きもちいいあな

松田カエン

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王国崩壊編

158.クーデター。

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 近衛騎士の兄弟は私と先輩が対立している様を見て、ゆっくりと瞬きをしている。それから騒ぎに集まった使用人たちに「散れ」と命じていた。
 威厳があるように振る舞っているが、私にはわかる。あの顔は何も考えていない。面倒そうだから他人を遠ざけたに過ぎない。

「貴様もだ。部屋にいろ」
「ひぃっ!」

 部屋から顔を覗かせていた、屋敷の主人であるはずのザイグレンター卿が兄弟の威嚇に悲鳴を上げて後ずさる。すぐさま閉じられたドアからは鍵をかける音まで聞こえた。
 廊下に残ったのは私とディー先輩、そして兄弟だけだった。ディー先輩は私を警戒しつつも兄弟に背を向けるのは躊躇するのか、軽く後ずさって窓際に背をつける形で立ち位置を変える。私は向かい合う形になった兄弟を見つめた。

「転移魔法陣を使いたい。私は王都に戻って、反乱を止めなければならない」
「反乱?」
「待ってクンツ。その話本当とは限らないって言っただろ。……クンツは奴隷たちから話を聞いただけで、少し先走ってるだけなんだ」

 ディー先輩は前半は私に、そして後半は兄弟に対して事情を説明するかのように口にする。少し思案するような表情を浮かべた兄弟が頷いた。

「確かに……実家から連絡は何もない」

 私はその言葉に緩く首を横に振る。私たちリンデンベルガーは緊急招集が掛かれば連絡を受けることが出来るが、それも事が起こってからだろう。事情を知らなければ前もって連絡があるはずがない。

「クーデターが起こってからでは遅すぎる。前もって防御を固めなければ。この屋敷の転移魔法陣を使わせてもらう」
「この屋敷の転移魔法陣の使用には、さっきのじじいか姫様がの許可がいる。許可なしに使用はできない」
「ではザイグレンター卿に許可を」

 私は大股で卿の部屋に近づいてドアノブを握った。……鍵がかかっている。壊すか。

「姫様に許可を取ればいい。付いてこい」

 私が強化魔法を使おうと息を吸い込んだところでフィンリーが告げた。えっと……カインザートの実姉だったか。ユストゥスが随分と警戒していた……。
 近衛騎士の兄弟は、私が付いてくることを疑わない様子でさっさと歩いて行ってしまう。群青騎士としての任務放棄の際に護衛対象を脅したと思われるよりは、まだ姫殿下の許可を得て王都に戻った方が良いだろうか。

「クンツ!駄目だからね、行かないで」

 駆け寄ってきたディー先輩が私の鎧に縋りついた。わずかに足に魔力が移動しているのがわかる。私が断れば、即座に止めに入るつもりだろう。表情から必死さがにじみ出ていて、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「ディー先輩」
「くん、っ、んぅっ……!?」

 身体を屈めて私は小さく柔らかなディー先輩の唇に口付けた。舌を潜り込ませる。ディー先輩はどこもかしこも小さい。口の中もだ。甘い舌を味わい、水音を響かせる。
 寮の奴隷ともほとんど口付けをすることはないと聞く。でもそんなディー先輩は私にはよくキスをくれた。だから今も油断していたのだと思う。

 抱え上げるように抱き上げて口付けを続ける。そしてそっと、そおっと、頚動脈洞を圧迫した。かんっと鎧を蹴られたが、それにはほとんど力が篭っていない。
 今から暴れてももう遅い。

「んんんー……っはあっ」
 気を失うか失わないか寸前のところで離すと、ディー先輩の身体から力が抜けていた。
「あ……っぅ」

 意識はまだあるようだが酩酊している様子である。脳が上手く働いていないのだ。口元が緩み艶やかな唇から赤い舌が覗く。何となくもう一度だけ口づけを落として舌を味わうと、私はそっと廊下にディー先輩を下ろした。
 完全に気絶まで追いやるとその後が良くないと聞く。このぐらいなら後遺症はないだろう。

