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34)欲求 ※性描写あり

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 秋から冬へと移ろう夜の雨は、肌を刺すほどに冷たい。
そんな冷たい雨を全身で浴び、濡れた衣服は体温を無情に奪っていく。
小刻みに震える梓の体を、少しでも温めようと、和司はそっと彼の手を握りしめた。
 エレベーターに乗り込み、目的の階に向かうその短い時間すら、二人にとっては耐え難いものだった。
扉が閉まる瞬間、和司は突然、梓を強く引き寄せ、激しく唇を重ねた。
 それに応えるように、梓は和司の背中に腕を回し、冷え切った体が彼の熱を求めて引き寄せられる。

「んっ……」

 梓は、冷たさを忘れ、甘く切ない声を漏らした。
たった数秒の口づけで、じわじわと体温が上昇していくのを感じ、二人はその暖かさに酔いしれた。

 エレベーターを降り、和司の部屋へと向かう廊下も、ほんの数秒の距離でしかないのに、時間がやけに長く感じられる。
それは梓だけでなく、和司も同じだったようで、歩く足音がいつもよりも速く、焦りを帯びて響く。

 和司の部屋の扉が開き、梓は和司に引き寄せられるように進んだ。
 その瞬間から、二人の我慢が一気に崩れ去った。
濡れた衣服を脱ぐのは、手間取って重苦しく感じられたが、そんなことを考える暇もなく、二人は唇を深く重ね合いながら、徐々に上半身の服を脱ぎ捨てた。
 冷えた体を温めるように、肌が重なり、互いに体温を求め合う。
その熱さに、時間が経つのも忘れて、二人はただ無心で触れ合った。
そして、ようやく風邪を引くかもしれないという現実に気づいたのは、少し遅れてからだった。

「身体が冷えている……風呂に入ろう」

 先に口を開いたのは、和司だった。
 梓の手先や足の先まで冷え切っている様子を見て、どれだけ身体を密着させても、彼の冷たさが温まる気配がないことに和司は気づいたからだ。
 必死に理性をかき集め、繋ぎとめていた和司だが、梓の潤んだ瞳が目に入ると、その集めた理性すらも崩れてしまいそうになった。
 冷えは、梓だけでなく和司にも伝わっていた。
 それを理解した梓は、お互いのために今は欲を抑えようと、心の中で決意した。しかし、ほんの少しでも離れると、急に寂しさが胸に広がり、和司の手を離すことができなかった。

「おいで」

 和司は、困ったように微かに笑みを浮かべ、梓をバスルーム手前の脱衣所へと招いた。

「湯が溜まるまで少し時間がかかるが、それまでシャワーを浴びるべきだ」

 和司が服を脱ぐようにと言ったが、すでにお互い上半身は裸になっていた。
 残るはズボンと下着を脱ぐことだけだが、梓はようやく理性を取り戻し、そのことで自分の羞恥心が呼び起こされた。

「あの、俺、後でいいんで……」

 梓は顔を赤くし、思わず俯いてしまう。
 どう見ても、これから一緒に入る雰囲気になりつつあるのだが、冷静になった梓には、これ以上服を脱ぐのが恥ずかしくて仕方なかった。

「じゃあ、先に入りなさい。お湯は10分もしないで溜まる。それまでシャワーで身体を温めた方がいい」
「俺は後がいいです」
「風邪をひく」
「それは斎藤さんも同じです」
「ならやっぱり、一緒に入るか?」
「え?いや、それは……とりあえず、俺は後がいいです」
「……」

 和司は黙ったまま、梓を強引に浴室へと引き寄せた。
暖かいお湯が勢いよく流れるシャワーを、二人は全身で浴びる。
 服はまだ脱いでいない。
 和司は、梓が今この瞬間、一緒に入ることに対して心の中で躊躇していることに気づいていた。それでも、彼はこのままでは梓の恥じらいを無視して、少しでも近づきたくて仕方がない自分を抑えることができなかった。

 通常であれば丁度良い温度であろうシャワーのお湯も、冷え切った身体には熱すぎるほどに肌に沁みた。

「んんっ……」

 和司はシャワーの水音をかき消すように、梓の唇に強引に口を重ね、舌を吸い込んだ。

「はっ……うっん……んっ」

 予期していなかった行動に、梓は一瞬戸惑いを見せたが、抑えきれなかった欲求が解放される快感に酔いしれ、すぐに和司の動きに身を委ねた。

「あっ……やっ」

 唇が離れ、和司は梓の首筋に唇を這わせながら舐める。
指が優しく梓の胸元を撫で、下へ下へと、和司の手はゆっくりと流れていく。
その手の動きは、まるで壊れやすいガラス細工を扱うかのように繊細で、梓の肌を甘く震わせる。
優しい手つきが、梓を快楽へと導こうとする。

 和司の手は、梓のズボンのチャックを開け、巧みにそれを脱がせ始めた。
先ほどまでの羞恥心は、和司との口づけですっかり消え去っていた。
 梓は、和司の背中にしがみつき、次の快楽を求めるように身を寄せた。
 和司の大きな手は、シャワーで少し温まったようだ。
その温かさが、梓の欲求を優しく包み込む。

「……あっ」

 普段は触れられることのない箇所を、和司の手がやさしく撫でる。
 甘美な声が漏れ、梓はその感覚に酔いしれながらも、身体が自然に危機感を覚え、無意識に和司の手から逃れようと捩れた。
 呼吸が乱れ、酸素が足りなくなったかのように思考がぼんやりとし始める。

「あずさ」

 低く響く和司の声に、梓の名前が呼ばれたことで、驚きと共に意識がはっきりと戻る。

 和司の顔には、これまでにないほどの切羽詰まった表情が浮かんでいた。
こんなにも余裕のない和司の姿を目にするのは、梓にとって初めてのことだった。
触れられることで感じる熱や快感以上に、和司の低い声が耳に響き、その表情が目に映るたびに、梓の胸の鼓動はますます大きくなるのがわかった。

「んっ……ぅんん」

 和司の大きな手が、梓の余裕のない経ちあたっが自身の一部を撫で、もう片方の手の指が後ろの窪みを探す。
 梓の耐えきれず漏らす声を耳に入れ、和司の余裕は秒を追う毎に削れてゆく。

 固く閉ざされた梓の内部への入り口を見つけると、和司はゆっくりと少しずつ力を入れて指を侵入させる。
すると、ひくりと身体を強張らせた梓だったが、すんなりと和司の指を受け入れ飲み込んだ。
何度も出し入れを繰り返えされ、硬かったそこは、指が二本、三本と余裕で飲み込むほどに柔らかくなる。
そうなるまでに、浴槽には湯が張っていた。
 シャワーのお湯で温まったのか、それとも身体の密着で温まったのかは判断できないが、二人の身体は、十分に熱くなっていた。
 シャワーを止めるが、行為は止まらない。
先ほどまでシャワーの音や浴槽に流れるお湯の音で聞こえなかった音が、浴室に響く。
粘膜の擦れる音は、ぐちゅぐちゅと鳴り響き、淫らで耳につきやすい。
その音を耳に入れた梓は、恥ずかしさを増す。
それと同時に、嫌な事を思い出す。

 知らない男に抱かれ続けた、あの時の記憶。

「やだ……やだ……っ」

 急に快楽が恐怖に変わり、梓は声を震わせながら上げた。
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