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10 バルツァーレク領

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 それから三週間後。
 ルーラントがカフリーク家へ挨拶に来て一ヶ月後に、ルジェナはバルツァーレク領へとやって来た。
 侯爵の仕事も忙しいだろうに、ルーラント自ら迎えに来て、共に馬車に乗って移動したのだった。その為、道中は飽きる事なく楽しく過ごす事が出来たルジェナ。だが、さすがに屋敷に着くと顔が強張るルジェナだった。


 緊張した面持ちのルジェナに、ルーラントは優しく声を掛ける。


「ルジェナ、今日からここが君の家だ。大丈夫。ルジェナが安心して過ごせるように俺も誠心誠意気を配るから、カフリーク領で過ごしていたのと変わらず、何の不満もなく過ごしてくれる事を願っているよ。
 だから、何かあればすぐに俺に伝えてくれ。」

「…ありがとう。でも、緊張するわ。だって…」

「ん?」



 ここは、応接室。バルツァーレク領の屋敷についてすぐ、案内された部屋。ルーラントの隣に座らされたルジェナは、口ごもる。

 なぜって、ルーラントの両親への挨拶はこれが初めて。

 ルジェナの両親へ挨拶に来たあと、ルーラントの両親へ挨拶をするのはいつがいいのかと問うルジェナに、『うちは大丈夫。ルジェナが来るのを楽しみにしているから。』と言ったルーラント。
 それを両親に伝えたルジェナだったが、気にしなくていいとアレンカに微笑まれただけだった。ヘルベルトはこの一ヶ月顔を合わせればルジェナの事を見つめては目を潤ませており、この時もうんうんと頷くだけで、言葉にしようとすると声が震え涙ぐみ、結局何も言われなかったのだ。
 ルーラントや両親を信じていないわけでは無かったが、もしこれで帰れと言われたらと緊張せずにはいられなかったルジェナである。

 そこへ、扉が叩かれ部屋へと二人入って来た。ルーラントが二十年ほど年を重ねたような、背格好や目元がとても似ている父オルジフと、微笑んだ顔がルーラントに似ている母イルジナだ。


「やぁ、はるばる来てくれてありがとう。いやぁ、君がかの、ルジェナ嬢か。うんうん、あなたには改めてお礼を言わせてもらうよ。ルーラントの嫁になってくれて本当にありがとう。
あ、いやまだ書面の上では夫婦ではないけれど、ここを今日から君の家だと思って、私らを本当の両親だと思って過ごしてくれると嬉しいよ。」


 そう言って、ニッコリと微笑んだオルジフは、イルジナと共にソファへと座った。


「ルジェナさん、本当にありがとう。ルーラントは気難しくて、大変かとは思うけれどね、どうかよろしくお願いします。
 そしてね、私の事を母だと思ってくれていいのよ。私、娘が欲しかったの。たまにでいいから一緒にお茶をしてくれると嬉しいわ。」


 そう言って、目に涙を浮かべるイルジナに、とても優しそうな両親だとルジェナはほっと胸をなで下ろし、言葉を返す。


「挨拶が今日になってしまい、申し訳ありません。これから、よろしくお願い致します。」


 優しい言葉を掛けられてホッとしたルジェナだったが、しくじらないようにとしっかり挨拶をする。


「そんなに堅くならないでくれ。」

「そうね、家族となるのだもの。いいのよ。」


 言葉の後、頭を下げたルジェナにそう声を掛けるオルジフとイルジナに、ルジェナは顔を上げて返事を返す。


「は、はい。」


 そう言ったところで、オルジフはソワソワとした面持ちでルジェナに声を掛ける。


「ところで…ルーラントが作ったバイオリンはまだ持っているのかな?」

「え?ルーラント…?え!?」

「父上!」


 ルジェナは、オルジフの言葉を反芻し、声を上げてしまう。


「あら、言ってなかったの?ルーラント。あれはあなたが初めて作った作品だったって。
オルジフも本当は売らずに大切に飾っておきたかったのですって。でも、それじゃあ宝の持ち腐れだものねぇ。」


 それまで、成り行きを見守っていたルーラントだったが、オルジフの言葉に照れたように声を強めて口を挟んだ。それに反応するようにイルジナはコロコロと笑う。


「そうだったのですか?」


 ルジェナは、隣にいるルーラントの顔を覗き込むと、顔を真っ赤にさせてルジェナがいる方とは逆に視線を逸らせた。


「別に今言わなくてもいいだろ!
…そうだよ、だから十年前のあの日、どんな子が俺の作ったバイオリンを弾いているのかと気になって見に行ったんだ。」

「それは申し訳なかったわ…」


 ルジェナは、その時上手く音を奏でられていたらと悔やんだ。


「ルジェナ嬢。あの日を境に、ルーラントは文字通り人が変わったようにめざましく成長したんだ。君が申し訳ないと思う事は何一つ無い。
むしろ、君の存在がルーラントを変えたんだ。誇って欲しい。それで早くに侯爵の位を譲っても心配無いほどに成長したんだからね。」

「えっと…そう言ってもらえて嬉しくはありますが、私のどこにそんな要素があったのでしょう?
それはルーラント様の頑張りであって、私が所以ではないかと思います。」


 オルジフの言葉を聞き、過剰に褒められた気がして戸惑いながらそのように口を開くと、イルジナはまたコロコロと笑う。


「あの頃のルーラントは楽器職人だったのよ。それが、領地の事に目を向けられるようにまで成長したのよね、やっと次期侯爵の自覚が芽生えたっていうのかしら?
その原動力がルジェナさんだと分かって、嬉しかったのよ。そして、大人になって再び出会う事が出来たのだものね。ルーラントの想いが実を結んだの。愛って凄いわね、うふふふ。」

「~~~!!
もう、いいだろ!顔合わせは済んだ!部屋に案内するからな!」


 一層声を強めるとルーラントは、ルジェナの手を優しく持って立ち上がる。


「おやおや、そんなに短気じゃあルジェナ嬢に捨てられちまうぞ、ルーラント。
ルジェナ嬢…いや、もう家族となるのならルジェナと呼んでいいかな?ルジェナよ、愛の重い息子だが、どうか末永くよろしく頼むよ。」

「うふふふ。またいっぱいお話しましょうね、ルジェナさん!」


「えっと…はい、よろしくお願いします。」

「ルジェナ、行こう!」


 そう言うや、ルーラントはズンズンと足音を大きく立てて応接室を出る。
 廊下を歩き、二階へと続く階段に差し掛かったところでルーラントは足を止め、呟くように口を開く。


「ごめん。」

「え?」

「なんか…かっこ悪いところ見せて。」

「そんな事ないわ!なんだか…違う一面を知れて嬉しい気持ちよ?
これからいっぱい、私の知らないルーラントを見せてね?」

「…ルジェナには適わないな。」


 そう言ったルーラントは、ゆっくり深呼吸を一つすると、今度はいつものように足音を立てずに歩みを進めるのだった。
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