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本編(ミュリエル視点)
2日目
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目が覚めると、窓の外は夕焼けに染まっている。全身がだるい。ただ、体調の悪いだるさではなく、寝過ぎてしまって水分が不足しているような感じがする。それに加えて程よく体を包み込んでくれている寝具が、気持ち良すぎるのだ。
「ミュリエル様、お気分はいかがですか」
声に僅かに右を向けば、昨日と同じく侍女服を纏ったレネが立っている。ゆっくりと体を起こすと、いい香りのお茶を差し出してくれた。
まるで、貴族の令嬢のよう。でも、ちゃんとした令嬢は日が傾くまで寝ていたりはしないでしょう。
私は欠伸を噛み殺して、取っ手が金の猫足のティーカップを受け取った。
「おはよう、レネ・・・ごめんなさい、ねすぎてしまったわよね」
「いえ、ぐっすりお休みになられているようでアルディオス様も安心されていました」
あの治療の後、結局私は一度も目を覚さなかったみたい。着替えやベッドまでの移動など、会ったばかりの彼女に頼り過ぎてしまった。
一口、お茶を飲むと全身が目覚めるような感覚になり、すっきりとした。もう一杯飲もうとして、くう、とお腹が鳴る。
顔が熱くなる。そういえば、2、3日液体しか摂取していない。あの家ではそれが当たり前すぎて麻痺してしまっていたけれど、久しぶりにゆっくり睡眠が取れたため他の欲まで動き出してしまったようだ。
お腹を抑えていた私に、レネは声をかけてくれる。
「何か、軽食をお持ちしますね。ですが、アルディオス様ができれば夕食は共にしたいと仰っておりました」
「あの、いいんでしょうか、私などが」
「そのようにご自分を卑下されるのは、仕方のないことかもしれませんがどうかアルディオス様の前ではお控えください。悲しまれてしまいます」
そう、なのだろうか。私にとって彼は命の恩人とも言える人だが、そこまで彼のことは理解が進まない。ただ、優しい人なのだとは思う。奴隷・・・彼曰く花嫁に対して唯一の命令が自傷行為の禁止なのだから、たとえ誰が相手でも私を傷つける姿は見たくないというのは本当だろう。
「気を、つけてみます」
その言葉に、レネは少しだけ笑みを浮かべて一礼すると、部屋を出て行った。
△▼△
纏うのは、濃紺のワンピース。袖口には白のレースと金のボタンがついて、長袖になっている。コルセットは傷が完治してから、とレネに説明された。ドレスの裾が足首まであり、袖口と同じ白いレースが可愛らしい。締め付けがほとんどなく、極力露出もないのがありがたかった。
ただ、レネに着替えさせてもらった時に驚いたのだが、私の身体の痣や火傷の跡は治療をうける前よりも明らかに薄くなり、肌が引きつるような痛みも減っていた。流石に1日で全てが消えることはないが、ポーションの効き目はすごい。
夜の帳のおりた部屋は、とても落ち着いた雰囲気でこの屋敷の主人の趣味の良さがうかがえた。暖炉には薪がくべられ暖かい。生家とは異なり、彫刻や絵画などの装飾品などは全くなかったが、所々に生けられた花が互いに美しさを引き立たせていて、私の目の和ませてくれる。
「ああ、ミュリエル。ゆっくり休めたかな」
「はい、ご主人様、この度は」
「昨日訂正しそびれたけど、アルと呼んで。君は僕の花嫁なんだから」
「ええと・・・では、アルディオス様と」
「まあ、最初はそれで良いよ。ミュリエルのお披露目会までには慣れようね」
レネのアドバイス通り、今の私ができる精一杯の歩み寄りに、アルディオスは漆黒の瞳をほころばせる。それを見て、彼女の言ったことの正しさを知る。こんなことで喜んでもらえるのなら、あのお金に程遠くても、尽くしていけるかもしれない。
私は必死に記憶の底から引っぱり出したカーテシーを、ゆっくりと行う。以前やったのは4歳の誕生日だから、スカートをつまんで広げる動きはぎこちないものではあったが、体の痛みなどを感じることはなかった。
