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王都防衛編
114.目に見えた愛し方
しおりを挟むはっ、はっ、と獣らしく呼吸を弾ませ、だらりと舌を伸ばした狼が鼻にしわを寄せて唸る。目つきの悪さといい、剛毛もあり柔らかな内側の毛並みも何もかも、ジュストに見えるのに、目の前の猛獣はユストゥスだという。立派な胸毛に顔を埋めたい欲望に駆られるが、済んでのところで留まった。
この身体の反応も何もかも、私のものではない。忌々しいものだ。いなくなってしまった私に返すことは出来ないが、だからと言って私が前の私の立場に素知らぬ顔で収まる気など、微塵もなかった。
「こんなわがままでうるさい私とは、決別できるのだからよかろう。だから退け」
「決別?誰がそんなことしたいって言った?あ?お前そういう突っ走るところあるよな。退くか。絶対放すかよ」
「うるさい。エリーアス様、狼を退けてくれ。邪魔だ」
「痴話喧嘩?」
疲れ切った表情で尋ねてくるエリーアス様に、私は首を横に振る。ほらみろ!エリーアス様までご迷惑をおかけしているではないか!このばか狼め!
「ただの調整で、実家に帰るだけだ。それをユストゥスが急にこんなもふもふに化けて!」
「お前がさようならとか言うからだろ!俺だってこんなことになるとは思ってなかったわ!」
「はいはいストップ~!ひとまず部屋は、エリーアスくんに修理してもらうから、みんなでリビング行こうっか~」
ぽんぽん、とユストゥスの巨体を撫でたバルタザールは、そう切り替えるように声をかける。睨みあっていた私たちは顔を逸らしながら仕方なくその指示に従った。
リビングに向かう道すがら、ユストゥスは騎士や奴隷たちの注目の的だった。
「うわ、ほんともふもふだ……」
「しかしなんでまた急に獣化したんだ?」
「それより、元に戻るのかを心配した方が良くありませんか?」
<ほんっとユストゥスは、いろいろあるよなあ>
<獣人から人化そして獣化か。極端だな>
興味深く取り囲まれているユストゥスを横目に、私は自分自身に洗浄魔法を掛けながら、先頭を行くバルタザールに並ぶ。
おじさまが、ベッカーが走り寄ってくると、ぺたぺたと私の身体に傷がないか、撫で回して探していた。ないことがわかると、そっと離れてユストゥスのそばに向かい。なにやら手話で訴えている。そこから視線を剥がして、私は口を開いた。
「バルタザール、実家に一度帰省したい。外出届けを出してもらえるか?なるべく早いと助かる。同伴が必要なら、ユストゥス以外なら誰でもよいので頼む」
「えっ。……もしかして、今回の騒ぎってそれが原因?」
「知らん。あの狼が勝手に切れたのだ」
むすっと腹立たしさを隠さずに告げると、バルタザールは少し悩みながら眼鏡をはずし、そして拭いてからもう一度眼鏡を掛けた。
「とりあえず、話を聞いてからにしよう。ね」
「む……」
つくづく余計なことをしてくれる男だ。じろりとユストゥスを睨みつけると、すでに私を見ていたらしい獣と目が合う。ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らせば、私とその狼に視線が集中するのがわかった。
「クンツ、お前ユストゥスにもエリーアスにも、手間かけさせんのやめてやれよ。今は大人しくしておけって言われただろ」
リビングについたところで、ライマー先輩が少し眉尻を下げたまま、私にそう遠慮がちに苦言を口にした。ぐっと拳を握り、奥歯を噛み締める。視線を向ければ、皆が困ったような表情を向けていた。
人の役に立つべきなのに、迷惑をかけている。そう思うと、目の前が暗くなるようだった。言うべき言葉が見つからず、私は視線を足元に落とす。
「クンツ?おーい……」
どこか戸惑った様子で顔を覗き込んでくるライマー先輩から視線をはずし、目元を指先で擦る。私の目に涙があることに気づいたライマー先輩は、ぎょっとして後ずさった。
「ごめ、あの、クンツ、わかってくれたらいいんだよ。別に俺たちはお前が憎くて言ってるわけじゃないんだし」
「ほらクンツ、こっちにおいでよ。少し座って落ちつこ?」
さっと私とライマー先輩との間に入ってきたのはジギー先輩だった。私が最近迷惑をかけた人の一人だ。顔を見て涙ぐむとひゅっと息を飲みながらも、まるで繊細な令嬢でも相手にしているかのように、大きな体躯の私をエスコートして、リビングの端にある椅子へと座らせる。
「そうですよ。そうだ、僕、カモミールティを入れてきます」
ことさら明るい声を張り上げて、クリス先輩が足早にリビングを出ていった。視線の端で「泣かせちまった……」と肩を落としているライマー先輩を、アンドレ先輩が慰められているのが見える。
逆側では、こちらに来ようとするユストゥスを何人かの奴隷で抑え込んでいるのが見えた。おじさまなど、遠慮なくユストゥスの横腹に蹴りを入れている。
