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37)玄関先
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時刻は、朝の十時を過ぎていた。
日が昇る前の、空が明るさを取り戻し始めた頃までの記憶は残っている。
梓は重い瞼を上げ、目を覚ます。
梓の部屋と同じ天井だが、違う部屋。
自分の普段使用しているものは違う白いシーツの敷かれたベッドで、梓は裸で横になっていた。
梓の隣には、和司が静かに寝息を立てている。
身体中に甘い気怠さが残っていた。
夢のような現実に、梓は幸せな気持ちに満ちていた。
ふと気が付くと、いつ処理されたのか分からないが、身体は綺麗に拭かれているようだった。
意識を失っているうちに、和司が身体を拭いてくれたのだろう。
布団で汗や体液が拭き取られたという考えもあるが、身体の下にタオルが敷かれているのを見るに和司が対処してくれたその線が濃厚であった。
事後の処理をさせてしまった申し訳なさはあったが、和司に求められた事の喜びの方が勝る。
梓は、立つことが難しいと思えるほどの甘い感覚を残した下半身に力を入れ、ベッドから降りる。
砕けそうな腰を抑えながら、肌を露わにした身体を隠すために自分の服を探しに向かう。
洗濯機に乾燥機能があるとのことで、雨で濡れた服はそこに入っていると確信し、梓はリビングを抜け脱衣所を目指す。
同じ間取りの部屋という事もあり、どこに洗濯機が設置されているのか聞かずとも解る。
脱衣所に設置された洗濯機から、乾いた梓の服を取り出して着る。
ほんわりと温かい服からは、和司の香りが微かにした。
一緒に選択された和司のシャツから、彼のフェロモンの香りが移ったのだろう。
それがまた、梓の心を満たした。
服を着ると、梓はキッチンへと向かった。
和司が目を覚ました時に、何か口にできるものを作っておきたいと思ったからだ。
しかし、和司は料理をしないと自分でも口にしていた。
一人暮らし用にはい大きすぎる冷蔵庫の中は、お茶やミネラルウオーターといった飲料水のみ。
調味料の一つも存在していなかった。
ふと視線をキッチンの端に向ける。
見覚えのある調理器具が、袋や段ボールから覘いていた。
「あれ……って」
見覚えのある調理器具は、全て未使用であった。
和司から料理を教えてほしいと言われ、一緒に調理器具を買いに行った時のものだった。
あの時は梓が倒れてしまい、購入した記憶はない。
きっとその後に一人で店に足を向け、購入したものだろう。
乱雑に置かれた調理器具は、全て梓が選んだものばかりだった。
調理器具を目に入れ、優しい気持ちになる。
しかし、この調理器具を勝手に使用して良いものか迷った梓は、自身の部屋に戻ることを決めた。
食べるのを買ってくるのは簡単だ。
だが、梓は自身が作ったものを食べてほしいと思う。
趣味とまではいかないが、料理をするのが好きな梓。
いつも惣菜や弁当を買うか外食が多いと言っていた和司に、手作りのものを口にしてほしいと思ったのだ。
梓はスマートフォンと自分の部屋の鍵がリビングのテーブルの上に置かれている事に気が付き、ポケットへとしまう。
清武と和司の母親である希清を残して出た部屋だったが、希清は帰宅し合鍵で施錠したと昨晩和司の部屋に向かうまでの間に聞いていた。
静かに部屋を出て、エレベーターに乗り自分の部屋へと向かう。
料理を済ませ、和司の部屋に戻るつもりでいた梓は、気持ちが浮かれていた。
着信があった事を告げる、スマートフォンの規則正しい小さい点灯に気づけないでいた。
自分の部屋の前に着き鍵を取り出そうとした時、ようやくその光に気がついた。
気づいたその瞬間に、ゾッと背筋が凍る思いをする。
着信履歴の異常な件数。
それは、百を超える。
斎藤清武という名が、ずらりと並ぶ画面には、着信履歴だけではない。
メールや簡易留守録、連絡用ツールのアプリケーション全てから、清武の名前と声が刻まれている。
一言で表すならば、異常。
清武からの連絡に気づけなかったのは、着信音が鳴らないミュート状態になっていたからであろう。
これだけの心配をかけてしまった申し訳なさを抱きつつも、異常な件数に嫌悪感を抱く。
今の時刻を確認して、梓はとある可能性を否定できずに立ち竦んだ。
恐る恐る玄関の扉の取手に手を掛けると、施錠してあるはずのその扉は簡単に音もなく静かに開く。
清武が帰宅していることがすぐに解る。
「遅かったじゃないか」
低く、軽やかな声が、扉が開いてすぐに室内から聞こえた。
玄関前の廊下には、清武が立っていた。
笑顔で帰宅を喜ぶ姿が、異常な着信を残したようには思えないほどに爽やかだ。
「寒いから、中に入ろう。って、ここは梓の部屋だよ」
いつも通りの雰囲気の清武に、違和感が生まれる。
爽やかな笑顔と優しさの裏に、ドロドロとした闇を沸騰させているような不快感。
自分の部屋だというのに、入ってはいけないような気がして、ザッと足を地面に擦らせ一歩引く。
「何してんだよ。ほら風邪ひくぞ」
グイッと腕を掴まれ、曳かれる身体。