「アルディオス様、改めて、助けていただきありがとうございました」
「本当にミュリエルは真面目で、心が美しいね。こんな僕にお礼を言うだなんて」
真っ白なテーブルクロスの上に、温かな食事。燭台の火が風もないのにゆらゆらと揺れていて、とても幻想的だ。こちらへと給仕服に身を包んだクリスに導かれたのは、すでに席についていたアルディオスのすぐ左の席で。その距離に驚く私に笑いながら教えてくれる。
「この国では妻には夫が給仕するんだ。今日は、消化に優しいものを料理長に作らせたから、一緒のメニューじゃないけれど」
「あ、あの。お気遣いいたみいります」
「頑張って完食を目指そうね」
そう言って、白く深い丸皿から小さな具がたくさん入ったリゾットをすくうと、ふうと息を吹きかけて私の口の前へ差し出す。
こんなふうに誰かと食事をしたり、ましてや気遣ってもらうことなどいったいいつぶりだろう。
この屋敷へ来てからの高待遇ぶりに、何度もそう思ったはずなのに、このタイミングで一筋頬から涙がこぼれ落ちていた。一度意識してしまったら次から次へと溢れて止まらなくなってしまう。
「ミュリエル!? リゾット、嫌いだった?」
慌ててスプーンを皿に戻す彼に、私は自分で涙を拭いながら首を横に振る。
「じゃあ、キノコが嫌いだった? ああ、泣かないで。君に泣かれると僕はどうしたらいいのかわからなくなる」
「いえ、こんなに、優しくしてもらえたのが、久しぶりすぎて」
「・・・」
「も、もうしわけありません。こんなつもりじゃ・・・」
「何も怖がることはないよ」
その言葉に、はっと顔をあげる。形の整った眉尻を下げたアルディオスが、私の目の前にいる。
「僕の国に、ミュリエルを虐げる者はいない。君は待ち望まれた花嫁。ゆっくりとでいいから、愛されていることを実感して」
その言葉に、真摯に見つめる彼に、また涙が溢れてしまった。どうして、こんなに優しくしてくれるのだろう。
・・・まさか、ほんとうにあいしているからなのでしょうか?
△▼△
私の涙が止まって、落ち着いてからの食事は少しだけ冷えてしまっていたが、もともと熱々で作ってくれていたものはスムーズに食べさせてもらうことができ、私は一皿を完食することができた。
一口口に入れるたび、美味しい? と尋ねられて恥ずかしさを覚えたが、食事中に彼のせいでもなく泣いてしまったことに引け目を感じてアルディオスのしたいと思うように静々と従った。
「よく頑張りました。この分なら明日は一緒に朝食を食べられそうだ」
自分の分は手早く、でも美しい動作で食べ切ったアルディオスは嬉しそうに言って、少しの歓談のあと入浴する私と別れた。
「ミュリエル様、もしお身体の調子がよろしければ、今日からは私にお手伝いさせてくださいませ」
昨日と同じバスルームで石鹸に手を伸ばそうとした私に、後ろから声がかかる。見れば彼女の服装は侍女服ではなくオフホワイトのブラウスとドロワーズに変わっていた。そこから伸びる手足が眩しい。
まっすぐ見てくる視線に私は目を瞬いた。
「え、あ・・・」
「痛みがひどいようならばご自分でなさるのがいいかと思っているのですが。アルディオス様との初夜に向けて、身体の磨きをかけさせていただきたいのです」
本来貴族の娘であれば入浴は複数人の侍女に任せるのが普通だ。レネは私付きの侍女と説明にあったが、流石に昨日は気遣ってくれたのだと理解する。
「そ、そうですよね。わかりました。お願いします」
「ありがとうございます。ではお背中から流して参りますね」
昨日寝入った私にマッサージも施してくれたのだろう彼女の手は、石鹸を持ちタオルの上を何往復もして、いい香りのする泡を作る。それを背中にそっと滑らせて、時折声をかけてくれながら脇の下や二の腕を洗ってくれる。
肘はタオルで包みながら擦り、揉んでくれた。とても優しくて、ついうっとりしてしまった。
「それでは、こちらをむいていただけますか」
