タングルド(修正版)

柴楽 松

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「待って、まだ準備が……」

 光広の体に覆いかぶさる正隆の大きな身体は、完成された美しさを持っていた。上半身の服を脱ぎ捨て、鍛え上げられた無駄のない筋肉が浮き彫りになる。アルファとして、強く逞しい彼の体は、子を宿すために筋肉がつきにくいオメガである光広の細身な体とは対照的だった。

「何を準備するんだ?」

 正隆の手が光広の服の中へと滑り込み、触れられることに慣れていない光広の体は反射的にビクリと跳ねた。
指先がゆっくりと肌を撫でるたび、痺れに似たくすぐったさが背筋を駆け上がる。
ズボンを脱がせ、素肌に触れてくる正隆に対して、無意識に体が逃げようと強張ってしまう。

 正隆は光広の緊張を察しているのかいないのか、じっくりと時間をかけて服を一枚ずつ脱がせていく。そのじれったいほどゆっくりとした動きに、光広は期待と羞恥、そしてわずかな恐怖の入り混じった複雑な感情を抱いた。
逃げ出したいと思いつつも、この先に訪れるであろう快楽への興味を抑えきれなかった。

 正隆の手は、まるで光広の体をほぐすように全身の筋肉を優しく揉みほぐし、触れるたびに甘い痺れが背筋を伝って全身に広がる。胸元に到達したその手は、桜色に染まった小さな突起に軽く触れる。

「ひっ……」

 光広の口から思わず漏れた声に反応するかのように、正隆の手はさらに執拗にその部分に触れ続ける。その手つきには、光広の反応を楽しんでいるような余裕さえ感じられた。

「待って……そこばっかり!しつこい!」

 恥ずかしさから文句を言ってみたものの、今度は正隆の手が光広の下半身に移動し、熱を帯びた部分を包み込むように触れられる。その動きに、甘い声が漏れてしまい、光広は羞恥で体が壊れてしまいそうだった。しかし、耳元に正隆の荒い息遣いを感じ、自分だけがこの熱にうなされているのではないと知ると、少しだけ安心する気持ちが芽生える。

「もう……いいから、早く……馬鹿っ!粘着質!」

「せっかちだな」

 まだ悪態をつく余裕があることに気づいた正隆は、光広の体を軽く回し、うつ伏せの状態にさせた。腰を引き、お尻を突き出させる姿勢に、光広は恥ずかしさが込み上げる。尻の谷間にある小さな窪みに指が触れ、正隆がそっと撫でると、そこに自分の熱をゆっくりと押し当てた。

「本当にいいんだな?」

 その瞬間に拒絶するのが最後の機会だと言わんばかりに、正隆が低く確認の言葉を放つ。

「いいって言ってんだよ!早くしろ!」

 二人とも、もう後戻りできないことを十分に理解していた。
勢いだけで終わらせるようなものではないとわかっていながらも、その空気に抗うことができなかった。
正隆は残りの服を脱がせ、素肌となった光広の体をじっと見つめる。
健康的な肌色に僅かに滲む汗が、どこか色気を醸し出していた。

 痩せていて肉の少ない胸や腹部、吸い付くような肌の質感が正隆の欲望をさらに煽る。二人の関係が望ましいものではないと理解しながらも、どこかお互いの孤独を埋め合うための行為だと割り切っていた。単なる欲のはけ口に過ぎないのだと、正隆は自分に言い聞かせるようにして、光広の体をさらに愛撫する。

 十分にほぐし、潤いをもたらした後、正隆は自分の熱を光広の中へとゆっくりと押し込んだ。

「いッッッ……!」

 鋭い痛みに反応して、光広は情けない声を上げる。どれだけ準備を重ねても、正隆が動くたびに痛みが伴い、耐えるように必死で堪えている光広を見て、正隆の胸に複雑な感情が沸き起こる。

