きもちいいあな

松田カエン

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王都防衛編

108.エッ、ナンデ???

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 ぎゅっと私の胸倉を掴み、今までにない強さの眼差しを向けられて、私はむっと睨み返した。
「なぜだ!あれがいい!試してみるぐらい構わないだろうが!」
 私の訴えに、ユストゥスの表情が崩れた。まるで私を叱りつけるかのようだったのに、眉間にしわが寄り、眉根が下がり、悔しそうに唇を噛み締める。湖面に輝く光を浮かべた瞳に、一瞬見惚れてしまった。

 泣く。

 そう思った瞬間、もう一度ぐうっと口づけをされていた。ぽたぽたと頬が濡れる感触がある。泣かせた。私が。それに不思議とずきんと頭が痛んだ。
 口づけは先ほどのようにこちらを飲みこもうとする強いものではなく、柔らかく優しかった。私も強張っていた身体から力が抜ける。無理やりに抑え込まれるわけではなく、甘く蕩けさせられていく。

「ん、ふ、ぅ……」

 男の頬を両手で包み、涙を拭ってやりながらちゅっと口づけを返した。と、ゆっくりと男の舌が抜けていく。絡んでいた舌が離れていくのが物足りなくて、追いかけて唇を重ねた。
 ……、……。ユストゥスが、こんなに嫌がるのなら、また今度にしようか。次はユストゥスを連れてこなければいい。たぶん、カタログに載っていた狼獣人は、私の狼とは違うのはわかる。だって、あの憎たらしい手紙に書かれていた特徴と、全然合わない。でも、もしかしたら私の狼のことを知っているかもしれない。

 あの手紙には、すぐにわかると書いてあったのに、私のそばに、狼は、いない。

 私の狼のことは、寮の皆にも聞いた。すると皆が揃って、ユストゥスのことだという。でもユストゥスは獣人ではないし、その理由を聞けば、魔族に呪われたせいだという。呪いのアイテムで、人間になるなど聞いたことがない。基本的に呪いの品は装具だが、ユストゥスは何もつけていない。しいて言えば魔具の義指だが、ただ他の指と揃って動く機能があるだけのそれが、呪いのアイテムだとは思えなかった。
 他の誰かに聞いても、ユストゥスには、お前は私の狼なのか、と聞いたことはない。肯定されても否定されても、どちらの答えも正解に思えなかった。

 なに一つ覚えていないのに、外見すら違っていたら、何を根拠に見極めればいいのだろう。少なくとも私の身体は、違うと訴えている。

「……」

 気分が下がってしまった。絶対そばにいると書いてあったのにいないし、ユストゥスには泣かれるし、ジギー先輩は1人で部屋に入ってしまうし、おまんこは出来ないし。
 いや、おまんこはできるぞ。ユストゥスがいる。私はそれを思い出して、ちろりと視線を向けた。ユストゥスは、濡れた目元をぐいっと服の袖で拭っている。きらきら、変わった色の瞳をしている。それをじっと見つめていると、不意に伏せられてしまった。
 ぽん、とカタログを胸に押し付けられる。そのまま離れようとするので、私は腕に力を込めて男の首にぶら下がった。

<離れろ。……ほら好きな男娼を呼べ。俺は……風呂でも入ってくるから>
 胸元で手が動く。近すぎて少し見えにくい。
「ユストゥス。ここにはジュストはいないな」
<……はあ?>
「ジュストはいないのだ。お前が落ち込んでいても、私は貸せないな?」
 いったい何を言い出すのだ、とその瞳が雄弁に語っている。
「だから、私がジュストの代わりになってやろう。だからほら、元気を出せ」

 カタログはさりげなくベッドの端に追いやってぐいっと抱きつく。胸元は乱されたままで、男の胸板に私の胸がむにいとぶつかった。私の方が肉付きが良いせいで、若干……そう若干だ。谷間が寄っているのが自分でも見える。
 その谷間をじっと見下ろしていた瞳が上を向いた。先ほどとは違う色合いが見える。顎を手に取られ、下唇を親指の腹で潰された。開いた唇に吐息がかかり、私はさらに身体を密着させて口付けを受ける。
 歯列を割り、舌を絡ませ、唇を味わう。
 ほかの奴隷とも口付けはするが、この男とするキスは、この私がそれだけでいいかと思うほどに、少しだけ特別だった。首に腕を絡ませ、うっとりとキスに溺れる。ユストゥスは、言動は腹が立つことも多いのだが、どこか憎めない。不思議だ。
 いない狼のことなど、もう忘れても良いのではないかと思う。なのに無意識に探してしまう。今だってユストゥスに嫌がられたのに強請った。ああ、でも、おまんこするのに他のことを考えるのは不誠実だったな。
 意識しながら性交に集中しようとした時だった。

「ユストゥス?」
 目の前の男は、股間を滾らせているにも関わらず、私から身体を離した。
<寮で、部屋でやろう。……ここは人の気配がするから落ち着かない>
「人?」
<見てるんだよ、肌がぴりぴりする感じしないか?普通だったらお前が、あのはぐれ狼がいいって言った時点で呼ばれてるはずだ。見てるからな>
「そういうものなのか。……やけに詳しいな」

