きもちいいあな

松田カエン

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群青騎士団入団編

6.新しい奴隷と衝撃的事実

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 マインラートの手がよどみなくキレイに動く。その動作はユストゥスのものとは違い、動静がしっかりしていた。彼が一言一言丁寧に言葉を発しているのがよく分かる。最後にそのほっそりとした指先でぴっとエリーアス様を指差すと胸に右手を当てて、彼はゆっくりと頭を下げた。

 エリーアス様は少し悪戯がバレた子供のように視線を彷徨わせたあと、「マインラートには敵わないね。……ごめん、悪巫山戯が過ぎた」と、珍しいことに謝ってみせた。私が騎士団に加入してから初めてみた。この人でも謝ることがあるのか、とやや驚いていると、ユストゥスの方が信じられないという表情を浮かべている。本当に珍事らしい。

「さ、担当官を待たせているから急ごうか」

 誰のせいだと思ってるんだ、と言いたい私の視線は今回もあっさりと無視されて、私達は取引所の建物に入った。博物館、といった風情の石造りで、そこかしこにセキュリティーと思しき魔法陣が刻まれている。もっとも、魔力で刻まれているので、魔力のない人間には見えないだろう。
 王宮に比べて遜色ないその魔法陣の数に、私は興味深く周辺を見回す。ホールは思ったよりも普通に人が歩いていて、少し不思議な気がした。

 入ってすぐのカウンターで受付を済ませると、制服に身を包んだ職員らしき女性が現れた。赤目黒髪の、目鼻立ちがはっきりした美人で、メリハリがきいたボディが圧巻である。彼女はきびきびと頭を下げると、人好きのする笑みを浮かべた。

「お久しぶりですエリーアス様。さ、どうぞこちらへ」

 視線が私やユストゥスにもさり気なく向けられる。……若干、本当に違和感を感じるか感じないかといった些細な時間、マインラートに留まる視線が長かった。
 エリーアス様がマインラートが詳しいと言っていたこともあるし、もしかしたら彼は、ここから騎士団に買われた奴隷だったのかもしれない。

 ようやく私の奴隷に会えるのかと思ってわくわくしながら着いていくと、通されたのは華美すぎない応接室だった。平民から見たら上等な部類に入るだろう。腰を下ろしたのはエリーアス様と私だけで、ユストゥスとマインラートは椅子の背面に立っている。向かい側には赤目の女性が腰掛けた。
 しずしずと入ってきたメイドたちが、私達の前に紅茶を並べていく。テーブルに3人分の茶器を揃えると、1人だけを残して退出していくのをそわそわと見送る。

「こちらが今、ご提示出来る商品です」

 差し出されたのは、プロフィールが書かれた用紙の束だった。年齢身長体重や、出身地に特技など事細かに記載されている。手のひら大の胸上の魔写画も添付されていた。その束を、エリーアス様はぱらぱらと捲って眺めている。行儀が悪いことはわかっていたが、私は隣からそっとその手元を盗み見た。

 ちらっと目にした文章に、身体の各部のサイズに紛れて陰茎サイズや膨張率などという、普段お目にかからない項目が書かれていて、否が応でも期待が高まる。
 それなのに、読んでいるのかわからない速度で用紙を捲っていたエリーアス様は、その書類を閉じて、手を差し出している私ではなく、私の背後に立っていたユストゥスに渡してしまった。

 ……エッ。

「エリーアス様のご活躍は当方も聞き及んでおります。ヴェーゲナー山脈防衛戦では、魔族を1人、仕留められたとか」
「まあ、運良く私の前に飛び出て、剣に突き刺さってくれた、というところかな」
「あらそんなご謙遜なさらずとも」
「いやこれは本当の話だよ」
 あははうふふと、まるで茶会のように紅茶を手にして、2人で歓談を始めてしまった。

 あの、その……私もプロフィールを見たいのだが!おちんぽのサイズに膨張率!!

