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◎二年目、五月の章

■あれこれ考えたが、里奈たちはとりあえず寮へ戻ることにした。

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 光が子供を無事に産んだという報告は一同に安堵感を与えるものであった。

 元気な男の子らしい。

 晴は姉の付き添いで病室に泊まるということだが、久遠たちはそういうわけにもいかない。

 明里と葵はいったん拠点に戻るとなり、里奈たちも寮へ戻ることにした。

 いまはタクシーの中だ。

「久遠も太っ腹よね。明里さんたちの分までタクシー代持つなんて」

「ケチって徒歩で帰られて、何かあるよりはよっぽどいいだろ」

 それはそうなのだがと里奈は思うのだ。久遠は人に対してお金を使うときは恐ろしく気前がいいように思えるのだ。

 いくら持っているのかと訊ねても教えてくれない。この点についてはとにかく口が堅かった。

「強制ログインゾーンが可視化できればいいのに」

 里奈は思わずぼやく。

「案外あるかもしれないけどね」

 でなければ、攻略ができないと久遠は言う。

「東京迷宮って言われてみればゲームなのよね」

 その割には物騒だと里奈は思うのだ。その原因というのは実際のお金で取引をするせいだろう。

 一歩間違えれば小岩のようになってしまう。もっとも里奈には十代で相当額の借金を背負わされる意味を十分には理解していない。

「十年も経っているのにいまだに謎は多いからね。ゲームクリアしたって人の報告もないしさ」

 ゲームクリアはスカイツリーに行って、そこにいるボスを倒すことである。きわめてシンプルな課題だが、不思議と達成したという話は聞かない。

 というのもスカイツリーについての情報がまったくと言っていいほど流れてこないのだ。

 ホラーのような話だが、スカイツリーへ向かうパーティーは一定周期で現れる。

 一方でそのパーティーがどうなったのかという話が一切ないのだ。

 まるで、最初からそんなパーティーは存在していなかったかのように、である。

「今日はさすがに疲れたね」

 由芽はあくびをする。

「お風呂は意地でも入るわよ」

 久遠はどうするだろうか。でも、里奈は決めていた。

「一番風呂は私だから」
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