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18. ルドの嘆き ルドフィカス視点

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 僕はルドフィカス。人生って、本当に何が起こるか分からないーーー。


 僕には、兄がいる。
その兄マルニクスは自己肯定感がすこぶる強く、さすがこの帝国の次期皇帝陛下になる人だと思うくらいで。

 だからか、僕の事をいつも叱咤してくる。

 僕は、皇帝陛下の息子とはいえ、二番目だから、兄の邪魔にならないようにするのが精一杯なんだ。
一歳しか年齢が違わないからよく比べられてしまうけれど、将来は兄が皇帝になるべきなんだ。

 だってこの国は広い。兄みたいな性格じゃないと、この広い国をまとめ上げる皇帝になんてなれない。

 だから、僕には僕の出来る事をするんだ。

 僕は体を動かすのが好きだ。
だから、帝国軍のトップのヘルハルト総司令官の勧めで帝国軍に入る事にした。ヘルハルト総司令官は、僕と同じ年齢の息子アルヤンがいる。だからか、僕の事もよく気に掛けてくれたんだ。


 だけど、やっぱり僕は気弱なんだ。

 軍に入ってだいぶ心身共に鍛えられたとは思うけれど、兄みたいに、自分は偉い、何でもこなせる人物だなんて思えない。冷酷な人間にもなれない。

 兄みたいに、自分が凄い人間だとも思えないんだ。


「お前、弱いくせにまだ軍にいるのか?どうせお飾りで置かせてもらっているんだろ?もう止めてしまえよ。」

 兄は僕に、心配してくれたのかそれとも蔑んだのか、そう声を掛けてきた。

「僕でも、何か兄さんの役に立てればと思って。」

「…ふーん。無理すんなよ。」



 でも、僕が軍で過ごすようになって四年ほどすると、兄も軍に入ってきた。そして、勝手に軍の隊を組み、なんと父の言葉も無いのに勝手に隣国ドムトムンボン国に侵入しようとしたんだ。

「止めてよ、何でそんな事をするの!?」

 そう聞いた僕に、

「そこにまだになっていない国があるからさ!属国にしちまおうと思ってよ。その国の人は皆珍しい銀色の髪で、目は赤いんだぜ!それでよ、警備隊の中に珍しく女がいたんだ。俺の女にならねぇかなー。」

 なんてゲスな事言うんだと思った。

 しかも、毎年国境を守っているデューレンケルン領へ仕掛けに行ってはすごすごと帰ってくる。
兄の性格はしつこいんだと知った。でもそれも、次期皇帝陛下にはもってこいの資質なんだろう。
まぁ、父も止めろと言ってはいるのに、本気では止めさせないのは、あわよくば属国にしたいのかもしれないな。

 僕はそんな事したくない!だってそこにある国に住んでいる人が可哀想だ。
 だからやっぱり僕は、気弱なんだ。

 なかなか国境にある辺境伯領が兄の手中に落ちなくて兄がイライラしだして、憂さ晴らしに宮都に遊びに行ったらしい。そしたら、踊り子がいたんだと。あまりの妖艶さに、一目ぼれしたんだと言っていた。『俺の女にしてやる』とそう言ってきて、数日の後に『すぐに俺に落ちたぜ』とニヤニヤとしてまた報告してきた。本当に気持ち悪い。
 あれ?デューレンケルン領の女とやらはもう良かったんだろうか?自分に落ちなかったから興味が無くなったのかな。


 でも、父は、『そんな平民上がりの卑しい職業の女なんて、愛妾止まりだ!』と怒鳴ったらしい。

 兄は自分の思い通りにならなかったのがよっぽど気に食わなかったんだろう。タダでさえデューレンケルン領が何度仕掛けても自分の手に落ちないし。
 だから怒鳴られたその日の夜に、皇帝陛下を討ち取ってしまったんだ。


