上 下
11 / 70
キリの村編 〜クーリエ 30歳〜

X-11話 虚ろめく意識

しおりを挟む
 腹の奥底から込み上げてくるものがあった。人が、人類がそれを見るだけで嫌悪感を抱くものとはそういうものだと、今更ながらに強く痛感する。口より胃から逆流したそれがただの嫌悪感から実態を持って体外に放出される。ただの白い液体。しかし、それが食道を通ってきた名残がずっと喉奥から消え去ることはない。

「かっ!はぁはぁはぁ。 クソッタレが・・・!」

 いつの間にか崩れていた膝に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。目の前には先ほどまで立ち込めていた粉塵は気がつけば少し収まり、はっきりと怪物の姿が見て取れる。そこはついさっきまでコルルの父さんと俺が座っていた場所とほぼ同場所。だが、父さんの姿は当然見られない。代わりに、怪物の口元は赤く染め上げられていた。

怪物がゆっくりとこちらに首を向け、視線と視線が2人の間で交差する。俺の視線にはキリの村ではなかった激しい憎悪と殺意が込められていたが、怪物のそれにはそんなものが含まれている様子は感じ取れない。ただ純粋に人殺しを楽しんでいるかのように、笑みを連想させるものが強く感じ取れる。

「テメェが父さんをヤッたのか? あ? お前が人語を操り会話が成立するのは知ってんだよ。何とか言ったらどうなんだ!!」

 怪物の身体が横に僅かに揺れる。攻撃の準備姿勢に入ったかと身構えるが、そこから一撃が放たれる様子はない。何のつもりだ?

「クー・リ・エ? お・前・だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 最後の方は言葉すら聞き取れないただの雄叫び。 だが、その雄叫びだけで崩壊が始まる洞窟にとっては大きな一撃となり得た。天井が崩れ、洞窟としての原型を止めるために支える柱が倒れていく音の間隔がより狭くなる。

「シシシシシシシシシシシシ・・・・ヌ!!!!」

 怪物の姿が突如として視界から消える。その行動に音は生じない、無音の移動。感覚を研ぎ澄ますが何も感じ取れるものはなかった。だが、検討はついている。父さんをやったときは上からの奇襲攻撃。つまり、

「天井だろ!!」

 天井に怪物の姿を認識する。すでに鋭く尖る牙を突き立てこちらに突進をしようとするまさにそんなタイミングだ。俺は素早く身構え、一気に横方向に飛び回避する。

ドゴォォォォォォ・・・

 大きな音を立て先ほどまで俺が立っていた場所は綺麗に穴が空く。下の階層までその穴から垣間見受けられるほどに大きくその口を開けている。あの場で回避していなかったら命はなかっただろう、とひとまず俺は胸を撫で下ろす。

「キィエェェ!!」

 突如として開けられた穴から怪物が勢いに任せて飛び出してくる。あまりに咄嗟の攻撃と目にも止まらぬ移動速度。俺は回避を行うという思考が頭の中でぐるりと一周する前に真正面から怪物の突撃を許す。

「クッソ、いてぇ!!!」

 そのまま抵抗虚しく力で押し込まれると背中に強い衝撃を感じると共に土壁に押し付けられる。身体の骨がこれ以上の力を喰らうと限界だと言わんばかりにメキメキと小さく俺にしかわからないほどの音で危険信号を発してくる。だが、目の前の怪物の突進を押しのけるだけの力が、その方法が瞬時に俺の中では浮かばない。

そして、次第にただの突進攻撃には飽きたのか、怪物はお腹に突き当てていた頭部を思い切り上に払い、いともたやすく俺の身体を宙に浮かす。そして、そのまま俺が邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払った。情けないほどに宙を軽々と漂い、しばらくの浮遊の後左肩から地面と衝突する。痛みに伴う悲鳴すら俺の口からは漏れない。ただ、僅かな勝機だけを目で追いかけていた。集中力はこれまでにないほど高められていると言っても過言ではない。