 2人の話を表面上穏やかに聞いている振りをして、私は心のなかで地団駄を踏む。ただ茶会のルールとして、エリーアス様より身分が下である私が、2人の話を遮ってまで声を出すのは躊躇われた。
 5分程度の他愛もない会話が続き、自然な成り行きでエリーアス様が喉を潤すために紅茶に口をつける。

 ここしかない!

「あの、」
「ああ、決まったかい?」
 まるで私の言葉を遮るようなタイミングで、私とエリーアス様の間に、背後から一枚の紙を持つ手が差し出された。それにエリーアス様は緩やかにカップをソーサーに戻し、用紙を受け取る。

 ……アッ、今奪えば良かった。
 そうすれば少なくとも、ユストゥスが選んだ候補の、おちんぽサイズは分かったのに!
 そう思っても後の祭りである。奴隷買い付けなど行ったことがない私には不利な状況で、どう振る舞えばいいかわからない。
 エリーアス様からはほぼ素通りで、目の前の女性に書類が返された。書類に目を通した女性は、そばにしゃがみ込んだメイドにそれを手渡す。

「この場に商品をお持ちして頂戴」
「はい、お嬢様」

 うやうやしく書類を受け取ったメイドは、すぐには部屋を出ず、ユストゥスから残りの書類を回収してから退室していった。

 わ、私、何も見せてもらってない……。

 さっきも期待しては裏切られていたというのに、私は本当に単純すぎる……。自己嫌悪に陥るほどではないが、もう少しどうにかならなかったものか、と膝の上でぎゅっと拳を握った。未練がましくメイドが出ていったドアを眺めていると、「ん、んん」とエリーアス様が喉を鳴らした。
 恨みがましい眼差しになったと自覚しつつ、エリーアス様を見やると、彼は優しげな笑みを浮かべて軽く頷く。まるで安心しろと言わんばかりだが、何についてどう反応しろというのだ。もうそんな顔にはごまかされないからな。

 当てつけにアルカイックスマイルを浮かべ、そのまま紅茶を口に運ぶ。適温であればもっと美味しかっただろう紅茶は、紛れもない高級品で、少しだけ私の心を慰めてくれた。
 向かい側の女性が、いいの?という問いかけを含んで、エリーアス様と目で会話をしている。普通に喋って構わないのに。どうせ私などエリーアス様のおまけなのだ。
 すっかりへそを曲げてしまった私は、自分が原因でこの場に微妙な空気が広がっていることを自覚しつつも、あえて何も口に出さなかった。そうしているうちに、部屋のドアがノックされ、「失礼します」と先程のメイドが戻ってくる。その背後から入ってくる人影に、私の目は釘付けになった。

 形の良い額が露わになった、根本は茶色、そして毛先に向かって焦げ茶へグラデーションがかった髪。……いや、たてがみと言ってもいいかもしれない。頭上部についた丸い耳。こちらを睥睨へいげいしてくる金の瞳。ふぁさりとうねる先っぽだけ焦げ茶の長い尾。顔は……まあ普通。無骨で精悍な顔立ちをしている。荒っぽい雰囲気は野盗か傭兵のような背景を感じさせた。
 手首が内側で交差し、密着した状態で拘束されている。服で見えないが足首にも拘束具がかかっているようで、鎖が擦れる音がする。そこにいたのは猫科の獣人だった。ユストゥスと比べたら、ややこの猫の方が体格が良いだろう。

 服装はユストゥスと同じように麻のシャツにボトムスで、だからこそ。
 ゆったり目のボトムスだからこそ、誇張ではなく平常時でもちゃんとありますよと存在を感じさせる股間から、目線を引き剥がすことに、私はとても苦労した。

 人前では、そんなに股間を、凝視しない。

 しっかりと自分に言い聞かせながら、じゃあどこを見ればよいのだ、と瞬間忘れてしまう。目を合わせるのは良くないとされているので首元を見よ、ということを思い出すのに少し時間を要した。

