ドール

奈落

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目覚めると、その部屋の中は様々なアンティークドールに埋め尽くされていた。

目覚める…と言ったが、あまり正確な表現ではないかも知れない。
不意に覚醒したと同時に目の前の映像が飛び込んできたのだ。
まさに「映像」…映画を見ているように、撮影者のカメラを通して状況を認識しているようだった。
室内の状況を確認するために首を振るどころか、視線さえ動かすことが出来ない。
そう、自分自身の肉体も指一本動かすことが出来ないのだ。


ドアが開く音がした。
ゴロゴロと何かを動かしているようだ。
視界に男の姿が入ってきた。
男が持ち込んできたのは全身を映せる鏡だった。
男は鏡を俺の正面に置いた。
(?)
正面に置かれた筈なのだが、鏡には「俺」の姿は映ってはいなかった。
目に入っているのは椅子に座っている等身大のドール…少女の姿だった。
(もしかして、コレが俺なのか?)
男は俺の前に立ち、スカートの乱れを直し、腕の位置を調整した。
その行為は全て鏡に映っていた。
そして、腕を動かされた時、確かに自分の腕が動かされているのを感じた。
それはつまり、鏡に映ったドールの少女が自分自身であるという事だった。

「まだ、自分で体を動かさせる訳にはいけないんでね♪もう少し、このままで我慢していてくださいね。」
男はそう言うと部屋の外に出ていった。
残された男は、鏡に映る自分自身を見続けるしかなかった。
目を反らす訳にもいかない。
瞬きさえもすることはない。
カメラが捉えた自分自身の姿を見続ける…
可能であれば意識を失わせたかった。
が、ドールとなった俺は何もできない。

睡眠も食事も必要がない。
他のドールと同様、皮膚の下は空洞なのだろう。
内臓もなければ、血液さえ流れていない。
…ここに至り、俺は自分が「息」をしていないことに気が付いた…

今の「俺」はどういう存在なのだろう。
「俺」 という意識は存在している。
しかし、その意識はドールの内にあり、自ら動くことが出来ない。
…出来ない?…
男は「まだ」と言っていた。
時が来れば身体を動かすことができるということか?
とはいえ、動かすことができるのはこのドール…少女の身体…ということなのだろう。

気が付いくと、窓の外が明るくなってきていた。
夜が明けたということなのだろう。
もし、この部屋に時計があったとしても、俺はそれを見ることが出来ない。
血な通っていないこの身体では脈で時を計ることも出来ない。
唯一、窓の外の明るさだけが時の流れを意識させてくれる。
そして、三回程の朝を迎えた日、再び男がやってきたのだった。



「どうだろう。その身体には馴染めたかな?」
俺はその声に振り向いた。
俺はドアから入ってきた男を見ていた。
「えっ?」
声が出た。
その声は本来の「俺」の声ではなかったが、確かに俺が発した声だった。
…声が出る…振り向いていた…
男の言っていた「その時」が来たということなのだろうか?
「じゃあ、立ってみようか?」
(?)
男がそう言うなり、俺は椅子から立ち上がっていた。
それは俺の意思ではない。
男の言葉に身体が勝手に反応したかのようだ。
「何で?」
俺は男の方を向こうとしたが、今度は身体が言うことを聞いてくれない?!
少女の身体は当然のことだが、本来の俺の肉体より相当に背が低い。
その分視線の位置も異なっている。
「大丈夫。落ち着いてみて♪」
ゆっくりと身体の向きを変えた。
スカートが揺れ、俺の脚に触れた。
「歩ける?」
男の声に足が動いた。
目の前に男の胸が近づいてきた。
男の背はそれほど高くはないのだが、今の俺では男の顔を見るには振り仰がなければならない…

俺が男の前まで進み立ち止まると、不意に男の腕が俺を抱き締めた。
首を反らすと男の顔が見えた。
その目には涙が溢れ…
その滴が俺の頬に落ちてきた。
「おかえり…」
男が呟くと、俺は
「ただいま♪」
と応えていた。








男の命令がない限り、俺はこの身体を自由に動かすことができるようだ。
屋敷の外に出ることは許されなかったが、どの部屋にも自由に出入りができた。
俺の置かれていた部屋の隣の部屋には大きな肖像画が掲げられていた。
少女の肖像画…それは鏡に映る今の俺の姿と同じもの…
多分、この肖像画の少女に似せて造られたのだろう。

その肖像画を除けば、その部屋は俺の記憶に残っていた。
(あたしの部屋…何も変わっていない…)
それは「俺」の記憶ではない。
それは この身体に刻まれた、この少女の記憶に違いない!!
しかし俺は、その少女の記憶を自らの記憶として思い出してしまっていた。
「俺」の記憶が少女の記憶と混ざり合っている?
俺自身の記憶を追い始めたが巧くいかない。
「俺」の記憶がいつの間にか少女の記憶にすり替わってしまう。
学生時代からの親友…彼女の姿は俺と同じ女子制服に包まれていた。
母の顔を思い出そうとすると、今の自分に似た顔で優しい笑みを浮かべている。
父の顔…あの男の顔が重い浮かぶ…それはパパの顔に間違いない…

「あたしは誰なの?」
言葉にする度にあたしは「あたし」になってゆく。
この命はパパがくれたもの…
この身体は造りもの…
この魂は貰いもの…

「魂」
これがないとあたしは「あたし」とはなれなかったとパパが言っていた。
屈指のドール職人のパパでも、これだけは造り出せなかったようだ。
魂がなければ、あたしはただのドール…
あたしの姿を真似ただけの存在でしかない。
だから
パパはあたしの為に魂を手にいれてくれた。
「死にかけの男の魂をもらってきた。」
とパパが言っていた。
「巧くいって良かった♪」
とあたしを抱きしめてくれる。
「大丈夫。あたしはもうどこにも行かないわ♪」
あたしはパパの胸に顔を埋めていた。

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