 奴隷であるこいつが1人で来ることなどないはずだが、言外に何度も訪れているような口振りにジワリとなにか心にもやのような物がかかるのがわかった。私が機嫌を損ねたことに気づいたのだろう、ユストゥスはちゅっとこめかみに口づけを落とし、腕を引く。

<寮に戻ろう>
「だが、せっかくここまで来たのだ。私は他の人の性交を見て参考にしたい。見れるか」
<それは俺とおまんこするより優先することか?>
「おまんこはいつでもできるが、寮では誰も見せてくれないからな」

 私が言葉を重ねても、ユストゥスは眉間にしわを寄せたままだった。やけに帰りたがる。私は、見つけた白い狼のおちんぽが食べられないのなら、元々の目的を果たしたい。そう渋ると、ユストゥスはもう一度カタログを手にした。

<娼婦同士を遊ばせて見ることもできるぞ>

 開いて、複数人を指差す。が。頑なに白い狼の動写真が載った最後のページは、指で押さえて開こうとしなかった。その態度でぴんと来る。こいつ、まだ私が白い狼に未練があると思っているのだ。
 その独占欲が、さきほどのもやを取り払ってくれた。ふふふ。私の専属奴隷はお前だというのに、そんなに狼のことが気になるのか。そこまで言うなら、こっそりと来ることもやめておいてやろう。私は出来た主なのだからな!
 気分を変えて、ユストゥスにお勧めされた動写真を眺めるが、どれも皆、線が細くていまいち気が乗らない。中性的過ぎるのだ。私が相手にせずに、娼婦を絡ませるだけならいいのかもしれないが、目を伏せずに見ることができるか自信がなかった。

 思えばユストゥスを筆頭に、寮に居る奴隷たちはだいたい、悪くない男らしい身体付きをしていた。ディー先輩の専属奴隷のイェオリも、平凡な顔立ちながら年齢の割に身体は引き締まっていたし、唯一マインラートが少し線が細めだが、しっかりと筋肉が乗っていた。そういう意味では、ディー先輩にしろ、クリス先輩にしろ、魔力行使が主な騎士の方が線は細いかもしれない。

「うーん……やはり他の人の性交を覗きに行こう」
<は?>

 しばらく悩んだが、それがいい気がしてきた。ユストゥスに乱された服装を正し、一部ボタンが飛んで胸元が開いたままなのを残念に思いながら、私はいそいそとベッドを下りた。

「じゃ、見てくる」
<お前な、ジギーが入った部屋とそのあとに入ったこの部屋が、切り替わったの体験したじゃねえか。ここは同じ建物内なら、どの扉でも自由に繋げるようになってるけど、その魔力行使をしている奴の意思がなければ、別の部屋に入ることなんてできないって……おい!聞け!>

 ユストゥスが何やら手話で訴えているのは気付いていたが、その頃には私は靴を履いてベッドから遠ざかり、ドアに手をかけていた。よほど問題ある行為なら、もっときちんと止めるだろうと油断していたこともある。そして同じ油断は、ユストゥスもしていたのだろう。どうせどこにも行けないと。

<クンツ、今出ても出口に案内されるだけだ……?>

 急いでついてきたユストゥスが視界に入るのを理解しつつ、私はドアを押し開くと同時に足を一歩踏み出した。案内されたときに歩いた廊下に出るだろうと思っていたのに、踏み出した先は、私が通された部屋より狭い小部屋に繋がっていて、ぱちりと瞬きをする。
 不思議なのはその部屋にはベッドはなく、壁側に椅子が2脚ほど置かれているのみだった。こういった部屋は、私が騎士として戦場に出る前に習った記憶がある。要人がいる部屋の隣で、騎士や従者が控えるための小部屋だ。
 その証拠に、中には物々しい鎧を身に着けた男が2人ほど立っていた。その鎧は鈍い白銀。そしてその鎧に刻まれた紋章を理解するよりも、その光景を凝視してしまった。立っていた2人の立ち位置が、習ったものとは少し変わっていたせいもある。
 通常椅子に座るか、壁に立ち控えているものだと学んだが、棒立ちになった片方に、もう片方が首を軽く曲げて口付けをしていた。

 これは、声を出してはいけないタイミング……!

 私は咄嗟にユストゥスの口を手で塞いだ。こいつが消音魔法で声を発せないとかそういう問題じゃなく、口は塞いでおくものだと思ったのだ。

「なあ、少し口を開けよ」

 思いの外、渋い声で誘う。オールバックに薄緑色の髪を上げつつ無精ひげが目立つ、40代と思しき男が、にやりと笑って相手の頬を撫でた。向かい側に立っているのは…………あ、こいつは、知っている。
 確か年は、私より18歳は上だから、今年で37歳になるはずだ。奥二重で眠たげな温度を感じさせない瞳は、茶色より金に近い。重めのこげ茶色の癖毛はオイルか何かで撫でつけていて、そちらも髪をオールバックに上げていた。真向かいに立った男よりもこちらに視線を向けてくる。私と目が合って、少しだけ目を見開いた。だが反応があったのはそのぐらいだった。