「あ、はい」
「もしよろしければ手は私の肩をつかんでください」
言われた通りレネに向き合うと、私より少し背の高いレネの肩に手を置く。シャツはどうしても濡れてしまうが、きっと今着ている服はこの入浴が終われば変えるのだろうから、気にしなくても良いだろう。
「では、胸に触れさせていだきますね」
「はい、あまり、ないですが」
そうなのだ、アルディオスはとても整った顔立ちで、服の上からも分かるほど均等のとれた体つきをしている。今日明るい部屋でかなり近い距離で食事を共にして、それを強く感じた。
比べるまでもなく、私の身体は貧相だ。食事を満足に取れていないせいで白く細い身体。薄まったとはいえ全身に幾重にも痣が残る。これでは初夜どころかその、そういう気持ちになることすらできないだろう。
流石に私もあとわずかで16になる娘。いくら教育を受けさせて貰えなかったとは言え、コウノトリが子供を運んでくると信じているわけではない。
「これからですわ、ミュリエル様」
いつもと変わらぬ表情で、慰めの言葉をくれたレネ。彼女は感情の起伏が顔に出にくく、無表情でいるからと言って気分を損ねているわけではないのは、ちょっとずつわかってきた。水晶の灯によって輝くような金の瞳が細められる。
泡を纏った手がささやかにあるふくらみを下から支え、鎖骨あたりまで撫でる。また泡をつけた手が今度は脇の下から胸を寄せるように動き、そのままくるくると小さな円を描く。
「ん」
「もし、痛みを感じたのなら教えてくださいませ」
「だいじょうぶ、です」
今度は人差し指で乳輪をくるくると撫でられ、変な声が漏れた。自分でも意識して触れたことのない、乳首が少し立ち上がる。しかし、指の感触を感じる事はなく、泡を胸の頂にたっぷり乗せられた。
「あ、ん」
何度も胸の上を滑る掌に、泡はしだいに溶けてにゅっちゅ、にゅるとちょっと恥ずかしい音が立つ。耳を犯されるような気持ちになって、ぞわぞわとした感触がして私は思わず目をギュッとつぶった。
そうして存分に洗われた後、レネは耳元でささやいた。でも、そうなってしまったのは私の力が抜けて、肩にすがるようになってしまっていたからだ。
「少し足を開いていただけますか」
「あ、はぅ、はい」
私は慌てて腕に力を入れて、もとの姿勢に戻った。あばらの浮く腹を撫でていた手が腿のつけ根までいき、言われるがまま彼女を挟むように足を開く。恥ずかしさはあったが、その優しい手つきは安心感を与えてくれる。
レネは胸の頂と同じように、茂みには触れずに泡をたっぷり落とし、腿を少しずつ揉みしだくように撫でる。昨日のマッサージを思い起こされる心地よさに、私はほう、と息をついた。
△▼△
昨日と同じいい香りのするお湯に肩まで浸かり、温まった私は脱衣室のベッドの上で治療とマッサージを受けていた。心地いいのは変わらないが、昨日と違い仰向けになった後も意識を保っていられた。レネは透明のボトルを傾けて、顔にも化粧水やクリームを塗ってくれる。
「やはり、少し目尻が赤いですね。蒸しタオルを置かせていただきます」
うなずくのを見て、レネは温かなタオルを置いてくれる。原因はわかっているのだが、今塗ったクリームを浸透させる意味合いもあるようでほっとした。香油のバラの香りとは違う、うっすらと香る花にリラックスできた。
気持ち良さに身を委ねていると、前触れなく私の手の甲を何か柔らかい毛のようなものが撫でる。
「ひやっ、な、何?」
「筆、でございます。化粧などで紅をさしたりする」
私は使った事はないけれど、義妹のドレッサーの前にはあったような気がする。こんな感触がするのか。くすぐったい。
「ミュリエル様、乳首を意識して洗われたのは初めてでしょう。たっぷり、香油を塗らせていだきますね」
「えあ、はぁ」
私の気の抜けきった返事に、レネがどんな表情をしたのかはわからない。ただ、湿った感触の筆が外側から頂を目指すように方向を変えて、何度も何度も胸を撫でる。その動きはまるで何かを絞り出そうとしているようで、先程の指を思い出させるのには十分だった。