瞬時に次の攻撃に対して手が打てるように身体を起こす。そして、改めて怪物の姿を目に捉える。

触覚を生やし、鋭い牙、無音移動すら可能にする強靭な脚、そして羽根。暗闇の中に溶け込むことをも可能にする黒光りしている体。相手は、この怪物は女王アリの天恵がもたらす存在であることがここにきてようやく理解した。ということは、道中にあった卵はさしずめ働きアリといったところか。孵化するまでの期間をじっと待っているのだろう。ただこいつの僕になるだけだというのに。だが、その一匹でも相当の力を誇るのは想像に難くない。ここで対処しておかなければキリの村では甚大な被害が出ることになる。

「なかなか手強い相手じゃないの・・・。お前は」

 そう言い放ち俺は脚に力を込める。まさにあの時と同じだ。キリの村でどうしても相手に追いつきたくてそう願うと加速が増したあの現象。あれを再びここでも再現する。そうしなければこの戦いに勝利はないことは明らかだ。

「これが恐らく、俺の天恵の派生ってやつだよな」

 痺れを切らしたように怪物は俺との距離を一気に縮める。あと数コンマ先の未来で俺は確実にやつの攻撃を喰らうだろう。だが、そんな未来はこない。なぜなら、からだ!

「ここからが俺の逆襲だ!!」

 力を込めていた脚を一気に横方向に移動させる。それで相手の攻撃を回避し、後ろに回り込み家すら崩壊させてみせた力をこの女王アリの怪物にお見舞いする。これで勝負をつける算段だ。

だが、思い描いた未来は最初の一手で詰みの状況に追い込まれる。そう、あののだ。

 俺の身体は予想から大きく離れ、まるで反復横跳びを行っているのかと言わんばかりの僅かな跳躍をしてみせると、当然のように怪物の攻撃範囲から逃れることはできず振りかぶった頭部の一撃をもろに頭に受ける。首が動く限界値のところまで衝撃で曲げられると、そのままの勢いで頭から壁に衝突した。

「俺は——また死ぬのか・・・?」

 目の前がゆっくりと上から赤い世界に色染められていく。それが頭部から出血する自分の血液だということには頭を循環する血液が足りないせいか気づくことはなかった。ただ、自分の頭部が先ほどよりも熱を帯びているな、ということだけは虚めく意識の中でもはっきりしていた。

黒色を誇る怪物が音もなくこちら側に颯爽と近寄ってくる。もはや勝負は決したと言わんばかりに直線上に最短距離で移動するわけでもなく、ジグザグに移動しながら余裕を醸し出している。その一連の動作に怒りが沸々と込み上げてくる。そしてそのまま感情の勢いで俺は右手に力拳を作った。

だが、そこから何か攻撃を繰り出せるわけではない。すでに脳の機能は半分以上低下してしまったといっても過言ではなかった。手から送られる信号をかすかに受信できるほどで、そこから筋肉を縮小させ、右手を動かすという一連の動作の信号を送ることはもはや叶わない。その上に、俺自身の意識もそこまで深く思考できなくなっていた。

「キィエェェ!!」

 いつの間にかすぐ側まで距離を縮めていた怪物の顔が一気に俺に近づく。鋭い牙が赤一色の世界の中でも魔性石の光を反射させてか白く印象強く映る。口の隙間から溢れる唾液が俺の下半身に降りかかった。だが、降りかかったと認識しても足をうごかす力は残ってはいない。ただ、その瞬間俺は素直に目を閉じた。視界が赤から黒の世界に変わり、そこには何も映し出されない。

だが、これは生を諦めて視界を閉ざした前回とは異なっていた。何者かにそうするように命令されたような気がした。掠れゆく意識の中聞こえたような気がしただけかもしれない。だが、俺は無意識の内にその言葉に従い、目の前の怪物の攻撃をよそに、視界を閉ざした。

「キイィィィン!!!」

 上歯と下歯が絡み合う音が土の壁に吸い込まれていった。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...