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衝撃と混乱
しおりを挟む昨日から泊まっているスイートに瑠璃は時間を過ぎても現れなかった。
(変だな…瑠璃は時間より早く行動したがるほうなのに…)
だが、旅館の用事で少し遅れているのかもとソファーに座って待った。
それでも、約束の時間を過ぎても連絡一つないことに胸騒ぎがした。
(遅れるなら遅れるで連絡ぐらいはする筈なのに………)
そう思っていたら電話が鳴った。
(瑠璃か…)
と、思ってホッとして画面を見たら真壁だった。
「どうした?今日は用があっても連絡するなと言っておいただろう?」
拓馬が聞いた。
「社長!大変です!一条瑠璃様が救急搬送されました!」
真壁の何時になく慌てた声が飛びこんでくる。
「え………?」
一瞬咀嚼できなくて聞き返した。
「土方が!土方が車で瑠璃様を跳ねたんです!京鴬医大の救急に運ばれたそうです!すぐ降りてきてください!」
真壁が言った。
(………)
一瞬で頭が真っ白になる。
「土方が…なに……?」
思わず呟く。
「瑠璃様が社長の想い人だってどうやって知ったのかは知りませんが!とにかくアイツは瑠璃様を殺そうとして車で突っ込んだんです!うちのホテルの目の前でです!至急お連れしますから!早く!」
真壁が電話の向こうで怒鳴った。
真っ白の頭のまま、バッグ1個だけ持って上着すら着ないでシャツとスラックスだけのままで部屋を飛び出した。
(瑠璃が………)
何かを考えたいのに、それすらできない程の動揺が拓馬を襲う。
「社長!こっちです!」
全力でロビーを駆けだしてきた拓馬に真壁が声をかけた。
「何が!何があったんだ!」
車に乗り込むや否やで、拓馬が真壁に聞いた。
「解りません!土方がどうしてここに居るのかも含めてです。園田にはすぐ調べろとは命じてあります!たまたまコンビニに行こうとして私が部屋を出て下に降りた時にロビーで交通事故だと騒いでて、事故相手の車を確認したら運転席に土方がぐったりしてて。そのときはまだ土方が誤って事故を起こしたのかなと思ってて。でもあまりに大破してる車と二台も他の車が巻き込まれてるからと近くのタクシーに聞いたら、わざとに突っ込んだんだと聞かされて。救急車が着いてから一条の若女将だってロビーが騒然としたんで、すぐ搬送先を確認して、車を回しました。私にもまだ全然事情は解りません!何故土方がというのも含めてです!」
真壁がまくしたてるように言った。
(俺が?俺が土方をこっぴどく振ったからか?)
土方はずっと秘書として自分の動向を見てきている。
自分が一条に執着していたことも含めて。
(そして東京の俺のデスクの伏せてある写真立てには………)
瑠璃の写真が入れてある。
(土方はそれを見る機会があったはずだ…一条に来て…あの写真が瑠璃だと気が付いた…?)
土方は切れる女だから、一条に来た時に瑠璃を見て気が付いたのだ。
一条への自分の異常な執着と、この買収劇についての本当の意味と自分の目的に。
(だから…宿でも焦ってあんな行動を……?)
瑠璃がただの一過性の相手ではなく、自分がずっと想っている女だと気が付いた?
そして執着があったなら自分の後を付け回していたはずで。
何らかの形で、瑠璃と自分が密会していると思い込んだ?
(俺が………俺がここに瑠璃を呼び寄せたからなのか………)
そうでなければ土方がこんな行動をする理由が無かった。
仮に瑠璃が自分の想い人だと気が付いても、瑠璃との接点が失われているなら過去の女という形になる。
だが迂闊にも俺が瑠璃と接触したから。
ホテルに呼び寄せたから。
(どこからか見てたんだきっと………)
吐きそうな程、頭がガンガンした。
(疫病神だ…俺は……)
俺さえ此処に現れなければ………。
「社長!着きました!」
真壁が言うや否やで拓馬が車から飛び降りる様にして降りた。
運転手に車をまかせて真壁もすぐ後に続いた。
そして必死に夜間外来の受付で救急の場所を聞いた。
その場所へと必死で走ると前方に何人かの人が居た。
「拓馬!」
その中の一人が拓馬を見ていきなり立ちあがってズカズカとやってきて、いきなり力いっぱいスパーンと平手を見舞った。
「ちょっ!」
真壁が驚く。
「あんた!最低よ!こんな………瑠璃にこんな!」
麻耶がボロボロ泣きながら鬼のような目で拓馬を睨んだ。
「この疫病神!瑠璃に何がしたいのよ!あんたはそんな酷いことしないと信じてたのに!瑠璃を轢いたん、あんたとこの社員って!最低じゃん!」
麻耶が更に食って掛かろうとするのを