清武の力の強さに、細い身体の梓が抵抗などできるはずがなかった。
日が昇る前の、空が明るさを取り戻し始めた頃までの記憶は残っている。
梓は重い瞼を上げ、目を覚ます。
梓の部屋と同じ天井だが、違う部屋。
自分の普段使用しているものは違う白いシーツの敷かれたベッドで、梓は裸で横になっていた。
梓の隣には、和司が静かに寝息を立てている。
身体中に甘い気怠さが残っていた。
夢のような現実に、梓は幸せな気持ちに満ちていた。
ふと気が付くと、いつ処理されたのか分からないが、身体は綺麗に拭かれているようだった。
意識を失っているうちに、和司が身体を拭いてくれたのだろう。
布団で汗や体液が拭き取られたという考えもあるが、身体の下にタオルが敷かれているのを見るに和司が対処してくれたその線が濃厚であった。
事後の処理をさせてしまった申し訳なさはあったが、和司に求められた事の喜びの方が勝る。
梓は、立つことが難しいと思えるほどの甘い感覚を残した下半身に力を入れ、ベッドから降りる。
砕けそうな腰を抑えながら、肌を露わにした身体を隠すために自分の服を探しに向かう。
洗濯機に乾燥機能があるとのことで、雨で濡れた服はそこに入っていると確信し、梓はリビングを抜け脱衣所を目指す。
同じ間取りの部屋という事もあり、どこに洗濯機が設置されているのか聞かずとも解る。
脱衣所に設置された洗濯機から、乾いた梓の服を取り出して着る。
ほんわりと温かい服からは、和司の香りが微かにした。
一緒に選択された和司のシャツから、彼のフェロモンの香りが移ったのだろう。
それがまた、梓の心を満たした。
服を着ると、梓はキッチンへと向かった。
和司が目を覚ました時に、何か口にできるものを作っておきたいと思ったからだ。
しかし、和司は料理をしないと自分でも口にしていた。
一人暮らし用にはい大きすぎる冷蔵庫の中は、お茶やミネラルウオーターといった飲料水のみ。
調味料の一つも存在していなかった。
ふと視線をキッチンの端に向ける。
見覚えのある調理器具が、袋や段ボールから覘いていた。
「あれ……って」
見覚えのある調理器具は、全て未使用であった。
和司から料理を教えてほしいと言われ、一緒に調理器具を買いに行った時のものだった。
あの時は梓が倒れてしまい、購入した記憶はない。
きっとその後に一人で店に足を向け、購入したものだろう。
乱雑に置かれた調理器具は、全て梓が選んだものばかりだった。
調理器具を目に入れ、優しい気持ちになる。
しかし、この調理器具を勝手に使用して良いものか迷った梓は、自身の部屋に戻ることを決めた。
食べるのを買ってくるのは簡単だ。
だが、梓は自身が作ったものを食べてほしいと思う。
趣味とまではいかないが、料理をするのが好きな梓。
いつも惣菜や弁当を買うか外食が多いと言っていた和司に、手作りのものを口にしてほしいと思ったのだ。
梓はスマートフォンと自分の部屋の鍵がリビングのテーブルの上に置かれている事に気が付き、ポケットへとしまう。
清武と和司の母親である希清を残して出た部屋だったが、希清は帰宅し合鍵で施錠したと昨晩和司の部屋に向かうまでの間に聞いていた。
静かに部屋を出て、エレベーターに乗り自分の部屋へと向かう。
料理を済ませ、和司の部屋に戻るつもりでいた梓は、気持ちが浮かれていた。
着信があった事を告げる、スマートフォンの規則正しい小さい点灯に気づけないでいた。
自分の部屋の前に着き鍵を取り出そうとした時、ようやくその光に気がついた。
気づいたその瞬間に、ゾッと背筋が凍る思いをする。
着信履歴の異常な件数。
それは、百を超える。
斎藤清武という名が、ずらりと並ぶ画面には、着信履歴だけではない。
メールや簡易留守録、連絡用ツールのアプリケーション全てから、清武の名前と声が刻まれている。
一言で表すならば、異常。
清武からの連絡に気づけなかったのは、着信音が鳴らないミュート状態になっていたからであろう。
これだけの心配をかけてしまった申し訳なさを抱きつつも、異常な件数に嫌悪感を抱く。
今の時刻を確認して、梓はとある可能性を否定できずに立ち竦んだ。
恐る恐る玄関の扉の取手に手を掛けると、施錠してあるはずのその扉は簡単に音もなく静かに開く。
清武が帰宅していることがすぐに解る。
「遅かったじゃないか」
低く、軽やかな声が、扉が開いてすぐに室内から聞こえた。
玄関前の廊下には、清武が立っていた。
笑顔で帰宅を喜ぶ姿が、異常な着信を残したようには思えないほどに爽やかだ。
「寒いから、中に入ろう。って、ここは梓の部屋だよ」
いつも通りの雰囲気の清武に、違和感が生まれる。
爽やかな笑顔と優しさの裏に、ドロドロとした闇を沸騰させているような不快感。
自分の部屋だというのに、入ってはいけないような気がして、ザッと足を地面に擦らせ一歩引く。
「何してんだよ。ほら風邪ひくぞ」
グイッと腕を掴まれ、曳かれる身体。
清武の力の強さに、細い身体の梓が抵抗などできるはずがなかった。
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