 僕は、悔しさと悲しさが混ぜこぜになって一人で声を上げて泣きたかった。

 だけど、そんな悠長な時間は無くて。

 兄とその踊り子が宮廷に居座り、『俺が皇帝だ!』と言った時は、軍が止めに入ったらしい。けれど、『俺の言う事が聞けないのか!』と脅したと。

 父の側近である重鎮達が僕を連れて臨時議会を開き、兄ではなく僕を皇帝にと勝手に決めてしまった。


 僕が皇帝だなんて。

 僕の意見なんて誰も求めてやしないんだ………。


 でも、僕の心がささくれ立ってしまう時、煩いくらいに声を掛けてくれる奴がいて本当に救われたんだ。
幼い頃から一緒にいたアルヤンと、宮廷で僕と一緒に実務をやってくれているフスタフ。
彼等が、沈み込む僕に『前を向いて歩こう』と言ってくれるんだ。


 僕の結婚も、重鎮達が勝手に決めた。
気弱な僕を支えてくれるのは、ドルトムンボン国の国境の地、デューレンケルン辺境伯の銀獅子以外にはいないんだって。

 銀獅子って誰だよ!?

「お前の兄が、執拗に手に入れようとしていた女だよ。辺境伯の娘らしいよ。」

 と、ご丁寧にフスタフが教えてくれる。

「でもさ、本当に好きだったのかは疑問だよね。半分意地じゃないの?負けっぱなしは嫌だからって。軍でもさ、模擬戦の時は、わざと相手に負けさせてたんだって。面倒な奴だったよね、ルドの兄は。ま、ルドは一生懸命鍛錬しているのに、あいつは鍛錬なんてこれっぽっちもやってなかったから上達するハズもないよね。」

 とアルヤンまで。
 確かに、毎年仕掛けに行くなんて〝意地〟と言われたらそうかもしれない。だって本当に好きだったなら、結婚の申し込みに行けばいいのに。
あ、そうか。戦をして勝てば、対等な婚姻関係ではなく自分に有利になるとでも思ったのかも。打算的というか面倒な兄だからなぁ。


「〝妻となる娘〟を迎えに行くの、お前も行けば?」

 とフスタフ。仕事はどうするのさ!?

「どうせ馬車で行かないだろ?だったらどんなに多く見積もっても一週間もあれば行き来出来るし。その間は俺、代わりにやっとくから。」

 確かにアーネムヘルム帝国の首都は中心より下の東南にあるから、デューレンケルンには近いからそれくらいあれば往復はゆうに出来るけど…。

「いいじゃん!それで、銀獅子の性格が分かるな。道中一緒にいた方が、いろいろと話も出来ていいんじゃないか?宮廷が初対面より、誰の目もない外の方が素が出ていいんじゃないか?」

 アルヤン、そういうけど、銀獅子って通り名が付いている事が怖いんだよ…。

「確かになー。でもよ、噂なだけかもしれないし。あ、てか初対面じゃないか!ほら、お詫びの酒を辺境伯の屋敷に持って行った時に庭で見かけたよな?」

 ああ、確かにいたな。ものすごく睨まれたような気がする。気が強そうで。
 帰り際も、わざわざ門の外で待っていて、『毎年酒を届けに来て律儀なものだ。だがそれだけで詫びになると思っているのか?我々警備隊が強く、彼らが弱いからいい演習になってこちら側は被害も無くやれているが、普通なら国際問題だぞ?』と苦言を呈して来た。それは最もだと思ったから謝ると、『ふん。まぁ、愚鈍な皇太子を持つと尻ぬぐいも大変だな。お疲れさまな事だ。酒は旨いから有難くいただくよ。あの苦味がたまらない。』そう言って門の中へと入っていった。
 
 あんな怖い物言いをする女性が妻になるとは…僕は本当にやっていけるのかな。そうため息を付きながら、迎えの隊員達と合流する。
人数は、最低限にした。僕らもそれなりに強いし、あちらも銀獅子という位だから護衛なんて要らないだろうね。敬意を表す為に迎えに行く形だけのようなものだから。

「そんなに卑屈になるなよ。ルド、楽しんで行こうぜ!」

 アルヤンが心配してくれたのか、僕の肩を組んでそう声を掛ける。そうだね、せっかく気の知れた奴らと行けるのだから、楽しむよう努力するよ。
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