上 下
5 / 7

4ヶ月後の2人–Ⅰ(レネ視点)

しおりを挟む
ミュリエルが貧血で苦しんでいます。あまり直接的な表現はありませんが、苦手な方はご遠慮ください。




ーーーーーーーーーー

暖炉には魔石がくべられ、部屋全体が暖かい。にも関わらず、この部屋は明るさを失ってしまったかのようだった。
いや、元より魔王様のお色である漆黒でまとめられた部屋だから、重厚感のある厳かな雰囲気は感じても明るさなど感じるのがおかしいのかもしれない。
・・・そもそも魔王城の最上階にあり、私室である寝室に入ることが叶う者など、ほとんどいない。
昨日からミュリエル様付きとはいえ、一介の侍女である私が入室を許可されているのも、謁見でどうしても付き添うことができない魔王様からの特別措置だ。

「ミュリエル様・・・」

この部屋の主を、唯一微笑み一つで癒すことができるミュリエル様は昨日から伏せっていた。
原因は単純明快であり、年頃の女子であれば致し方のないもの。いわゆる月のものだった。それも、この国に来てから初めての。

「う、ん・・・」

体温の高さ、喉の渇きなどから、その予兆は1週間前よりあった。そのために準備は済ませたつもりであったが、彼女を襲った痛みは、それは重いものだった。
初日はそれが顕著であり、横になってはいても眠りは浅く意識はあったりなかったりを繰り返す。
頬は昨日よりかは赤みがあるものの、先ほど見た手足の先は窓の外に降り積もる新雪のように白い。それがさらさらとした銀髪と相まって、一層儚く思えた。
足を折りたたんで、膝を抱えるように横向きでお休みになる姿は初めて会ったときの寝姿を彷彿とさせた。
きっと幼い頃から、そうして耐えてきたのだろう。様々な痛みを。

「れ、ね・・・」
「ご気分はいかがですか、もしよろしければお食事を」
「あり、がとう。少し・・・いただこうかしら」

緩やかな瞬きで紫の瞳が揺れる。覚醒したミュリエル様は、ゆっくりを身を起こされた。濃紺の前ボタンのナイトウェアの上からカーディガンを纏わせる。薄い見た目よりもだいぶ暖かく、微かだが魔力の織り込まれた香りがする。人によって差はあれど、少しでも体が暖かい方が楽なのだと経験上知っていた。
ホットミルクに薄くスライスしたパンを浮かべて、ふやかしてから渡す。ミルクがゆというもので、私が子どもの頃熱を出すと、母が作ってくれたものに近い。もちろん料理長のお眼鏡にかなった一級食材を使っているから、味は全くの別物だろうが。
ミュリエル様はマグカップとスプーンを受け取り、ゆっくりと口にされた。2口、3口と進むたび指先に熱が戻っていく。
これならば、もう少し寝ていれば落ち着くのではないか。私は少しだけ肩の力を緩めた。

「おいしいわ・・・ありがとう」
「いえ、お礼は料理長へお伝えください」
「でも、お世話をしてくれたのはレネよ。この、湯たんぽはすごく心地よいの・・・」

空のマグカップを受け取り、再びミュリエル様を横にする。目を閉じる前に毛布の中の塊を撫でて、微笑みかけてくださる。普段の穏やかなものよりかは色の白さと目の下のクマが目立ってはいたが、その美しさが損なわれることはなかった。

「それに、少し安堵しているの」
「安堵、ですか」
「ええ、これでやっと・・・役目を、果たすことができる・・・」

そのままゆっくりと目を閉じて、この3日間では1番穏やかな表情でミュリエル様は眠りについた。
しばらくその表情を見つめ、落ち着いた呼吸を確認して食器を持ち上げる。ノックしようとした瞬間にドアが開いて、脇に避ける。そこには息を軽く切らせた魔王様が立っていた。

「彼女は?」
「今し方、眠りについたところです。レモネードとミルクがゆを1杯ずつお召し上がりになりました」
「そうか、下がっていいよ」
「はい、失礼いたします」

扉が閉まる音がするまで頭を下げ、ゆっくりと顔をあげる。控室にいた女騎士に一礼して部屋を出た。
窓から外が見える。この1週間ずっと灰色の雲に覆われていたが、所々晴れて星が瞬いていた。まだちらつく雪が止むころには、ミュリエル様の体調も顔色も、きっとよくなっているだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...