「すまない」

 先輩のことだから、数分もあれば元に戻るだろう。だがその数分が稼げればいい。
 私は兄弟を追いかけた。と言っても私がすぐに追い掛けなかったせいですでに見失っている。仕方がないので姫殿下の住まいとなっている庭にある離れに向かえば、兄が同僚と思しき男と立っていた。
 ……前にどこかで見た顔だ。どこで見たのかは思い出せないが……。オールバックにたれ目。年のころは30代半ばと思しき外見で妙に男らしい色気のある顔立ちをしている。
 こいつが奴隷だったらさぞかしいい感じに責めてくれそうな……。いつものことながらそっと股間チェックをしたが、近衛騎士服の重厚な布地のせいでよくわからなかった。

「おい!なに見ている!」
「……いや?それで姫殿下はどちらにいらっしゃるのだ。転移魔法陣の使用許可をいただきたい」

 勘の鋭い兄弟に阻まれ、私はすっとぼけて先を促す。

「さすがは群青騎士ってところか……こっちだ」

 私たち兄弟のやり取りに軽く肩を竦めた近衛騎士に案内されて、室内へと進んだ。こちらの離れは姫殿下の意向が反映されているらしく、調度品も柔らかい色調のものばかりで本邸との差が激しい。
 執務室にいるというのでそのまま二人の近衛騎士に案内されて進めば、執務中だったのかペンを持ち書類に向き合う眼鏡をかけた女性がいた。

「いらっしゃい。フィンの弟さん、だったかしら」

 ウェーブのかかった長い金髪、同色の長いまつげに彩られた蒼眼。細身の身体を覆うマーメードラインのドレスは品よく彼女の持つ色にマッチした群青色でその顔立ちでその色を纏われると、必然的にマインラー……カインザートを思い出した。もっとも私が知っているやつは黒目黒髪だったが。
 マリアベリル姫殿下だ。彼女は掛けていた眼鏡を外すと立ち上がり、即座に跪いた私にゆっくりと近づいてくる。そばに立ったままだった兄弟は私の一歩前に遮るように踏み出した。

「これは群青騎士の兄弟だ。王都に戻りたいのだという。だから転移魔法陣の使用許可をもらいたい」
「だめよ。今は転移事態禁じられているもの」

 あっさりと端的に断られた。やはり走るしかないのか?

「……姫様は使っていただろう?」
「そうね。でも転移事態は禁じられているの。そう通達が出ているのに使うのかしら?」

 近衛騎士の兄弟が変な顔をする。私は立ち上がってずいっと姫の前へ出た。

「緊急事態なのだ。王都に危機が迫っている」
「それは大変ね。でも特にそう言った通達は出ていないの。国の防衛たるリンデンベルガーの招集がのだから、貴方も向かう理由はないはずだわ」
「それは、どういうことですか」

 言い回しが引っかかって迫ろうとすると、もう一人の近衛騎士の男が姫殿下との間に身体を滑り込ませてきた。少しばかり困ったような表情を浮かべている。

「フィン、弟のことが気になっているのはわかっけどよ。お前の任務は姫の護衛と監視だろ? 余計な口出しすんなよ」
「オズこそ。転移が禁じられているなど私は聞いていないぞ。昨日も一昨日も、転移魔法陣で外に出て」
「気にし過ぎたフィン、『俺の目を見ろ』」
「!」

 魔力が篭った声を掛けられた兄弟は、途端にびくりと身体を跳ねさせて近衛騎士の男を見つめた。少しばかり抵抗するように顔を逸らそうとしているが、上手くいかないようで視線だけが男をじっと見つめている。

「オズワルド、あとはよろしくね。これ以上フィンの脳に負担をかけたら廃人になってしまうから」
「うす。ちょっとかわいがってきます。『さあ、おいでフィンリー』」
「おず……わるど」

 足を踏み出した途端足をもつれさせた兄弟を、近衛騎士の男は難なく抱きしめた。ちゅっとこめかみに口づけを与えたかと思うと抱き上げる。
 そしてそのまま執務室から出ていってしまった。残されたのは私と姫殿下だけだ。