「……ユストゥス?」
 聞き慣れない低い声が、見知った名を呼ぶ。発信源は今入ってきたばかりの獣人である。訝しげにこちらを見、やがて威嚇を現すようにやけに尖った歯を見せた。
「お前こんなところで何やってん……っ」
 バチッとなにか叩かれたような音が部屋に響く。手首の拘束具に、魔法陣が浮かび上がっている。目を凝らせば電撃が付与されているのがわかった。勝手に口を開いた獣人に、処罰が与えられたのだ。

「なんだ、知り合いだったのか」
 エリーアス様は軽く身を捩って問いかける。私もつられて振り返ると、ふわふわのしっぽが機嫌よく揺れていた。ユストゥスはにいっと笑みを浮かべて頷いている。

「お前、俺たちがっ、どんだけ苦労した、っと思って……」
 獣人が言いよどむタイミングでバチッ、バチッと音がする。電撃を食らっているにも関わらず、よくまあ口が開けるものだ。全身に怒気を孕んでいるのがうかがい知れるが、こちらに向かってこないところをみると、足の拘束具には身動きを封じるタイプの魔法が付与されているのだろう。この部屋の中で、獣人奴隷が勝手な口をきくことに怒り出す人間も、慌てる人間もいない。

 美女が鷹揚に口を開いた。

「ベッカーさん。積もる話の前に、今回の契約に関する勤務条件を確認してください」
 棒立ちのままの男の前にメイドが立つと、手にしていた書類を彼に見やすいように掲示した。金眼が文字を追って動いていく。真下まで降りると、眉間にしわが寄った。

「……条件が良すぎないか?これで本当に契約をするのか」
「現状は仮契約となりますね。詳細を直接雇用主から伺ってから、本契約に移ります。ただ、就業内容に特に秘匿性が高い内容を含むため、一度話を聞いてから断ることはできません。どうします?この話を受けますか?」

 今話を聞いている限りではとても良い条件らしい。良すぎて怪しい。といったところか。可否を確認するあたり、確かに通常の奴隷売買とは違うようだ。少なくとも、だいぶ意志を尊重しているように思える。
 そう思ったのは私だけではないようだった。

「あー……少し、考える時間が欲しい」
 心は揺らいでいるが、決断するには決定打がない。そんな空気を感じる。それに一石を投じたのは、今この場を支配している美女だった。

「それは認められません。今この場で、受諾か拒否を決めてください。受ければ、貴方はこのまま群青魔導騎士団所属となり、ここにいらっしゃっている騎士様方と一緒に、この建物を出ることになります。断る場合は、このまま退出いただきます」
 口調は淡々としたもので、脅しを掛けているような雰囲気ではなかった。決断を急がせる気配はないが、待つつもりもないらしい。

 あーまじか、ここで俺の13年が決まるのか、と獣人がぼやきながら天を仰ぐ。彼の逃げ道を奪うように、赤目の美女が「選ばなければ、通常査定通り21年ですね」と微笑んだ。それに対して苛立ち気味に猫科獣人の尾が揺れる。
 黙ってやり取りを見ていた私の隣で、エリーアス様がふふっと笑みを零して口を開いた。

「信頼が厚くなれば自由行動は増えるよ。現にうち所属の奴隷で条件付きだが、10日ほどの無監視行動を許可している」
「なんだと?」
 驚嘆が猫科獣人からこぼれ落ちた。奴隷に自由など、めったにない条件だ。口約束に近いが、取引所の所員を前に嘘は言わないだろう。ユストゥスが、あんな簡単に出歩いていることにも納得がいく。

「………わかった。あんたらと契約する」
 獣人は一度ぎゅっと目を閉じると、覚悟を決めたようにはっきりと言い切った。
「ではそちらの契約書に血判を押印してください」
 メイドが書類と同サイズの板に契約書を乗せて差し出す。美女が小さく言葉を紡ぐと、彼の手元に小さな赤い玉が浮かんだ。吸血呪文だ。初めて見た。