「ちょっと、なにがあったの?」
「ディー先輩……」
青白い顔で、イェオリに腰を支えられながら姿を現したディー先輩を見て、申し訳なさに私はぐっと身体を縮こませた。
クリス先輩に入れてもらったカモミールティーを飲みつつ、隣に座ったディー先輩に肩を撫でられていると、ほどなくして部屋の修復を終えたのか、エリーアス様がマインラートと伴ってリビングに現れた。バルタザールに何か指示を出すと、頷いてリビングを出ていく彼を見送り、伏せの状態で待っていたユストゥスに近づく。
「ユストゥス、手見せて。……魔具はないけど、指が修復されてるね」
全員に見えるように手にした物を持ち上げる。それはユストゥスが付けていた、切り落とされた中指の代わりの義指だった。吹き飛んだ私の部屋から見つけてきたのだろう。
「あー……首になんかついてる気がする」
「……」
眉間のしわが深くなったエリーアス様は、ユストゥスの首に抱き着くようにして触れ、もこもこの胸毛から何かを探り出している。見つけたのか、エリーアスは狼の巨体から離れた。
「薄々感づいてたけど、その姿、魔具の影響だね。4つ付いているうちの一つの石が光ってる。……欠損すら治癒するとはね。頭痛い」
欠損の治癒。その事実に全員が声なくどよめいた。そこまでの高位治癒は、神官でもそうそうできるものではない。おそらくエリーアス様もやろうと思えばできるだろうが、その場合に費やす魔力の量は桁違いだ。
「エリーアスもカモミールティー飲みますか?」
「もらうよ、ありがとうクリス」
近くの椅子にどかりと座ったエリーアス様に、クリス先輩は手ずから注いで差し出す。カップを手に持ち、物憂げな表情でもう片方の手でマインラートの腰を抱き寄せると、改めて私とユストゥスに視線を向けた。
「それで、何がどうしたの」
「ユストゥスが急に狼になった」
「クンツに別れを切り出されて、止めなきゃって思ったら狼になってた」
「なるほど……ユストゥス、元に戻れないかな?今すぐ指切り取って本部に持っていきたい。反逆の意思はないことを示したい」
こともなげに告げられて、私はのろのろとユストゥスを見やる。ユストゥスはふぁさりと尾を振ると、首を横に振った。耳がぺたりと垂れている。
「悪い。どうやったら戻れるかわからん」
「そう……。魔具が反応したきっかけは何だったの?別れを切り出したってどういうこと?」
「私が実家に帰ると言ったのだ。そこで調整してもらう。感情の起伏が抑えられるから、大人しくなる。ユストゥスにも、何の感情も向けることはなくなるから、さようならだと言った」
私は立ち上がると、飲み干したティーカップを椅子の上に置いた。覚悟を決めて進み出る。肩を撫でてくれていたディー先輩のぬくもりが離れて少し心が寒く感じた。だが、自業自得だ。
「エリーアス様、日帰りする許可が欲しい。今の私は感情の起伏が大きすぎる。これではリンデンベルガーの騎士として失格だ」
「却下」
エリーアス様が、ふーっと両手で顔を覆いながら呟くように答える。彼の丸めた背中を、寄り添うマインラートが撫でた。
「なぜ。上官命令もきちんと聞くようになる。使い勝手が良くなるのだ。悪くない話だ」
「却下って言っているでしょ」
「今の私は、あなた方と一緒に過ごしたクンツ・リンデンベルガーとは違う。話の合わない私など不要ではないか」
その場の空気が凍った。卑屈になっている自覚はある。ああもう。ゆっくりと顔を上げたエリーアス様の碧眼に射竦められて、私は無意識に頭を振った。
「別に、困らせたいわけではない。ただ、もう、迷惑をかける自分自身が、いやなだけだ」
どうにか肺の酸素を吐き出しきるように吐露すると、ずんずんと歩み寄ってきた金の獅子が目の前に立った。私より大きなおじさまを見上げる。涙もろいおじさまは、すでに滂沱の涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
<嬢ちゃんは、俺を捨てるのか>
「捨て……私は、あなたの知っているクンツ・リンデンベルガーではないし、ただ大人しくなるだけで、別に捨てるわけでは」
<嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。俺には大事な子熊の嬢ちゃんなんだよ。それに嬢ちゃんが感情捨てるってことは、俺を捨てるってことと同じだ。なあユストゥスが気に食わねえなら、俺が毛を全部引っこ抜いてやるから、捨てないでくれ>
ベッカーは片膝をつくと、見上げながら丁寧な手話で私に訴えてきた。
「おっ俺もごめんんんんっ!まさかクンツが、そんなに気にしてるなんて、思ってなくてっ!!お前のわがままは俺らで止めてやるから、行かないでくれ!」