「初めてでもあるまいし……そんなに大げさにするな」

「初めてだよ!」

「……は?」

「今まで、一度も……キスも、セックスもしたことなんか、ない……」

 光広の告白に、正隆は一瞬疑いの目を向けた。婚約者までいた彼が、そんなことが本当にあるのだろうか。

「鉄平は……番になるまで、大事にしてくれてたんだ……」

 正隆は驚きつつも、今の時代にそんな古風な考え方を持つ人間がいるのかと感心した。もっとも、自分もまた、悟以外に興味を持ったことがないのだから、人のことを言えた義理ではない。

「……お前みたいに、みんなが経験済みだと思うな!」

 ぽろぽろと溢れ出る光広の涙に、正隆は戸惑いつつもどこか安堵する感覚を覚えた。

「……俺も、未経験だ」

「へ?」

 信じられないと言わんばかりに間抜けな声を漏らす光広を見て、正隆は思わず微笑んだ。

心のどこかで感じていた苛立ちや反発心が、彼の意外な純粋さに触れて少しずつ和らいでいく。
涙を浮かべた大きな瞳がこちらを見つめ、微かに震える光広の唇から、戸惑いと羞恥が滲み出ていた。

「そう見えないかもしれないが、俺もお前と同じで、何もかも初めてなんだよ」

 正隆のその言葉は、光広をさらに混乱させた。彼が自分と同じように未経験だなんて、信じられないという風に、ぽかんとした顔でこちらを見上げる。戸惑いと好奇心が入り混じる光広の表情が、どこかあどけなく見えて、正隆は少し胸が熱くなるのを感じた。

「……本当なのか?」

 か細い声で尋ねる光広に、正隆は軽く頷く。その頷きに嘘がないことを理解したのか、光広の表情は少しずつ緊張から解き放たれ、微かに安堵の色が浮かんでいく。

「お前だけが怖い思いをしてるわけじゃない。俺だって、どうすればいいか、正直わからない」

 正隆の声はどこか柔らかく、初めて見る彼の優しい一面が垣間見える。
その言葉を聞いて、光広は少しずつ体のこわばりが解けていくのを感じた。
先ほどまでの正隆の強引な態度が嘘のように、彼の触れる手つきは今や穏やかで温かかった。そう感じると、光広は無意識のうちに自分の身を正隆に預けていた。

「……だったら、もっと……丁寧にしてくれ」

 そうぽつりと呟いた光広の顔は赤く染まり、視線を正隆から外した。
自分からの願いだなんて恥ずかしくて言えないはずだったのに、彼の温もりに触れていると、不思議と口をついて出てしまった。それに気づいた時、自分でも思わず驚き、心臓がドクドクと高鳴るのを感じる。

 正隆は、そんな光広の横顔を見つめながら「わかった」と優しく応えた。
その言葉が光広の耳に届くと、心の奥に溜まっていた不安がふっと軽くなったように感じた。どこかぎこちない仕草ながらも、正隆は彼を包み込むように抱きしめ、緊張を解きほぐすように静かに撫でていく。

 二人の間に漂っていた微妙な緊張が少しずつ和らぎ、代わりに温かい空気が広がっていった。
正隆の手がそっと光広の背中を撫でるたびに、まるで体の芯が溶かされていくような心地よい感覚が広がり、光広は彼の胸に身を預けた。

 その瞬間、過去の傷や孤独な夜がふと頭をよぎりかけたが、目の前の正隆の温もりがその全てを優しく覆い隠してくれた。己の弱さをさらけ出すことにためらいを感じつつも、彼の柔らかなぬくもりが光広を安心させ、今この瞬間だけは二人きりの静かな時間が続けばいいと思わせた。

「……変な関係だな」

 光広がぼそっと呟くと、正隆がクスッと笑った。

「互いに寂しさを埋め合うだけの関係でいいんだろう?そう言ったのはお前だ」

 その言葉に、光広はほんの少し拗ねたような表情を浮かべたが、正隆の言葉の裏にある優しさを感じ取ると、自然に微笑みがこぼれた。

 二人の間にあるのは、恋や愛というよりも、むしろ互いの心に寄り添い、空いた隙間を埋め合うような関係。互いの弱さを理解し、傷つきやすい部分を受け止め合う不器用な姿に、光広はどこか安堵感を覚えた。


