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◎二年目、九月の章

■行商人父ふたたび

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 東方旅団の面々は最後の魔物を討伐すると一階の入り口で合流した。

「ねむい……」

 圭都が大きくあくびをすると何人かにもそれが伝播する。

 一同はまだログイン状態にあった。行商人父にクエストの完了報告をするためだ。

 玄関の自動ドアが近づく前から独りでに開く。ログイン中はオブジェクトに干渉できないはずだ。

 それぞれ疑問を呈しながらも様々な反応を示す。

「まいど。依頼を達成いただいたようですな」

 扉の向こうには行商人父がいた。

「成功報酬なんだろうな」

 晴は期待に目を輝かせている。

「皆さんの実力はたしかなようですな。というわけで、今後は皆さんに要石を売るようにしましょう」

 システムログから通知がくる。

 ――ロックされていた販売品の一部が解除されました。

 要石の価格を確認すると中々の値段である。

「……高くね?」

 晴は露骨にガッカリしていた。

「いまさらだけど、価格交渉したりして値段を下げる方法とかないのかな?」

 久遠は里奈の方に向いて訊ねる。

「そんな方法があるんならバザー品はもう少し安くていいはずでしょ」

「そりゃそうなんだけど」

 里奈は我ながらごもっともすぎる意見を返してしまったと反省する。

「そうでんなぁ。値引き言うんなら、実はウチら六人家族でこの街に商いにきてますねん。おたくさんらどうも娘と息子にはお会いになったようですな」

 行商人父はふむふむと何度も頷く。

「それでしたらウチら家族全員とお出会いになったあかつきにはメンバーカードをお渡ししましょ。これがあればウチら取り扱う商品を勉強価格で提供いたします。こんなんでどうでっしゃろう」

 どうだと聞かれて悪くはないかと思ってしまう。これで今後の取り組むべきことが一つ増えたということになる。

「それと三色烏が遂に揃ったんですな。そんなあんさんがたに朗報やで」

 行商人父は懐からゴソゴソと何かを取りだす。その手にはガラス玉のようなものの中に幾何学模様の何かが閉じこめられていた。

「これは?」

「マップを広げたらに瘴気領域の位置がわかる優れものですわ」

 瘴気領域とは要するに強制ログインゾーンのことだろう。その配置がわからなくて誰もが夜は外出できないというのにこれがあればすべてが解決するというのだ。

「瘴気地図っていいますんや」

 くれるのかと里奈は一瞬期待したが、それは次のセリフであっさりと瓦解する。

「こちらの品をお三方へ特別にお売りしましょ」

 ――やっぱりか。

 里奈はうなだれる。

「価格は一億ですわ」

 法外な価格だと里奈は言いそうになったのを久遠がたった一言で吹き飛ばす。

「わかった。買おう」

 そう言って久遠はあっさりと購入してしまったのだ。

「あなた、大丈夫なの?」

 頼果が心配そうに訊ねてくる。

「そりゃ高いとは思うけど、即決で買えないってワケじゃ……」

 そこで久遠はハッとした表情になる。これはまずいことをしたと気がついたようだ。

「久遠、あなたいくら持ってるかそろそろ白状しなさい」

 里奈が問い詰めにくる。

「まあまあ。僕も秘密の一つや二つあるんだよ」

 久遠は両手をあげて、少し引き気味である。

「でも、値段分の価値はあると思うよ。これがあれば強制ログインゾーンを避けられし、その逆もできる」

「そうかもしれないけど……」

 うまくはぐらかされたような気がするのだ。

「おおきに」

 行商人父は手をもみながら笑みを浮かべている。

 それから行商人父より買い物をする。それも終えて寮へ帰ろうかという時だ。

「君たち、ちょっといいかな?」

 晴より明らかに年上のよれよれの服装をした男子に呼び止められたのだ。



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