がばりと私の腰に抱きついてきたのはライマー先輩だった。それに呼応したように、おじさまにも前から抱き着かれる。離すまいときつく腕を回されて、私は戸惑った。
「エリっ……」
<エリーがどれほどあなたに心を砕いているか、ユストゥスがどれほどあなたを愛しているのか、どうしてそれがわからないのですか>
助けを求めようとエリーアス様に視線を向ければ、それを遮るように迫ってきていたマインラートが、普段よりも感情の乗った手話を向けてくる。
<正直に言いましょう。私は貴方が嫌いです。わがままばかりで憎たらしい>
「きらいなら、わたひのこちょはっ」
痛い。思いっきり頬を両手でつねられた。手話より私の顔を摘まむことを優先したマインラートは、私に何かを怒鳴っているようだが、消音魔法でそれは少しも聞こえない。引っ張られる頬が痛い。
のそりと立ち上がったユストゥスが、軽く足音を立てて近づいてきた。ぺろりと目の前でマインラートの頬を舐めて、その場に腰を下ろす。ふぁさふぁさと尾を揺らしているだけで、助けてくれる気配がない。立ち上がったエリーアス様が目を細めてユストゥスの隣に立ち、その背を軽く撫でる。
「いや、これは、結構ダメージ来たね。よもやこんなに守ろうとしているクンツ自ら、壊れに行こうとするなんて。ユストゥスはどう?」
「俺はいっつも可愛い幼な妻に振り回されっぱなしだ。愛してるから許せねえけど、愛してるから許しちまうんだよな」
「これはどれだけ僕たちが、クンツのことを愛してるか身体に覚え込まさないと駄目かなあ」
ふふふ、と笑うエリーアス様にユストゥスはへなりと耳を垂れさせた。
「今の俺の精液って大丈夫だと思うか?」
「大丈夫じゃないかな。人化したときだって、精液に魔力は篭ってなかったし。無駄打ちするかもしれないけど、試しに一回出しておく?」
「頼む」
「ふふ、ユストゥスが戻るまでは獣姦が楽しめるのか、いいかあクンツは。さてじゃあクンツ今のままでいいって納得できるよう、みんなで可愛がってあげようか」
言うが早いか、エリーアス様が服を脱ぎ始めて、私はぎょっとした。
「みんなでって……俺たちもか?」
「別に挿入しなきゃいいわけだし。ペッティングぐらいなら問題はないよ。クンツにキスしたい人はベッド上がって」
アンドレ先輩の戸惑いにそう答えたエリーアス様は、さっさとリビングにある円形のベッドに上がってしまう。それからこちらを振り返った。私を含め一部は動揺があるが、そんな中で次に動いたのはクリス先輩だった。
淡々と服を脱いで畳むと一糸まとわぬ姿でベッドに上がる。執着心の一番強い奴隷のエイデンを、クリス先輩は一撫でして何かささやくことで封じ込めていた。わなわなと肩を震わせているが、邪魔する気配はない。
「クンツと一緒にお茶会出来ないのは嫌ですから」
「俺も、もっどクンツと訓練じたいじ、一緒にしゅつげきじたい~」
泣いたままのライマー先輩が私から離れて続く。こちらは適当に脱ぎ散らかしていて、ライマー先輩の専属奴隷のジルケが拾っていた。その様子を伺っていたジギー先輩が、くるくると髪の毛を弄りながら進み出る。
「うーん……ま、俺もかわいい後輩がいなくなるのは嫌かな」
「ジギーもかよ。……はいはい俺も参加する」
軽くため息をついて頭を掻いたアンドレ先輩も、勢いよく服を脱ぎ捨てた。それぞれの奴隷たちは面白そうに見守る姿勢を見せる。ユストゥスはベッドの端に陣取って伏せをした。他の奴隷とは一線を画し、参加するつもりではあるが、最初は他の騎士に任せるつもりらしい。
「僕も参加するっ」
<ディーは無理だろう。やめておいた方がいい>
「放せイェオリ!」
ディー先輩の体調を心配したイェオリが抱き上げて阻止しようとするが、それにエリーアス様が笑った。
「無理がない程度なら、いいんじゃないかな?元々クンツの体液飲ませるって話だったわけだし」
ぱっとディー先輩の表情が明るくなる。苦々しい表情のイェオリは何か言いたげだったが、服を着せたまま、ベッドにディー先輩を下ろした。私の頬を散々つねっていたマインラートは、ふんと顔を逸らすと、自分は関係ないと言いたげに部屋を出ていった。それをエリーアス様が苦笑しながら見送る。
「ベッカー、クンツをこっちに連れて来て。後は部屋を出てていいから」
<……いや、俺も部屋に残る>
「おじさまっ?!」
今まで頑として、私の性行為を見ることのなかったおじさまが鼻を啜りながら、そんな宣言をした。手話を見間違えたかと動揺する私を抱き上げると、そのまま迷いなくベッドまで運んで下ろす。そしてそのまま後ろから羽交い絞めにされた。
6人の視線を向けられて、私は息を飲む。冗談だろう、と言える雰囲気ではない。
「さて、覚悟してねクンツ」
その言葉が、合図となった。
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