 それは任意の相手の血を、痛みもなく抽出するためのものだ。元々は魔族の一部が人族相手の戦争で、攻撃呪文として使用していた。我が国ではすでに対策がなされており、重要契約を交わすことが多い貴族がもっぱら便利に使っている。それでも危険度が高い呪文のため、呪文を行使出来るのは一部の人間に限られていた。今も呪文の文言は、認知阻害がかかって聞き取れなかった。

 契約のためとはいえ、何度も何度も指に穴を開けるのは、なかなか馬鹿げているものだしな……。
 私の若い頃はそんな呪文なかった。便利な世の中になったな……としみじみ呟いたのは私の祖父だったか。……違う貴族だったかもしれない。

 ベッカーが押印すると、その書類が急速に魔力を帯びていく。だが何事もなくその場に留まった。本来は契約が完了すると、契約書自体は自動転送で国の保管庫に保存され、ほぼ半永久的に保存される。問題が起こって契約内容の確認が必要になったときには、申請して契約書を見ることが出来るが、基本そのままだ。
 期間限定の契約の場合は、問題なく履行できた場合に最後に手元に戻ってくる。今回の契約も、無事に済めばおそらく13年後にはベッカーの手元に戻るはずだ。今はまだ仮契約状態のため、現物があるのだろう。

「エリーアス様、それでは事情説明はよろしくお願いいたします。受諾が叶った場合は、いつものとおり騎士団長様に押印をしていただいてください」
「わかった。いつもありがとうレティーナ」

 メイドから契約書を渡された美女が、立ち上がってわざわざエリーアス様のそばまで近づき、丸めた書類を差し出してくる。それを立ち上がって受け取ったエリーアス様は、引きかけた女性のその手を取り、そっと手の甲に口づけを落とした。流れるような一連の動作に感嘆してしまう。あれも上級貴族の嗜みかなにかか。

「ではクンツ、帰ろうか」
「はい」

 ほんっとうに私、何もしなかったな……。まあおちんぽが大きそうで良かった。ここまで来たら、別段もう何も希望することなどない。

 連れ立って部屋を出ていく。正面玄関には下りたとき同樣に馬車が寄せられていて、中には新たに猫科獣人ベッカーを足した形で乗り込んだ。四人乗りの馬車なので、今度は私とエリーアス様が並んで座り、向かい側にユストゥスとベッカーが座る。

 窓の外にいるだろう女性に手を振ったエリーアス様は、馬車が走り出すとすぐさまカーテンを閉めた。室内の魔力ランプが光りだす。
 ベッカーは上質な馬車と隣に座ったユストゥスに落ち着かない様子をみせた。だが私事は後回しにすると決めたのか、先程ユストゥスに詰問したときのような態度はなりを潜めている。

「さて、条件について、だったね」
 足を組んだそのうえに両手を組んだ形で乗せて、エリーアス様は朗らかに口を開く。
「プロフィールでは同性との性行為について可能で、性欲も強いとあったが、それに間違いなちょっとごめんねまだ脱ぐには早いよクンツ」
 話の途中で、流れるようにベッカーに謝ったエリーアス様は、組んだ足を崩すと苦笑交じりに、ベルトを外し始めた私の手を止めた。

 え、まだ駄目なのか。縋るような眼差しを向けると「餌をお預けされた犬か君は」と小さくぼやかれる。その例えはまったくもって間違いではない。早く餌をくれ。

「なぜ。実演交えての説明のほうが早いだろう」
「あのね、そう事を急ぐとうまくいくことも、駄目になることがあるんだよ」
「最初でダメならあとでもダメだ。さっさと試してもらうほうがいいに決まっている」
「わー潔い。僕も嫌いじゃないよそういうの。でももうちょっと待って」

