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アルディオス視点
僕と彼女の5日目
しおりを挟む「当主病死により、ボルマン男爵家の取り潰しが正式に発表になりました」
「ありがとう。これで心置きなく彼女をただのミュリエルとして娶ることができる」
思ったより早かった知らせに僕は安堵して、執務椅子に体を預けた。
―王太子も馬鹿なことをしたものだ。感情に任せて男爵を殺したって聖女は手に入らないのに。
そんなことを知る必要もない彼女は水晶を見れば居間での侍女とのお茶会に、楽しそうに微笑んでいる。
いいな、女の子同士の触れ合い。きっとミュリエルは経験などしたことのない、穏やかで楽しい時間。それを奪うつもりもないけれど、僕を忘れたらお仕置きだよ?
「ひぁっ」
「ミュリエル様?」
今日は昨日にも増して封具の影響を受けているミュリエルだけど、時たま強い振動に身を跳ねさせる。原因は僕の掌にある魔石。これは彼女のリングの黒い宝石の親石で、僕が少し魔力を込めれば如何様にも振動を変えることができる。ただ、永遠とこれを持っているわけにもいかないので、昼休憩の間だけクリスに返してもらったのだ。
「なぜ、ご自分で管理なさらないのです。私がお預かりしてもアルディオス様の魔力でなければ使えないのに」
「ダメ。これ持ってたら今日の僕の仕事量5分の1になるけどいい?」
至極最もなことを聞いたクリスと、今朝そんな会話が交わされたのはご愛嬌だ。
「ヴィント、とんぼ返りで悪いけど早く戻ってきて。宣言には君にも出てもらいたいから」
「・・・主の御心のままに」
通信が切れたクレーエの頭を撫でてやっていると、クリスとともに包みを抱えたトレーシーが入室してくる。
さすがに服は変わっているけど4日前より全体的によれっとしていて、トレードマークのユリのベレッタも何だか元気がなくしおれている。ただ、オレンジの瞳だけは嬉々とした色を宿していた。
対して後ろのクリスはしかめっ面だ。大方僕に会うために服装を整えろとか、一悶着あったに違いない。
「陛下、できたよドレス。俺の最高傑作!」
「ありがとうトレーシー。いったん休んで身綺麗にしてきてくれ。夕食のあと一緒に仕掛けの確認もしよう」
黒を基調とした執務室で、純白のウェディングドレスを手に歓喜の舞を踊り出す彼に苦笑を返す。後ろでは無言でうなずくクリス。やはり僕の予想は当たっていたらしい。
「了解、その言葉を待ってた。聖女様は・・・」
「来ない。彼女には当日着てもらって侍女に最終調整してもらうつもりだよ」
「そう、残念だけど楽しみは後にとっておきたいタイプだからいいよ」
彼は決して性根も頭も悪い吸血鬼じゃないんだけど、たまに口が滑るから宣言までは意識のあるミュリエルに近づけないとクリスのチェックが入っている。かわいそうだけど僕も同意見だ。
ドレスを残して出ていく彼を手を振って見送り、僕は執務に意識を戻した。
△▼△
「あの、アルディオス様。私、サインの練習をしなくていいのでしょうか」
「サイン?」
夕食を終えて居間で少しの休憩を取っていると、ミュリエルがおずおずと聞いてきた。彼女の胃もだいぶ大きくなってきたようで、今日はフルコースの半分の量を食べ切ることができた。
サイン、と言われて腑に落ちない僕は首を傾げる。ハッとしたようにミュリエルが言った。
「王国では、婚姻の儀に新郎と新婦の署名を行うのです。私、かろうじて名前は書くことができるのですが、こちらの国の文字が違うところが心配で・・・」
「ああ、そういうことか。大丈夫だよ。この国では夫が妻を公に紹介するのが婚姻の儀にあたる宣言で、署名とかは必要ないから。ちょっと綺麗な服を着て、僕の隣に立っていてくれるだけでいい」
そう説明すると、ほっとしたようにミュリエルは表情を緩めた。参列するのは父と忠臣たちだけだから、堅苦しい感じは否めないけどね。でも、僕との結婚を意識してくれているようで素直に嬉しかった。
「でも、いずれは文字が読めるようになった方がいいですよね。きっと、妻としての仕事もあるでしょうし」
「そのことなんだけど、ミュリエル。ちょっと聞いてくれないか」
「はい・・・?」
小首を傾げるその姿も無防備で、すぐ抱きしめたくなるくらいに可愛い。いったい彼女は僕を何回惚れさせるつもりなのだろう。そして、こんな他愛のない仕草で僕はどれだけ彼女を好きになってしまうんだろう。
「ミュリエルは、僕の妻になる。これは揺るがないけど何も僕の執務を手伝ったり、公の場に出なくても構わない。今まで君が苦労してきた分、穏やかにのんびり過ごしていいんだよ」
というか、僕が出したくない。魔王として必要なのは結婚したという事実であり、その相手が聖女と知らしめるくらいで国の内外は色々満足するだろう。今後のためもあって参列者に名前と容姿くらいは披露するけど、ミュリエルの心の内、その他全ては僕だけが知っていれば事足りる。
「そう、なのですか? てっきりアルディオス様はとても高位なお方で、外に出る機会が多くなるのかと思っておりました」
「王国にも、妻を囲って家から出さない貴族はいるだろう? この国も同じで、僕はどちらかというとミュリエルにここにいて欲しいかな」
流石に貴族だってことはバレてるね。でも、ここが城で僕が王族ってことは知られてなさそうで安堵する。彼女が過ごす部屋の窓からの景観を、少し弄っておいてよかった。
・・・ちなみにこのお願いを拒否されると、寝室に鎖をつけて監禁する一択しか思い浮かばなくてちょっと怖い。いや、彼女の嫌がることはしないと決めたのだから、意思を強く持とう。
ミュリエルはそんな僕の心を知ってか知らずかじっと考えて、こくりと1つうなずいた。
「わかりました、アルディオス様のお心のままにいたします」
「いいのかい? 今は知り合いも少なくて不安だろうけど、この国に興味があるんじゃ」
「いいえ、私はアルディオス様のためになることを、少しでもできるようになりたかったのです」
今、レネからマナーについては学び直していて、少しずつ思い出してきているので。
彼女の前向きな顔に、つられて優しい表情になる。こういうひたむきさや努力家のところも、クレーエ越しでは知ることができなかった。ミュリエルと話して過ごすようになってから、僕の毎日は発見の連続で飽きる事なく過ごす事ができる。きっとこの先も、ずっと隣にいても温かな気持ちになれるんだろうな。
「じゃあ、他にもミュリエルがしたいこと、学びたいことなんでも教えて。僕で叶えられることなら叶えるから」
「そうですね、やっぱり一緒に外出した時に看板などが読めないと困るので、文字は学びたいです。あとは・・・」
初めてかもしれない、彼女の慎ましやかで可愛らしいおねだりを、その横顔を眩しく思いながら、僕は一字一句漏らさぬようにうなずきながら耳を傾けた。
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