「わたくしたちが悪いのだけど。フィン、ああ見えてだいぶ記憶を失っているのよ」
「え……」

 姫殿下がわずかに視線を落としつつ口にした言葉に、私は目を見開いた。リンデンベルガーの特性を知っているのだろうが、それにしても回数が多すぎる。

「わたくしのことは二回、オズワルドのことに至っては六回は忘れているわ。でもあの子はゲオルグの命で付けられた子だから外してあげることも出来なくて」
「……あなたは何を言っているのだ」

 私が嫌な予感にじっとりと背を濡らしながら問いかけると、姫殿下はどこか遠くを見るような表情で薄い笑みを浮かべた。

「わたくしとカインは、レティーナ様の実験動物ですのよ。愛憎の感情で圧縮した魔力を用いて、人族を魔族化できるかの実験をしているの。あの子もちょうどよいから私の実験に付き合わされているの。あなたはヒュガリアル様の実験動物よね?胎に種を仕込まれて、魔族を生むと聞いているけれど……違っていて?」

 どこか親しみを込めた口調で問われ、私はぎこちなく首を横に振りながら後ずさった。
 魔族を、産む?私が?
 魔族は殺さなければいけない相手だ。それを私の腹で産む?
 最近感じることのなかった頭痛を感じて、私はこめかみを押さえながら眉間を寄せた。気持ちが悪い。物をほとんど食べていない胃がむかむかするのを感じる。

「あら失言だったかしら。……つい、あなたときちんとお話が出来ることが嬉しくて、口を滑らせてしまったわ。わたくしたちとは違って随分愛された扱いをされているのが羨ましいだけなのよ」

 口調に若干の謝意を滲ませるものの、謝罪は口にしないのは彼女が王族だからだろう。ただ、表情だけ見ると本当に謝っているようには見えなかった。
 どこか深淵を滲ませたほの暗い瞳で、憎悪を滲ませながらじっとりと睨まれる。

「ねえ都合の良いのお人形さん。わたくしたちの邪魔しないでちょうだい。あなたのおかげでヒュガリアル様が協力してくださって計画に目途が立ったけれど、それでも簡単に勝てる相手ではないの」
「あなたは、なにをするつもりですか」

 思わず狭い執務室で大剣を構えた。切っ先を姫殿下の顎下に付きつける。相手は王族の姫だ。本来なら私が守るべき相手でもあるはず。害することはよくない。それでも。何かが変だった。

「いやね、『跪きなさい』」
「っぐ!?」

 ずんっと身体に重力が圧し掛かった。ミシミシと鎧や骨が軋むのを感じて、堪らずその場に膝を付く。

「知っているのではなくて?……ふふ、わたくし耳は良いのよ。王都でクーデターがあるのでしょう?」

 切っ先を避けて近づいてきた女性が身を屈めて私の耳元で囁く。

「それは今から始まるわ。
「はっ?」
「現王家討伐。旗頭はわたくしよ。……なんてね、コンラーディン王国を実支配しているゲオルグ・ジオラ・ギルファウスを殺害できれば上々。それが無理でも実支配権をヒュガリアル様とレティーナ様に移せればベター。それも失敗したら……こんな国滅ぼしてしまうのが最低条件ね」
「っき、さまぁっ!」

 誰のことを口にしているのかいまいちわからなかったが、国を滅ぼすという言葉に、魔力の層を跳ねのけて私は大剣を振るった。
 だが分厚い鉄の塊は彼女に届くことはなかった。代わりにぶち当たった壁が吹き飛び大きな音を立てる。浮遊魔法を使って難なく庭に降り立って見せたマリアベリルは、わずかに眉根を寄せて頬に手を当てた。

「リンデンベルガーはだれも皆、こちらの意図通りに動いてもらえないのだけど……クンツ・リンデンベルガーに関しては、あなたに一任してよろしかったのかしら?」

 マリアベリルが振り返った先には、げっそりとした表情の私の専属奴隷ユストゥスが立っていた。


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