次第に、少し硬さを持った右の頂の周りをクルクルと動かされる。私の右手はいつの間にかベッドの端を掴んでいた。
「レネ、あの、あ!」
タオルを外してもいいかと言いかけた口は不意に頂を掠めた刺激に驚いてしまう。何度も肌を撫でる筆は少し離れては、またぺっとりとした感触に戻るを繰り返していた。筆が乾くたび香油を追加されているようだ。
ちょっとずつ擦り込まれる刺激に私はこれ以上変な声をあげてしまわないように、自分の口を手で塞いだ。
「ミュリエル様、次は左で今日はおしまいですので」
こくこくと、うなずく。斜め上でくすりと笑った声がして、すでに少し硬くなっていた左の胸も同じように周りから塗り込まれていく。口を塞いでいて、耳の奥の自分の鼓動が早くなっているのを感じる。
これは、治療なのに、なんで。
「ふ、ぁ」
仕上げとばかりに、頂にこしょこしょと撫でるように筆を動かされ、肩がびくりと跳ねてしまった。何かが置かれる音がする。続いてとぷんと液体が瓶の中で傾いた音がして、レネは手での腹部や腿のオイルマッサージへと移っていった。
△▼△
マッサージを終えて、脱力しきった私に薄紫のネグリジェを着せてくれる。昨日着ていた白いものと色違いのようで、こちらも手首に緩いゴムのついた長袖である。丈も膝が隠れるほどに長く、前開きのものを腰のところで蝶々結びに留めている。肌触りが良くて、こんなところにまで気を遣ってくれるのがこそばゆかった。
「今日からは、こちらでお休みください」
レネに導かれるがまま、ドアを抜けた向こうには見覚えのない寝室。全体的にモノトーンでまとめられ、床に敷かれたカーペットとベッドとチェスト、ぼんやりと光る水晶のような照明がいくつかあるだけだ。
今日寝ていたベッドよりも倍くらい大きい。黒い薄布の天蓋までついていて尚且つそこに座っている人に私は眠気が一気に覚めた。
「あ、アルディオス様!」
「やあ、ミュリエル。待っていたよ。こちらへおいで」
振り返るとレネの姿はもうなく、扉も閉じられている。そこに立っていてもしょうがないことをしばらく察して、私はゆっくりと歩み寄る。彼は瞳と同じ黒のナイトガウンを着ていて、私があと一歩、という所まで来るのをとても嬉しそうに見守っていた。
「その様子だとレネは何も言わなかったようだけれど、今日からは寝室は一緒。ただでさえ君といる時間が短くて寂しいんだ。僕のわがまま、聞いてくれるかな」
「あの、でも、その」
「安心して、寝る前に少し今日あったことを話して、同じベッドで寝るだけ。見てわかるようにかなり広いし、ミュリエルが嫌がる事はしないよ」
見れば、ベッドの中央にはクッションが並び、一応分けられている様だ。小首を傾げて上目遣いをする美丈夫に、逆らえるだけの理由は持っていなかった。
「・・・わかりました。慣れるまで、左右に分かれてでいいのですよね」
「僕は一緒にいられるだけで嬉しいよ」
私が同意すると、アルディオスは満面の笑みでぽすぽす、とベッドを叩く。隣にかければチェストの上にあったカップを渡された。
「これ、ホットミルク。クリスが寝つきがいいようにって、差し入れてくれた。ミュリエルは少しでも栄養を取った方がいいだろうし」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「うん、どうぞ」
ゆっくりと口をつけると、ちょうど良い温かみと甘さにほっとする。緊張していた身体がほぐれるようだ。
「美味しい・・・」
「ね、安心する味だろう?」
「ええ、とても甘くて。何か、蜂蜜のようなものが入っているのでしょうか?」
「さあ、何がどのくらい入っているのかはクリスのみぞ知る、だよ」
空になったカップを私の手からチェストに移し、柔らかな布団を持ち上げる。力の抜けた身体をベッドに横たえさせてくれた。寝間着越しで感じるたくましい腕に、少しどきりとする。お父様の腕を思い出すことはできないので比べられないが、彼には若さもあるしかなり鍛えているのだろう。
