて起こり得なかった。
「非人道・・・であることは認めるんだな」
「考え方による。わしはあくまで人助けのために、最初はこの実験を始めたに過ぎない。それを、拡大解釈してそのような行為に移ったのは、私の思想に反したものだ。すなわち、部下が勝手にやったことなんじゃよ」
「そんなことを!!! 実際に、犠牲にあった人の前でも同じことが言えるのか!!!」
前のめりに動く身体が、僅かにテーブルに触れる。それによって生じる振動によって、茶碗に注がれたお茶が波を撃ち、少量それに沿ってテーブルに滴り落ちる。だが、彼の言葉は、そのようなことでは止まることはない。
「研究とは、一人の命を救うために、その過程を調べ尽くす行為を指す。その中で、時に辛く、厳しい判断をしなければいけないこともある。わしは、その一人をどうしても救いたかった! その為に、微々たる犠牲を伴うことは厭わない!!」
「カーブス医師!!」
俺は右手を伸ばし、カーブスの胸ぐらを激しく掴み上げる。彼の顔が痛みにより僅かに歪むが、俺は気にすることはなかった。
「一人の命と、それによって犠牲になった命は対等なのか? 何人死んだんと思ってるんだ・・・? ましてや、この実験に関わった人で、無事な人は存在するのか。精神的にも、身体的にも、この実験は全ての人に害を与えているんだぞ!!」
「わしは気にしないと言ったはずじゃ。それに、この実験に携わった奴は、皆進んで協力してきたものじゃ。無理を強いたわけじゃない」
「そのような綺麗事が通るか!!」
「わしは!!!!」
振り上げた拳は、カーブスが叫ぶ声によりその勢いを失う。そして、そのまま宙に停滞したまま、その場から何かで縛り付けられたように動かなくなる。これは——カーブスの気迫に押されているのか?
「一人の少年を救いたかった・・・。天恵が無いと言われ、絶望に落とされた子供を。彼に人工的に天恵を与えるために、その足掛かりとして始めたのがこの実験じゃ。まぁ、無駄足だったようだがな。その子は、わしの気がつかぬ間に天恵を宿しておったから」
胸ぐらを掴む手から、次第に力が抜けていく感覚が俺を襲う。それに呼応するように、するりと白衣の感覚が手からこぼれ落ち、何もない空間を握りしめていた。
「それが、誰かは——言わなくてもわかるじゃろう?」
俺は、何も言えず、ただ首を縦に動かすしかできなかった。
キリの村に連れてきた張本人。口の形だけを変形させたまま、実際には音として空気を震わすことはなかった。俺は、その言葉を無意識的に封じ込めるのだ。この言葉は、今言うべきではない。なぜか、直感がそう強く告げていた。
「いかにも。そして、それが君をここに招いた最大の理由に繋がる」
「最大の理由?」
カーブスは、手に持っていた茶碗をゆっくりとテーブルの上に戻す。だが、視線が俺の方を向くことはなかった。じっと、下を向いたまま、細々と声を漏らすのだ。
「この場所で行われていた実験の概要は、どこまで知っているんじゃ?」
「・・・天恵を二つ、一人の身体に宿らせようとした。何人もの人を犠牲にしながら!」
「ふむ。大体ニュアンスは伝わっているようだな。大義は逸れているが」
カーブスは、下げていた目線を俺に合わせるように上を向かせた。テーブルの上で、交錯する二人の視線。薄暗い部屋に走る、視線が絡み合う火花。どちらにも、譲れない言い分があるかのように、自ら率先して引くことは断じて起こり得なかった。
「非人道・・・であることは認めるんだな」
「考え方による。わしはあくまで人助けのために、最初はこの実験を始めたに過ぎない。それを、拡大解釈してそのような行為に移ったのは、私の思想に反したものだ。すなわち、部下が勝手にやったことなんじゃよ」
「そんなことを!!! 実際に、犠牲にあった人の前でも同じことが言えるのか!!!」
前のめりに動く身体が、僅かにテーブルに触れる。それによって生じる振動によって、茶碗に注がれたお茶が波を撃ち、少量それに沿ってテーブルに滴り落ちる。だが、彼の言葉は、そのようなことでは止まることはない。
「研究とは、一人の命を救うために、その過程を調べ尽くす行為を指す。その中で、時に辛く、厳しい判断をしなければいけないこともある。わしは、その一人をどうしても救いたかった! その為に、微々たる犠牲を伴うことは厭わない!!」
「カーブス医師!!」
俺は右手を伸ばし、カーブスの胸ぐらを激しく掴み上げる。彼の顔が痛みにより僅かに歪むが、俺は気にすることはなかった。
「一人の命と、それによって犠牲になった命は対等なのか? 何人死んだんと思ってるんだ・・・? ましてや、この実験に関わった人で、無事な人は存在するのか。精神的にも、身体的にも、この実験は全ての人に害を与えているんだぞ!!」
「わしは気にしないと言ったはずじゃ。それに、この実験に携わった奴は、皆進んで協力してきたものじゃ。無理を強いたわけじゃない」
「そのような綺麗事が通るか!!」
「わしは!!!!」
振り上げた拳は、カーブスが叫ぶ声によりその勢いを失う。そして、そのまま宙に停滞したまま、その場から何かで縛り付けられたように動かなくなる。これは——カーブスの気迫に押されているのか?
「一人の少年を救いたかった・・・。天恵が無いと言われ、絶望に落とされた子供を。彼に人工的に天恵を与えるために、その足掛かりとして始めたのがこの実験じゃ。まぁ、無駄足だったようだがな。その子は、わしの気がつかぬ間に天恵を宿しておったから」
胸ぐらを掴む手から、次第に力が抜けていく感覚が俺を襲う。それに呼応するように、するりと白衣の感覚が手からこぼれ落ち、何もない空間を握りしめていた。
「それが、誰かは——言わなくてもわかるじゃろう?」
俺は、何も言えず、ただ首を縦に動かすしかできなかった。
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