「あー……雇用主代理様よ。確かに俺は同性も抱けるが、こんな年端も行かない子供は対象外だ」
 言い合っていると、それを遮ったベッカーが爆弾を落とした。


 な ん だ と。


 私が愕然としていると、ベッカーは鼻を鳴らし、見下げたような、あまり質の良くない眼差しをエリーアス様に向ける。それから一気にまくし立ててきた。

「成獣と幼獣の、獣人同士のプレイがお好みか?秘匿性の高い内容の正体ってそれかよ。はん、お貴族様はそれはそれは高尚なご趣味をしていらっしゃる。……どこからこんな子熊連れ去って来たんだ?俺はともかく、獣群連邦からの未成年の国外渡航は禁止されてるからな。外交問題に発展するぞ」

「……うん?なにか勘違いをしてない?ちょっとユストゥス。何笑ってるの」
 騒然となった馬車の中で、1人だけ腹を抱えて笑っている男がいる。ユストゥスはおかしくてたまらない、といった風情で隣に座ったベッカーの背中をばしばしと叩き、唇を動かしたところで動きを止めた。

「ユストゥス?っ……へー奴隷はお喋り厳禁ってわけか。奴隷の人権を保障してる、なんて声高に言ったところで、これか」
 声が出ない理由を、わかりやすく声音を奪う魔法印が刻まれた舌を出すことで説明したユストゥスだったが、それを見たベッカーはますます軽蔑したような態度になった。慌てたユストゥスが手を動かすが、騎士団内の奴隷でしか通じない手話を、まだベッカーは理解できないことを思い出した表情で、しまった、と目を見開いている。

「ベッカーと言ったか、頼む。一度私のおまんこを試してみてくれ。大丈夫。ちゃんと絞れる」
 そんなタイミングで、先程の対象外と言われたショックから抜け出した私は、改めて彼に訴えかける。それにベッカーは、ひどく動揺した表情で哀れそうに私を見つめた。すぐさまその身体に怒気を巡らせる。
「おいおい!まだガガジェの実を飲んでるような子供に、なんつーことを言わせ……ッ」

「うるさい。『全員、黙れ』」

 眉間を指で押さえたエリーアス様の言葉によって、魔法が行使された。室内に自分とは違う魔力が満ちて、身動きが取れない。……言葉1つでこんなことが出来るなんて。魔法については私も習っているが、その練度がエリーアス様は格段に違った。
 しばらくその場を静寂が支配する。

「ユストゥス」

 ややあってエリーアス様が名を呼ぶと、同じようにして固まっていたユストゥスが動き始めた。私とベッカーはまだ動けないままだ。手がなめらかに動いていく。それを黙って眺めていたエリーアス様は、ゆるやかにぽかんと口を開き始めた。

「は?体臭?……見た目も?………ああもう。クンツ。クンツ・リンデンベルガー。君は純然たる我が国の貴族で、間違いないね?『答えなさい』」
「はい。私はコンラーディン王国が第五侯爵が一家、<防壁>リンデルベルガー家の家長ツェーザルの、第13子です」
 強制力を持った指示に、私の口からつるりと言葉が抜け落ちていく。エリーアス様はゆっくりと頷くと、改めてベッカーに向き直った。

「我が王国の貴族は、その血筋を尊いものとするために、他国民との交わり禁じている。そして君たち獣人は魔法は使用できないよね。クンツ、魔法使ってみせて。簡単なやつでいい」
「はい。『水よ』」
 空気中の水分が私の手のひらに集まってくる。狭い室内にいるのと私自体、相性が一番いい四大属性が土であるため、その量は極小でしかない。だがしっかりと手のひらで浮かぶ水滴を見せた。

「クンツは熊型の獣人じゃないから。ベッカー、拘束魔法は解除するけど、余計なことは喋らず、クンツの頭を触ってみなさい」

 エリーアス様が軽く両手をぱちんと合わせると、その場に満ちていた魔力が拡散した。私の集めた水滴も一緒にあっさり散らされる。頭と言われて、身を乗り出すようにして頭を差し出すと、斜め向かいに座っていたベッカーが、恐る恐る手を伸ばしてきた。