「おやすみ、ミュリエル。良い夢を」
「・・・おやすみなさい、アルディオス様。良い夢を」
誰かに就寝の挨拶をするのも、言われるのもいつぶりだろう。酷く満たされた気持ちになって、私はすぐさま睡魔に身を委ねた。
「ミュリエル様、お気分はいかがですか」
声に僅かに右を向けば、昨日と同じく侍女服を纏ったレネが立っている。ゆっくりと体を起こすと、いい香りのお茶を差し出してくれた。
まるで、貴族の令嬢のよう。でも、ちゃんとした令嬢は日が傾くまで寝ていたりはしないでしょう。
私は欠伸を噛み殺して、取っ手が金の猫足のティーカップを受け取った。
「おはよう、レネ・・・ごめんなさい、ねすぎてしまったわよね」
「いえ、ぐっすりお休みになられているようでアルディオス様も安心されていました」
あの治療の後、結局私は一度も目を覚さなかったみたい。着替えやベッドまでの移動など、会ったばかりの彼女に頼り過ぎてしまった。
一口、お茶を飲むと全身が目覚めるような感覚になり、すっきりとした。もう一杯飲もうとして、くう、とお腹が鳴る。
顔が熱くなる。そういえば、2、3日液体しか摂取していない。あの家ではそれが当たり前すぎて麻痺してしまっていたけれど、久しぶりにゆっくり睡眠が取れたため他の欲まで動き出してしまったようだ。
お腹を抑えていた私に、レネは声をかけてくれる。
「何か、軽食をお持ちしますね。ですが、アルディオス様ができれば夕食は共にしたいと仰っておりました」
「あの、いいんでしょうか、私などが」
「そのようにご自分を卑下されるのは、仕方のないことかもしれませんがどうかアルディオス様の前ではお控えください。悲しまれてしまいます」
そう、なのだろうか。私にとって彼は命の恩人とも言える人だが、そこまで彼のことは理解が進まない。ただ、優しい人なのだとは思う。奴隷・・・彼曰く花嫁に対して唯一の命令が自傷行為の禁止なのだから、たとえ誰が相手でも私を傷つける姿は見たくないというのは本当だろう。
「気を、つけてみます」
その言葉に、レネは少しだけ笑みを浮かべて一礼すると、部屋を出て行った。
△▼△
纏うのは、濃紺のワンピース。袖口には白のレースと金のボタンがついて、長袖になっている。コルセットは傷が完治してから、とレネに説明された。ドレスの裾が足首まであり、袖口と同じ白いレースが可愛らしい。締め付けがほとんどなく、極力露出もないのがありがたかった。
ただ、レネに着替えさせてもらった時に驚いたのだが、私の身体の痣や火傷の跡は治療をうける前よりも明らかに薄くなり、肌が引きつるような痛みも減っていた。流石に1日で全てが消えることはないが、ポーションの効き目はすごい。
夜の帳のおりた部屋は、とても落ち着いた雰囲気でこの屋敷の主人の趣味の良さがうかがえた。暖炉には薪がくべられ暖かい。生家とは異なり、彫刻や絵画などの装飾品などは全くなかったが、所々に生けられた花が互いに美しさを引き立たせていて、私の目の和ませてくれる。
「ああ、ミュリエル。ゆっくり休めたかな」
「はい、ご主人様、この度は」
「昨日訂正しそびれたけど、アルと呼んで。君は僕の花嫁なんだから」
「ええと・・・では、アルディオス様と」
「まあ、最初はそれで良いよ。ミュリエルのお披露目会までには慣れようね」
レネのアドバイス通り、今の私ができる精一杯の歩み寄りに、アルディオスは漆黒の瞳をほころばせる。それを見て、彼女の言ったことの正しさを知る。こんなことで喜んでもらえるのなら、あのお金に程遠くても、尽くしていけるかもしれない。
私は必死に記憶の底から引っぱり出したカーテシーを、ゆっくりと行う。以前やったのは4歳の誕生日だから、スカートをつまんで広げる動きはぎこちないものではあったが、体の痛みなどを感じることはなかった。
「アルディオス様、改めて、助けていただきありがとうございました」
「本当にミュリエルは真面目で、心が美しいね。こんな僕にお礼を言うだなんて」
