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48)番い

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 強い香りが室内に満ちた。
オメガの香りは、理性の限界を試すものだ。
その甘くて官能的な香りが、道理や論理を無力にし、野性の本能を呼び覚ます。

 オメガの香りは、まさに脅威そのものだ。

だからこそ、オメガという存在は恐れられ、軽蔑されることが多い。
理性を保てなくなるほどの強烈な欲望を引き起こし、人間の思考を乱すこの香りは、言葉では語りきれないほどの力を持っている。

和司は、長年訓練を積んできたからこそ、この程度で済んでいるが、一般的なアルファならば、人間としての意識を完全に失い、欲望に溺れることだろう。
それでも、この香りが和司をどれほど引き寄せているのか、彼は無意識のうちに感じ取っていた。

目の前にいるのは、運命の番。
その事実に、和司はもう疑う余地を持たない。

「梓、きいてほしい」

 和司は息を荒げながら、苦しそうに喘ぐ梓に声をかける。
その声は、猫のように低く、震えていた。

「清武のことや、俺の結婚のこと、全部ひっくるめて、俺に任せてくれないか?」

 梓の表情が、わずかに混乱の色を浮かべる。
その問いかけに、梓は即座に答えられなかった。

「不安も全部引き受ける。すべてを任せて、俺と一緒になってくれないか?」

 和司の目は真剣だ。
その気持ちは言葉を超えて、梓に直接伝わるように、心から発せられていた。

「番になってほしい」

 和司はもう、回りくどい言い回しを使うことはしない。
心の中で決意し、率直に、そして真摯にそう言った。

「でも……俺、清武が……」

 梓の表情がわずかに揺れる。
その瞬間、和司は一瞬だけ期待の光を見たが、すぐにそれは暗く覆われ、晴れた空が厚い雲に覆われたように消えていく。

「わかってる……。俺に全部任せて、君の気持ちが俺に向くならの話だよ」

 和司の言葉には、自分を信じてほしいという強い思いが込められていた。
だが、その方法が強行的であっても、もしも梓が自分を選んでくれるなら、それでも構わないと和司は考えている。

「もし、俺をまだ好きでいてくれるなら、全部任せてくれればいい。俺の手を掴んでほしい。それでも清武を選ぶなら、俺はここから出ていくから」

 和司はゆっくりと梓に近づき、手を差し出す。その手には、揺るがぬ決意が込められている。
その手を差し出すたびに、和司の理性は次第に限界を迎えつつあるのを感じていた。
近くに寄れば寄るほど、濃密な香りが和司の中で引き裂かれそうな衝動を煽っていた。

 梓はその手を掴むことはなかった。
和司の衣服に包まれるように身を寄せた梓の姿から、和司は確信を持ったが、番になるという決断を下すには、不安が拭いきれないのだろう。

 番になることは、ただの結婚以上の強い結びつきを意味する。
それは一生続く関係だが、同時に運命を強制されることをも意味している。
誤って番になってしまった者は、一生の苦しみに悩まされるとも言われる。
だからこそ、梓は一歩踏み出すことができない。

 梓が躊躇するのも、当然のことだった。

梓は清武と番になると決めているのだ。
どんなに運命で結びついているとしても、梓が清武を捨てられるわけがない。
過去に植え付けられたトラウマを、他人の手に委ねることなどできるはずがない。

 和司は、一分ほど手を差し出していたが、結局梓はその手を取ることはなかった。
その意思を、和司は静かに受け入れ、手を下ろし、部屋を出ようとした。

だが、背を向けた瞬間、和司は腕を引かれた。

「まっ……て……まって和司さん」

 梓の声には、焦りと切実さが混ざっていた。
その引き留める力に、和司の心は一瞬で温かさを感じ、安堵が広がる。
引き留められたことは、和司にとって十分な答えだった。
それだけで、もう十分だった。

「んっ……!」

 梓の唇が、自分のものに重なった瞬間、和司の体が反応する。
深く、強く重なった唇からは、梓の声が漏れ、和司の心臓は鼓動を速めていく。

言葉は後回しだった。
ただ、久しぶりに感じた梓の唇の柔らかさ、その甘さに溺れそうになった。

「はっ……ふっ、んっ……!」

 唇が離れ、互いに荒い呼吸を重ねた。
その隙間で、梓の声が喘ぐたびに、和司の体は更に熱くなっていく。

「和司さ……ん!和司さん!」

 ようやく唇が離れ、互いの息が乱れていた。
甘えるように縋りつく梓を、和司は強く抱き寄せ、声をかける。

「梓……」

 お互い、無言のうちに同じことを考えていることが分かる。
欲している、必要としているのは、相手そのものだということを。
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