「オズバルド、侵入者だ。切っていいか」
「はぁっ?」
 言うが早いか、その帯刀した剣を引き抜き、無精ひげの男を押しやるとこちらに切っ先を向けてくる。
「任務だ、死ね」

 ああそれならば分が悪い。私事で遊びに来ている私より、よりいっそう大義名分が立つ。殺意など感じなかった。まっすぐ私の命を取りに来た剣先をただ黙って眺めていると、黒髪が視線の大半を覆う。私と剣先に割って入ったのはユストゥスだった。それを見た途端、私は握ったままだったドアノブを引いた。
 剣がドアの上部をまるで柔らかなものを切るかのように、私の頭一つ分程度切り込む。途端にバチン、と何か弾ける音がした。すると景色が一新し、ドアの外は変哲もない廊下に変わっていた。先ほどまで部屋や屋敷から感じていた、誰かの魔力も消え失せている。

「いったい何が」
「魔法が消えてる……?」
「おい、なにがあった!」

 そっと廊下を覗けば、両脇に並んだドアから数人が顔を出しているのが見えた。摩訶不思議だった屋敷は、普通の屋敷に切り替わってしまったようで、数人の従業員らしきお仕着せを着た者たちが飛び出してきている。ぽかんと眺めている私の前で、ユストゥスが私の手の上に手を重ねて、ドアを閉めた。
 魔法がなくとも防音はしっかり効いているのか、ドアを閉じると廊下の物音はほぼ聞こえなくなった。
 熱い手が、痛いぐらいに私の手ごとドアノブを握っている。横顔を見上げると、目を見開いたまま、ユストゥスはもう片方の手で口元を抑えて何か思案していた。その横顔は明かりを背にしているせいで見えにくいが、青ざめているようにも見える。

「ユストゥス、手が痛い」

 私の訴えに、ゆっくりと放してくれたが、表情は晴れなかった。戸惑いがちに私に向かって手を動かす。

<お前、今、鎧見たか?>
「見たぞ。あれは騎士であれば、だれもが一度は憧れるものだ」

 いいものを見た。あれはなかなかお目に掛かれない鎧だ。私が気分を浮上させているのとは裏腹に、ユストゥスは自分のこめかみを指で押さえた。

<くっそ……忘れろ。いいか、お前は何も見なかった。俺と一緒にベッドでいちゃいちゃしてた。それでいいな?>
 何か焦っているようだが、どうしてユストゥスがそんなことを気にするのかわからない。少し悩んだが、私は口を開く。
「目が合ったのだが、大丈夫だろうか」
 ひゅっとユストゥスは喉を鳴らした。大きく息を吐いて、ゆらりと頭を振る。少し頭痛を感じているかのような素振りを見せていた。

<……寮に帰るぞ。エリーアスに相談しねえと>
「はっ?私はまだ何もしてないぞ?来ただけだ」
<お前なー……鎧わかってるんなら、相手が誰かもわかってるだろ?>
 元々若干粗野な手話がさらに乱れる。私はその手を睥睨し、ふんす、と鼻を鳴らした。貴族としても、一王国民としても、知っておかねばならない至高の存在の一つだ。わからない筈がない。

「無論知っているぞ。王国近衛兵だろう。ふふふ、近衛兵もこういう場所に来るのだな。……なんだ、どうした?具合でも悪いのか?」
 私の言葉にユストゥスは頭を抱えた。
<クンツ、あのな。普通はな?鎧を着けたまま、娼館になんて来ないんだ。もし来たいと思っても、ジギーやクンツみたいに私服に着替えるもんだ。仕事以外で仕事着着るなんて、普通あんましねえんだよ。な?>
「うん?だからどうした」
<つまりあいつらは、武装までして何らかの任務でここにいる。近衛兵が武装して、何を守るか、わかるか>
「あまり私をばかにするなよユストゥス。近衛兵が守る者など決まっているだろう。王族だ」

 我らが道しるべ。王国民なら敬い、頭を垂れて忠誠を誓う尊い血筋の絶対的存在だ。私が自信満々に答えると、ユストゥスの頭痛はさらに激しさを増したようだった。眉間にものすごく皺が寄っている。

<あーもーこんなときでもお嫁様はすっごくかわいいな。俺が絶対守ってやるからな>
 ぎゅっと抱き締めてきたユストゥスは、ちゅっと私の額に口づけを落とす。
「私はお前よりも強いぞ。いったい何から守るというのだ」
<王族からだよ、下手すりゃ反逆者と見なされるからな>
「……はっ?エッ、なぜ」

 ドアを開けたら、向こうがその場にいただけだ。なぜ私たちが、反逆者と見なされなければならないのだ?私の動揺に、ユストゥスはだいぶ生暖かい視線を向けてくる。

<なんで、お前と俺は、こういう貧乏くじ引くんだろうな……?>
「待て、どうしてそうなるのだ。ちゃんと説明しろユストゥス!」

 胸元を掴んでぐらぐらとユストゥスを揺するが、引きつった笑みを浮かべた男は、普段よりも反応が鈍いままだった。


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