真っ白なテーブルクロスの上に、温かな食事。燭台の火が風もないのにゆらゆらと揺れていて、とても幻想的だ。こちらへと給仕服に身を包んだクリスに導かれたのは、すでに席についていたアルディオスのすぐ左の席で。その距離に驚く私に笑いながら教えてくれる。
「この国では妻には夫が給仕するんだ。今日は、消化に優しいものを料理長に作らせたから、一緒のメニューじゃないけれど」
「あ、あの。お気遣いいたみいります」
「頑張って完食を目指そうね」
そう言って、白く深い丸皿から小さな具がたくさん入ったリゾットをすくうと、ふうと息を吹きかけて私の口の前へ差し出す。
こんなふうに誰かと食事をしたり、ましてや気遣ってもらうことなどいったいいつぶりだろう。
この屋敷へ来てからの高待遇ぶりに、何度もそう思ったはずなのに、このタイミングで一筋頬から涙がこぼれ落ちていた。一度意識してしまったら次から次へと溢れて止まらなくなってしまう。
「ミュリエル!? リゾット、嫌いだった?」
慌ててスプーンを皿に戻す彼に、私は自分で涙を拭いながら首を横に振る。
「じゃあ、キノコが嫌いだった? ああ、泣かないで。君に泣かれると僕はどうしたらいいのかわからなくなる」
「いえ、こんなに、優しくしてもらえたのが、久しぶりすぎて」
「・・・」
「も、もうしわけありません。こんなつもりじゃ・・・」
「何も怖がることはないよ」
その言葉に、はっと顔をあげる。形の整った眉尻を下げたアルディオスが、私の目の前にいる。
「僕の国に、ミュリエルを虐げる者はいない。君は待ち望まれた花嫁。ゆっくりとでいいから、愛されていることを実感して」
その言葉に、真摯に見つめる彼に、また涙が溢れてしまった。どうして、こんなに優しくしてくれるのだろう。
・・・まさか、ほんとうにあいしているからなのでしょうか?
△▼△
私の涙が止まって、落ち着いてからの食事は少しだけ冷えてしまっていたが、もともと熱々で作ってくれていたものはスムーズに食べさせてもらうことができ、私は一皿を完食することができた。
一口口に入れるたび、美味しい? と尋ねられて恥ずかしさを覚えたが、食事中に彼のせいでもなく泣いてしまったことに引け目を感じてアルディオスのしたいと思うように静々と従った。
「よく頑張りました。この分なら明日は一緒に朝食を食べられそうだ」
自分の分は手早く、でも美しい動作で食べ切ったアルディオスは嬉しそうに言って、少しの歓談のあと入浴する私と別れた。
「ミュリエル様、もしお身体の調子がよろしければ、今日からは私にお手伝いさせてくださいませ」
昨日と同じバスルームで石鹸に手を伸ばそうとした私に、後ろから声がかかる。見れば彼女の服装は侍女服ではなくオフホワイトのブラウスとドロワーズに変わっていた。そこから伸びる手足が眩しい。
まっすぐ見てくる視線に私は目を瞬いた。
「え、あ・・・」
「痛みがひどいようならばご自分でなさるのがいいかと思っているのですが。アルディオス様との初夜に向けて、身体の磨きをかけさせていただきたいのです」
本来貴族の娘であれば入浴は複数人の侍女に任せるのが普通だ。レネは私付きの侍女と説明にあったが、流石に昨日は気遣ってくれたのだと理解する。
「そ、そうですよね。わかりました。お願いします」
「ありがとうございます。ではお背中から流して参りますね」
昨日寝入った私にマッサージも施してくれたのだろう彼女の手は、石鹸を持ちタオルの上を何往復もして、いい香りのする泡を作る。それを背中にそっと滑らせて、時折声をかけてくれながら脇の下や二の腕を洗ってくれる。
肘はタオルで包みながら擦り、揉んでくれた。とても優しくて、ついうっとりしてしまった。
「それでは、こちらをむいていただけますか」
「あ、はい」
「もしよろしければ手は私の肩をつかんでください」
言われた通りレネに向き合うと、私より少し背の高いレネの肩に手を置く。シャツはどうしても濡れてしまうが、きっと今着ている服はこの入浴が終われば変えるのだろうから、気にしなくても良いだろう。