お互いに「未経験」だと告げられた瞬間、ふたりの間に微妙な沈黙が訪れた。まさか、そんなことがあるのかとお互いが相手を疑うように見つめ合うが、今さら嘘をついたところで何の得にもならないことは十分に理解していた。

「……悪かった、優しくする」

 正隆が呟くその言葉には、どこか静かな決意が感じられた。自分の中で、この行為が軽いものではなく、光広の未来にまで影響を与えるものだと分かっていたからだ。
特にオメガの初体験は、その後の心身に深い影響を与えるとされている――正隆もそれを理解していた。

「今さら……」

 光広が少し拗ねたように呟く。

「経験者なら、多少雑にしてもいいと思ったが……初めてなら話は別だ」

 正隆の言葉に、光広は顔を赤らめ、反射的に顔を背けた。戸惑いと反抗が混じり合った表情で、彼は苛立ちをあらわにして吐き捨てる。

「いいよ!面倒くさいし、痛くしてもいい!むしろ、二度としたくないくらい酷くして、セックスを嫌いにさせてくれて構わないから!」

 その言葉には、正隆に対する期待と諦めが交じり合っていた。傷つけられることへの恐怖が隠されていると理解しつつも、正隆は少しだけ胸の奥が痛むのを感じた。

「それはつまり……今後、誰ともするつもりがないと言っているようなものだが?」

「……?それがどうした?」

 光広は小首を傾げ、何の疑問もない様子で問い返す。

 その純粋な表情に、正隆は内心で苦笑する。
光広は無意識に、正隆を「最初で最後の男」として選んでいることに気づいていないらしい。
その無自覚さが、どこか無防備で、少しばかり憎めない。

「お前は、ほんとに……馬鹿だな」

 思わず口に出た言葉と共に、正隆は光広の唇を奪った。そのキスは荒々しくもあったが、そこにはどこか優しさが込められており、二人の距離をさらに縮めていく。

「どうせトラウマになるなら、痛くない方がいいだろう?」

「いらない!そんな優しさなんて……!」

 光広は必死に反抗するが、その強がりがかえって正隆の心に触れる。光広が無理に耐えようとしていることに気づいた正隆は、さらに優しい手つきで彼を引き寄せる。

 そうして、正隆は光広を抱きしめた。心の奥底に隠れていた欲望と、復讐心にも似た醜い感情が一瞬湧き上がる。鉄平が守り続けてきた光広の貞操を、自分が奪ってしまうということが、正隆の心にある種の満足感をもたらしていた。

 正隆はその感情を抑えようとしながらも、光広の体に触れる手が次第に熱を帯びていく。光広の体を何度も愛し、その反応を見ながら、彼が少しずつ痛みから快楽へと変わっていくのを感じ取ると、正隆はふと心が温かくなるのを感じた。

「やっ……あっ……大きい……ま、待って……」

 光広が微かに震えながら呟く。

 正隆は、光広の限界を理解しつつも、自分を抑えることができなかった。互いの体が求め合い、彼の体が正隆の動きに合わせて甘い声を漏らすたびに、二人の心が少しずつ一つになっていくのを感じる。

「も、もう……だめだ……」

 何度も自分の熱を解放した光広の体力は、すでに限界に達しようとしていた。しかし、正隆の耳元で囁かれる低い声が、彼にさらに熱をもたらしていた。

「出すぞ」

 その言葉と共に、正隆は光広の中に自分の熱を注ぎ込む。ふたりが一つになった証を確かめるように、正隆はその瞬間、全ての孤独が消え去るような錯覚を覚えた。

「あぁッ……」

 光広の意識は、正隆の温もりに包まれながら、ゆっくりと黒い幕で覆われるように沈んでいった。
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