「……本当だ。耳を切った痕跡もねえ」
「いや、耳はここに」

 頭の頂点部ばかりわしわしと大きな手で撫で回されるので、私はその手を掴んで顔の横に押し当てた。するとそのまま頭を掴んで引き寄せられて、腕の中に拘束される。やわやわと耳をなでて引っ張り、これが私の体の一部であることを確認しているようだった。すーっと深く息を吸い込むように、頭近くの匂いを嗅がれる。

「でも、じゃあなんで、こんなにガキ臭い匂いが……」
「ユストゥスに言わせると、確かにクンツは見た目も熊型獣人の子供のようだし、体臭も獣人の子供特有の匂いに近くて間違えやすいらしいけど、正真正銘、単なる人だよ」
「まじかよ。……おい坊主。お前人なら、何歳なんだ?7歳とかじゃないんだな?」
 こわごわと間近に見つめられたまま問われる。

 ……7歳って。私の体格で、7歳って。どれだけ大きいのだ熊型獣人。

「18歳だ。この国での話だが、成人もしている」
 聞けば、成人になると男は250cm近くの身長になるらしい。私の身長が180cm程度なので、頭でちょうど熊獣人のへそぐらいか。
 子供におやつ代わりに、獣群連邦にはよく生えているガガジェという木の実の、とろみのある乳白色の果汁を飲ませているらしい。だから獣人の子供はみんな、似たような匂いをさせているのだ。私の体臭は、その実の匂いと近いそうで、だからこそ彼らは子供を連想するらしい。

「はー……いや、悪かった。正直このまま獣群連邦に連れ帰ったら、誰かがお前さんの里親になってくれるぐらい、子供にしか見えなかった。けどこんなの、獣人ならみんな勘違いするぞ」
「私じゃ、おちんぽ勃たない?」

 腕に抱きしめられたままなので、ここぞとばかりにそっとベッカーの股間に手を這わせながら、しっとりと見上げた。ぐわっと一気に彼の身体が硬直する。
 期待を込めたまま見つめていると、彼はぎこちなくまたすんすんと私の匂いを嗅いで、目を閉じ、「合法ロリか……」と呟いた。あまり気乗りしない様子だ。……結構悲しいものがある。

「僕は獣群連邦にも行ったことがあるけど、子供は人族と変わらない大きさの子しか見なかったなあ。そんなに違う?僕もクンツと、身長はそこまで違わないんだけど」
「俺達にとっては匂いの方が重要だ。あんたは普通に大人の匂いがするよ。そのあたり、ユストゥスは話してないのか?……あーそういや、消音魔法で話せねえようにしてたな」
 また若干、ベッカーの表情が苦々しいものに変わる。それにエリーアス様はため息をついた。

「言っておくけど、ユストゥスは普通にお喋りだから。消音魔法は君たちを保護する意味でも必要なんだよ。本契約が決まったら、君にも手話を覚えてもらうからね。……まったくもう、話が進まないじゃないか。あとクンツ返して」
 腕を引かれて、今度はエリーアス様の胸に抱かれる。私を抱きしめてぐりぐりと頬に頬を寄せたあと、ベッカーがしたように匂いを嗅いで首を傾げた。人間にはわからない匂いらしい。私もわからない。
 ふとエリーアス様の瞳がきらりと輝いた。

「匂いと言うのなら、私とクンツに共通する匂いがあるだろう?それを嗅がせてあげる」
 妖艶な笑みを浮かべたエリーアス様にクンツ、やっぱり下脱いで。とぽんぽんと腰を叩かれる。

 待ってました!

 私は嬉しさのあまり、即座に下半身を覆う邪魔な布を脱ぎ捨てた。


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