「麻耶!」
と、強い声が止めた。
「止めんといて!堅三郎さん!」
と、麻耶が言うのを
「麻耶!下がり!」
堅三郎が強く言った。
「堅三郎さん………」
麻耶が何時になく堅三郎が厳しい顔なので勢いを無くした。
「もー………。アカン子ぉやな?麻耶は。どうせ中途半端に立ち聞きしたんやろ?それやったらダメ言うたろ?ええ子にして下がっとき」
堅三郎がいつもの口調で微笑む。
「藤堂はん?御用なら僕が承りまひょ」
堅三郎が言った。
拓馬が堅三郎を見る。
「瑠璃は…瑠璃の病状は…?」
拓馬が聞いた。
「そんなんまだ解りまへんわ。ただ、ノーブレーキでスポーツカーで人一人に突っ込んでますねん。その時にぶつかった車は2つでどちらも大破。どえらいスピードで行きはったんは間違いおまへんやろなぁ?」
言葉だけは柔らかく、でも厳しい声音で堅三郎が言った。
拓馬がその言葉にふらつきそうなほどの眩暈を感じた。
「それで?あんさん何しにきはったんです?ちゅうか。瑠璃ちゃんがあのホテルに行ったんは、あんさんが呼び出したからと考えて間違いおまへんのやろ?」
堅三郎が剣のある声で聞いた。
拓馬が無言で頷く。
「何の用で?」
と、堅三郎が重ねて聞いた。
拓馬が手に持っていたビジネスバッグから茶色い封筒を取り出す。
「やっぱり!瑠璃を陥れる気やったんやね!」
堅三郎の後ろに居た麻耶が切れて怒鳴る。
「麻耶!」
それを堅三郎が遮る。
「お預かりしまひょか?」
堅三郎が手を出して、拓馬が震える手でそれを渡した。
「それだけ……渡したら…帰るつもりで」
拓馬が呟くように言った。
そしてビジネスバッグがポトリと拓馬の足元に落ちて中身が見事にぶちまけられる。
受け取った茶封筒の中身を堅三郎が平然と取り出して、じっと眺めてから
「ふん。まあ、そうやなかったら許さんとこですけどな」
と、言った。
「それを…瑠璃に……渡してくれ………」
とだけ言い置いて、拓馬が踵を返そうとする。
その拓馬を後ろから引っ張って振り向かせて、堅三郎がいきなりの右ストレートを見舞った。
拓馬の身体が吹っ飛んで病院の廊下の壁に激突する。
「ちょっ!何するんですか!」
真壁が拓馬を庇う様に食って掛かってくる。
「東京のお人はおっとりでんなぁ?僕こう見えて男四人兄弟ですねん。こんなん喧嘩のうちに入りまへんて」
堅三郎が涼しい顔で言った。
「だからっていきなり!」
真壁が食って掛かる。
それを無視して堅三郎が拓馬のシャツをひっつかんで立たせた。
「もういっぺん殴らんと目ぇ覚めまへんか?」
堅三郎が拓馬を睨む。
「俺は!瑠璃にそれを戻して瑠璃の前から金輪際消えるつもりで!アンタとの縁談を邪魔しないために!瑠璃に知られる前に全部元に戻して!それで……」
拓馬が言いかけるのを堅三郎が遮る。
「麻耶がこの様子なら、既に瑠璃ちゃんは一条の土地建物が藤堂名義に変わってるって知ってるに決まってますな?あんたはんも知っての通り、麻耶は瑠璃ちゃん大好きやからね?心配で僕ら兄弟の会話すら探ってたくらいやから。知ったなら麻耶が瑠璃ちゃんに言わん訳がなか。ほならもう瑠璃ちゃんは事実を知ってた」
堅三郎が淡々と言った。
拓馬がそれに目を見開く。
「あんたはん、久我を舐めすぎやで。僕らがアンタはんに手を出してないのは、あんたはんがホンマに瑠璃ちゃんに惚れてて?一条の土地と建物を取り返そうとしてるだけやと踏んだからや。瑠璃ちゃんに惚れてるアンタと。翡翠はんに惚れてた京都の極道界の重鎮はん。どっちも惚れた女の為に隠れたまま、何とかしようとしてはったと解ってたから、ほってただけやで?そうでのーたら、とうの昔にぼろ屑みたいに、いてこましてまんがな。何のために親父が僕を一条に送り込んでると思てんねん」
堅三郎が言った。
「それで…事情知ってる瑠璃ちゃんは…それでも、あんたはんに会いに行った…瑠璃ちゃんはあんたはんが何しようとしてるか、半分しか知らへんな。せやから土地と建物はもう戻らんと、あの子の性格なら、あっさり諦めるやろ。その上で、それでもあの子は、あんたはんとの約束守ろうとして、ホテルに行ったんとちゃいますのか?」
堅三郎が重ねた。
「解ってる!俺の所為だ!俺が執着して瑠璃に無理難題を吹っ掛けたから………だから………」
拓馬が苦しそうに呟く。
「あんたな……自分が去った後…辛かったの自分だけやと思てんなら、真面目にもう一発殴るで?」
堅三郎が声のトーンを更に落として拓馬を睨む。
「え………?」
拓馬が聞き返す。
「僕は瑠璃ちゃんの幼馴染やで。あの子が婚約者と別れた後のことは僕も見てた。可哀そうなほどげっそりやつれて。」