「では、胸に触れさせていだきますね」
「はい、あまり、ないですが」
そうなのだ、アルディオスはとても整った顔立ちで、服の上からも分かるほど均等のとれた体つきをしている。今日明るい部屋でかなり近い距離で食事を共にして、それを強く感じた。
比べるまでもなく、私の身体は貧相だ。食事を満足に取れていないせいで白く細い身体。薄まったとはいえ全身に幾重にも痣が残る。これでは初夜どころかその、そういう気持ちになることすらできないだろう。
流石に私もあとわずかで16になる娘。いくら教育を受けさせて貰えなかったとは言え、コウノトリが子供を運んでくると信じているわけではない。
「これからですわ、ミュリエル様」
いつもと変わらぬ表情で、慰めの言葉をくれたレネ。彼女は感情の起伏が顔に出にくく、無表情でいるからと言って気分を損ねているわけではないのは、ちょっとずつわかってきた。水晶の灯によって輝くような金の瞳が細められる。
泡を纏った手がささやかにあるふくらみを下から支え、鎖骨あたりまで撫でる。また泡をつけた手が今度は脇の下から胸を寄せるように動き、そのままくるくると小さな円を描く。
「ん」
「もし、痛みを感じたのなら教えてくださいませ」
「だいじょうぶ、です」
今度は人差し指で乳輪をくるくると撫でられ、変な声が漏れた。自分でも意識して触れたことのない、乳首が少し立ち上がる。しかし、指の感触を感じる事はなく、泡を胸の頂にたっぷり乗せられた。
「あ、ん」
何度も胸の上を滑る掌に、泡はしだいに溶けてにゅっちゅ、にゅるとちょっと恥ずかしい音が立つ。耳を犯されるような気持ちになって、ぞわぞわとした感触がして私は思わず目をギュッとつぶった。
そうして存分に洗われた後、レネは耳元でささやいた。でも、そうなってしまったのは私の力が抜けて、肩にすがるようになってしまっていたからだ。
「少し足を開いていただけますか」
「あ、はぅ、はい」
私は慌てて腕に力を入れて、もとの姿勢に戻った。あばらの浮く腹を撫でていた手が腿のつけ根までいき、言われるがまま彼女を挟むように足を開く。恥ずかしさはあったが、その優しい手つきは安心感を与えてくれる。
レネは胸の頂と同じように、茂みには触れずに泡をたっぷり落とし、腿を少しずつ揉みしだくように撫でる。昨日のマッサージを思い起こされる心地よさに、私はほう、と息をついた。
△▼△
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「やはり、少し目尻が赤いですね。蒸しタオルを置かせていただきます」
うなずくのを見て、レネは温かなタオルを置いてくれる。原因はわかっているのだが、今塗ったクリームを浸透させる意味合いもあるようでほっとした。香油のバラの香りとは違う、うっすらと香る花にリラックスできた。
気持ち良さに身を委ねていると、前触れなく私の手の甲を何か柔らかい毛のようなものが撫でる。
「ひやっ、な、何?」
「筆、でございます。化粧などで紅をさしたりする」
私は使った事はないけれど、義妹のドレッサーの前にはあったような気がする。こんな感触がするのか。くすぐったい。
「ミュリエル様、乳首を意識して洗われたのは初めてでしょう。たっぷり、香油を塗らせていだきますね」
「えあ、はぁ」
私の気の抜けきった返事に、レネがどんな表情をしたのかはわからない。ただ、湿った感触の筆が外側から頂を目指すように方向を変えて、何度も何度も胸を撫でる。その動きはまるで何かを絞り出そうとしているようで、先程の指を思い出させるのには十分だった。
次第に、少し硬さを持った右の頂の周りをクルクルと動かされる。私の右手はいつの間にかベッドの端を掴んでいた。
「レネ、あの、あ!」
タオルを外してもいいかと言いかけた口は不意に頂を掠めた刺激に驚いてしまう。何度も肌を撫でる筆は少し離れては、またぺっとりとした感触に戻るを繰り返していた。筆が乾くたび香油を追加されているようだ。
