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◎二年目、八月の章

■久遠はやっぱり少女と出会う

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 八月に入ると夜になっても残暑は残る。ましてや走り続けるとなれば全身は汗だくである。

 ――まずい。まずい。

 強制ログインゾーンというのは話には聞いていたが、本当に実在するとは思っていなかった。

 夜に抜け出したこと自体に問題はなかったが、これが予想外だった。

「こっちだ!」

 そんなときにいつぞや聞き覚えのある男の子の声が響く。

「早く!」

 男の子はこちらの了承も得ずに手を握ってくる。ふてぶてしいヤツだと思ったが、魔物に囲まれているうえにログアウトもできないのであれば誰かの助けはありがたい。

 向かってくる魔物は最小限に討伐して、この場を切り抜けることを最優先しているようであった。

 やがてまわりからまとわりつく嫌な空気は消え失せて、ログアウトができる状態になる。

「もう少し走ろう」

 男の子の申し出を断る理由もない。

 近くの公園のベンチで一休みすると男の子は冷たいペットボトルのドリンクを手渡してくる。

「夜に出歩くのは控えた方がいいよ」

 男の子は注意を促してくる。そうは言われてもこちらも好きで出歩いていたわけではない。

「気をつけます」

 ドリンクについては好意として受け取っておく。

 男の子も自分の分を口にしている。正直、喉はカラカラだったので、自分も飲むことにした。

「僕は古輪久遠ふるわくおん。三月二八日生まれの十一期生だ」

 君は? ということなのだろうが、どうしてとも思ってしまう。どうせ休憩が終われば二度と会うこともないし、会う気もない。

 久遠は「まあ、いいけど」とばかりにやれやれと肩をすくめる。

「これから行くアテはあるのかい?」

 図星だった。これには思わず顔を見あげて、久遠の顔を仰ぐ。

「僕についてくるなら今晩の宿くらいは提供するよ」

 言っておくけどと付け加えられる。久遠にとっては自分を連れて帰ることにメリットは一切ないのだという。何なら怒られるくらいだと。

「だから、名前くらいは名乗ってほしいんだよね、僕としては」

 どうすると迫られる。要は名乗れば久遠という男の子について行くという意思表示になるということだった。

 たしかに寝泊まりする場所には困っていたところだ。では、どうして返事を渋っているのかというと主導権を握られているのが気に入らなかったのだ。

「どうする?」

 ダメ押しだった。思わずぎりりと奥歯を噛んでしまう。

「……私は蔵脇頼果くらわきらいか。四月一日生まれの十一期生よ」

 久遠はすっと近づいてきて頼果のかけていたメガネを外す。

 しまったと思ったが、久遠は少し目を大きく見開いたものの、すぐに平常な顔に戻る。

「どうして素顔を隠してたんだい?」

「答える必要が?」

 頼果はあからさまに不機嫌な様子で逆に訊ねた。

「いや、たしかにその通りだ」

 久遠はメガネを返してくる。

「どうしてメガネを取ったの?」

 そう問われて久遠は少し考えこむような様子を見せる。

「そうだな……。君に何やら不誠実なことをされているような気がしたから、かな」

「何それ?」

「さあね」

 久遠は頼果に背を向けてさっさと歩きだす。

 呼びかけもしないなんてどっちが不誠実なんだと頼果は久遠の背中に向けて舌をべっと出す。

 それでも久遠に指摘されてから不思議とメガネをかける気にはなれなかった。
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