と、堅三郎が拓馬を睨む。
「僕と瑠璃ちゃんは小さい頃からの親友や。何でも愚痴りあって来た。あの子が婚約者を好きなまま。せやけど縛り付けたらいかんのやて言うて泣きながら悪役演じたんも知ってる!」
堅三郎に言われて拓馬が目を見開く。
「嘘だ…なら俺は……なんて………」
拓馬が呆然と呟く。
「酷い事をて?せやなぁ。めっちゃ酷いよなぁ?ほならどうやって償いますのん?」
堅三郎が片眉を上げて聞いた。
「どう……どうって……俺はせめてアンタとの結婚を元に戻して消えようと」
拓馬が言った。
「アンタはん、おっきな目玉付けてはるけど?その目ぇは節穴なんか?」
堅三郎が呆れたように聞いた。
「え?」
と、拓馬が聞き返す。
「あんたそれで。ようビジネスでやってこれましたな?自分の惚れた女が何考えとるかぐらい読み取れんでどうしますのん?」
堅三郎が聞いた。
丁度その時に救急の処置室のドアが開いた。
その場にいた久我の男子達と一条の従業員達がザワッと立ち上がる。
「あ、ご家族は」
と、病院の係が聞いた。
「ああ、私達が家族です」
久我の長男が立ちあがる。
「病状は?」
次男が聞いた。
「ええ、骨折はされてますが幸い内臓とか頸椎や脊椎には問題がございません。この後一応脳内出血などは無いか見ますが、頭部打撲などはないのでお命には別状ないかと」
出てきた医師が言った。
その場の全員がほーっと安堵の息を吐いた。
「ああ、ほんなら先生?こっちの、このお人が瑠璃はんの婚約者さんですさかい、瑠璃はんが目ぇ覚めたら逢えるようにお手配お願いでけますか?僕ら警察やらにも顔出しせななりまへんので」
堅三郎が拓馬を指さしながら言った。
「ああ、手続きとかは俺がやっとくよってに。お前と兄貴は警察にとにかく行け、被害届やら要るやろ」
堅次郎が言った。
「ああ、あんたはん、藤堂はんの秘書はんでええの?」
堅三郎が聞いた。
「あ……はい」
真壁が答える。
「ほなら、あんたはんも来てもらうで?そっちの社員さんやて聞いとるで?瑠璃ちゃん轢いたん。まあ?すでに何ぞやらかして辞める社員や、いうのはわかってますから?そちらはんが仕組んだんではないと信じてますけどな?社員管理ぐらいちゃんとしてもらわんと、本来ならウチとお宅で大戦争になる事案でっせ?」
堅三郎が聞いた。
「あ…はい。伺います。スミマセン…まさか土方がこんな事するとは…」
真壁が拓馬にちょっと頭を下げてから、堅三郎達に付いて行く。
「………」
拓馬がそれを見送ってから、へたり込む様に病院の長椅子に座った。
「まあ堅三郎に殺されたくなかったら?ちゃんとしたほうがええで?あいつ久我一に狂暴な男やから」
残った堅次郎が言った。
「けど…俺は…瑠璃に酷い事ばかり…だから嫌われて…」
拓馬が呟く。
「それはあんたが、自分の目ぇで見るべきや無いのんか?俺の目ぇから見ても、アンタ失った後の瑠璃は可哀そうな有様やったで。必死で自分を奮い立たせてたけどな。思わず可哀想で俺が助けたくなるほど弱ってた」
と、堅次郎が言った。
拓馬がギョッとして堅次郎を見る。
「アホ。気ぃやら出さんでよか。俺ら四人は瑠璃には真面目に兄弟の情愛しかない、小っさい頃から行き来してんねん。おまけに親父は瑠璃の母親にべた惚れ丸出しで。お袋は次々変わってな。実の母は柿田ママと瑠璃のおかんみたいなもんや」
と、堅次郎が言った。
「嫌われてると…だから……」
拓馬が呟く。
「まあ、そんなもんやろ。仕事やビジネスなら引いても見れるし、冷静で居れる。けど俺等も含めて惚れた女が絡んだ途端に目ぇが見えんようになったみたいになるんや。それはな。欲が出るからやろ。愛されたいっちゅう欲が」
堅次郎が呟く。
「欲…」
拓馬が堅次郎を見つめる。
「せやな。30年も一人の女想いつづけた親父もやし。兄嫁に恋してしもて破綻しかけてた堅三郎もやし。本気で惚れてるのに意地張って失いかけた俺もやな。それで?あんたもなんやろ?どこの男も似たようなもん言う事やな」
堅次郎が笑う。
つられるように拓馬もフッと笑った。
(そうかもな…瑠璃が事故にあったというだけ、思考すらまともに働かなくなるほどに動揺した………)
「俺、入院やらの手続き行ってくるで?瑠璃が目ぇ覚ましたらちゃんと枕元におったれよ?」
堅次郎が言った。
「けど………」
拓馬がそれでも言い澱む。
「目ぇ開けた時の瑠璃の顔で判断せぇ。自分でな」
堅次郎がそう言ってスタスタと歩き去った。
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