ちょっとずつ擦り込まれる刺激に私はこれ以上変な声をあげてしまわないように、自分の口を手で塞いだ。
「ミュリエル様、次は左で今日はおしまいですので」
こくこくと、うなずく。斜め上でくすりと笑った声がして、すでに少し硬くなっていた左の胸も同じように周りから塗り込まれていく。口を塞いでいて、耳の奥の自分の鼓動が早くなっているのを感じる。
これは、治療なのに、なんで。
「ふ、ぁ」
仕上げとばかりに、頂にこしょこしょと撫でるように筆を動かされ、肩がびくりと跳ねてしまった。何かが置かれる音がする。続いてとぷんと液体が瓶の中で傾いた音がして、レネは手での腹部や腿のオイルマッサージへと移っていった。
△▼△
マッサージを終えて、脱力しきった私に薄紫のネグリジェを着せてくれる。昨日着ていた白いものと色違いのようで、こちらも手首に緩いゴムのついた長袖である。丈も膝が隠れるほどに長く、前開きのものを腰のところで蝶々結びに留めている。肌触りが良くて、こんなところにまで気を遣ってくれるのがこそばゆかった。
「今日からは、こちらでお休みください」
レネに導かれるがまま、ドアを抜けた向こうには見覚えのない寝室。全体的にモノトーンでまとめられ、床に敷かれたカーペットとベッドとチェスト、ぼんやりと光る水晶のような照明がいくつかあるだけだ。
今日寝ていたベッドよりも倍くらい大きい。黒い薄布の天蓋までついていて尚且つそこに座っている人に私は眠気が一気に覚めた。
「あ、アルディオス様!」
「やあ、ミュリエル。待っていたよ。こちらへおいで」
振り返るとレネの姿はもうなく、扉も閉じられている。そこに立っていてもしょうがないことをしばらく察して、私はゆっくりと歩み寄る。彼は瞳と同じ黒のナイトガウンを着ていて、私があと一歩、という所まで来るのをとても嬉しそうに見守っていた。
「その様子だとレネは何も言わなかったようだけれど、今日からは寝室は一緒。ただでさえ君といる時間が短くて寂しいんだ。僕のわがまま、聞いてくれるかな」
「あの、でも、その」
「安心して、寝る前に少し今日あったことを話して、同じベッドで寝るだけ。見てわかるようにかなり広いし、ミュリエルが嫌がる事はしないよ」
見れば、ベッドの中央にはクッションが並び、一応分けられている様だ。小首を傾げて上目遣いをする美丈夫に、逆らえるだけの理由は持っていなかった。
「・・・わかりました。慣れるまで、左右に分かれてでいいのですよね」
「僕は一緒にいられるだけで嬉しいよ」
私が同意すると、アルディオスは満面の笑みでぽすぽす、とベッドを叩く。隣にかければチェストの上にあったカップを渡された。
「これ、ホットミルク。クリスが寝つきがいいようにって、差し入れてくれた。ミュリエルは少しでも栄養を取った方がいいだろうし」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「うん、どうぞ」
ゆっくりと口をつけると、ちょうど良い温かみと甘さにほっとする。緊張していた身体がほぐれるようだ。
「美味しい・・・」
「ね、安心する味だろう?」
「ええ、とても甘くて。何か、蜂蜜のようなものが入っているのでしょうか?」
「さあ、何がどのくらい入っているのかはクリスのみぞ知る、だよ」
空になったカップを私の手からチェストに移し、柔らかな布団を持ち上げる。力の抜けた身体をベッドに横たえさせてくれた。寝間着越しで感じるたくましい腕に、少しどきりとする。お父様の腕を思い出すことはできないので比べられないが、彼には若さもあるしかなり鍛えているのだろう。
「おやすみ、ミュリエル。良い夢を」
「・・・おやすみなさい、アルディオス様。良い夢を」
誰かに就寝の挨拶をするのも、言われるのもいつぶりだろう。酷く満たされた気持ちになって、私はすぐさま睡魔に身を委ねた。
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