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◎二年目、七月の章

■女の子は名乗りもせずに去って行く

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 戦闘後、久遠と浩和はハッとなった様子で顔を見合わせる。

「君……」

 久遠は女の子に声をかけようとする。

「私はこれで」

 女の子はパーティーから早々に離脱して走り去ってしまう。久遠は話を聞きたい様子だったが、走り去るのをただ見送ってしまう。

「追いかけなくてよかったの?」

 由芽は久遠に問いかける。

「多分正解だと思う」

 そうは言ったものの久遠は考えこんでいるようだ。

「いやぁ、ボス戦で勝利するなんて考えてもみなかったよ」

 あははと浩和は朗らかに笑う。

「スゴいです! どうしたらあんな風に戦えるんですか?」

 伊織は興奮気味に久遠へ顔を近づける。聞いたところで真似できる人間はいないだろうと由芽は思ってしまう。

 ぐいぐいくる伊織に久遠も少し引き気味だ。

「君たちにもう一つお願いがある」

 浩和は改まった様子でこちらに顔を向ける。

「どうしたんですか?」

 由芽が訊ねると浩和は伊織の右肩にポンと手を乗せる。

「伊織を君たちのクランで面倒見てやってくれないか?」

 これには由芽や久遠も驚いた様子だった。圭都は特に表情を変えないのでわからない。

「一応、僕らのクランリーダーがいるので相談してからということにはなりますが」

 構いませんかと久遠は条件をつける。伊織を見ている限り里奈なら入団をさせてくれそうではある。

「そいつはよかった。俺も伊織を一人置いて東京を出るのは心苦しかったからさ」

 そういえばそうだった。彼は遅くとも明日には東京を発つのだ。

「というわけで、俺はそろそろ行かせてもらう。最後に楽しくプレイさせてもらったありがとう」

 浩和はパーティーから抜けて去ろうとする。

「もう行くんですか?」

 由芽の質問に浩和は答える。

「もう未練はなかったんだ。それが少し延長されていただけさ」

「浩和さん」

 伊織がペコリと深々お辞儀をする。それに浩和は近づいて伊織の頭をポンポンとなでる。

「あ、そうだ」

 思い出したという表情に浩和はなると久遠にそっと耳打ちする。

「どうして、その話を僕に?」

 聞かされても困るという表情に久遠はなっている。要するに引きつっていた。

「伊織はなついた人に一直線になるからね」

 頼んだと最後に一言残して浩和は去っていく。

 それを由芽たちはしばらく見送る。

 不意に隣にいた伊織へ視線を向けると「浩和さん」と名前を呼びながら泣いていた。

 東京にはこういう出会いと別れが溢れている。その一幕であった。
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