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13. 彼とミモザと

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「もう終わりですか?」

 タマルは昨日とは打って変わって、すぐに図書室から出てきたエレーネを見て怪訝な顔で言った。しかしその後ろからアレイスターも出てきた為、疑問を持ちながらアレイスターにも目を向ける。

「あぁ、今から一緒に庭でお茶をする事にしたんだ。荷物を部屋に置いてから、下に降りてきてくれるかい?案内するよ。」

 アレイスターは、タマルにそう答える。タマルは、エレーネに視線を移すと、エレーネがうなずいたのでエレーネが持っていた本を預かった。
 アレイスターはエレーネに部屋へと戻る時、ミモザの花が見頃なんだよと話し掛けている。エレーネも、楽しみですも言って微笑んでいる。そんな二人を一歩下がって後ろからついて行くタマルは、嬉しそうな主を見て心が温かくなった。






「さぁ、行こうか。お手をどうぞ。」

 互いに荷物を部屋へと置いてきた二人。

 アレイスターはエレーネの手を取りエスコートした。記憶が無いので、こんな時はどうするのだろうとエレーネは考え、恐る恐る彼の手に自身の手を添えた。
 エレーネは手に触れた温もりが熱く感じてドキドキとしながらついて行く。彼は貴族なのだからやってくれるのだ、それ以上でもそれ以下でもないのだと思うと少し寂しく思った。

 屋敷の正面玄関から出て左側へと曲がり、ぐるりと屋敷沿いに歩いて行く。もう一度角を曲がると、背丈の倍以上も高い木に黄色く色づいた花が周り一帯に咲き誇っていた。

「まぁ…!」

「すごいだろう?さぁ、あの四阿に行こう。…エレーネ、ミモザには、いろいろな花言葉があるのは知っている?」

 少し建物から離れてはいるが一段高くなった場所に屋根の付いた四阿にお茶の準備がされていて、そちらへアレイスターとエレーネは座った。

「いいえ。アレイスター様はご存じなのですか?」

「まぁ、母上がそういうの花言葉が好きでね。いろいろと教えてくるんだよ。受け売りなんだけど、それこそ山のようにね。それでミモザは、幾つもあるんだけれど…俺はエレーネに花を贈りたいな。」

「サロメ夫人、博識なのですね。そしてアレイスター様も。ですが…私に?」

「そうさ。俺はね、エレーネに贈りたい。そして、エレーネもそれを受け取って欲しい。」

「私、花言葉は知りませんけれど…アレイスター様がくださるのであればいただきます。」

 エレーネは、花言葉は後から図書室で調べてみようと思った。それに、花言葉は関係なく、アレイスターから贈り物をしてくれる物なら例えその辺りに転がっている石ころでも嬉しいわ、と思いながらそう言った。

「本当かい!?〝君への愛〟、を贈るんだ。受け取ってくれるなら、早くスクールも卒業しないとな!」

 そう言って爽やかな笑顔を向けたアレイスターを見て、エレーネは先ほど静まったと思った胸がまたドキドキと高鳴り出し、顔がほてり出した。
 けれども、エレーネはそう言われてもそのが家族への愛なのだろうと思った。恋人への愛であったならとても嬉しいが、ここへ来て出会ってまだ数日であるからさすがにそんな事はないだろうと思ったのだ。サロメ夫人が言った『母親と思っていいのよ』と同じような、家族への愛という意味なのだろうと解釈した。

「とても嬉しいです。卒業って、アレイスター様はあとどの位で卒業なのですか?」

 そう、さらりと言われたアレイスターは、気持ちが伝わっていないのだなと苦笑しながら言った。

「うーん、気にして欲しいのはそこじゃないんだけど仕方ないか。本当なら、夏の初めだからあと三ヶ月ほどあるよ。だけど、俺はこれでも成績優秀だからね。エレーネと過ごす時間はとても心地良いんだ。もっと一緒に過ごしたい。だから、スクールの先生に相談して、卒業なを早めてもらうよ。」

 そう言われたエレーネは、顔を更に赤くした。

(もっと一緒にいたいなんて…さすがに勘違いしてしまうわ。)

「アレイスター様、そのようなお戯れは…」

 そう言って、最後まで言葉を繋げられず俯いてしまった。

(家族として、であるはずよ。でも、勘違いさせるような言葉は言わないで欲しいわ。だって…)

 だって、のその後はなんと続くべき言葉だったのか。期待してしまうから?私ももっと一緒にいたいと思っているから?けれど、それはどういう思いから一緒にいたいと思うのかエレーネは自分でもよく分かっていないのだ。

「あ、あれ?えっと…おかしいな。エレーネ喜んでくれると思ったんだけど。やっぱり年下に言われるのは嫌?」

「え?」

 アレイスターの焦る声を聞いて、エレーネは思わず顔を上げる。

「もう一度言うよ。俺は、エレーネともっと一緒にいたい。一緒に過ごしたい。俺、エレーネが好きだよ。」

 アレイスターは真っ直ぐエレーネを見つめ、優しい笑みをして言ったあと、すぐに頭を掻いた。

「やっぱ、恥ずかしいな…告白なんて。初めてだし。でも、俺、休みが明けたらまた寮に戻らないといけないから。会ってそんなに時間は経っていないけれど、伝えられる時に伝えようと思ったんだ。エレーネ、俺はいつでもエレーネの味方だ。傍にいたい。」

 そう言って、エレーネの座っている横に跪いて片手を伸ばした。

「今、ミモザは咲き誇っていて手折るのは忍びなく手にしてないけれど、ミモザを渡したい。ミモザは好きだよって相手に贈るんだって母上が言っていた。贈られる相手も、好きだって気持ちがあるのなら受け取ってくれるんだよって。エレーネ、君も俺と一緒にいたいと思ってくれるなら、受け取って欲しい。どうかな?俺の手を…」

 エレーネは、それこそ熟れた柿のように真っ赤になっていた。そして、考える。

(私も、一緒にいたいとは思う。でも…)

 恐る恐るアレイスターの手の上に、自分の手を乗せようとしたが寸前で、エレーネは言葉を発する。

「私も一緒にいたいと思います。でも、自分がよく分からないのです。まだ無くした記憶は戻りませんし。私はどこの誰なのか…。」

 そう言ったエレーネは、アレイスターの手の上にはあるがなかなか触れようとしなかった。が、アレイスターがその手を逃がさないようにと一気に掴んだ。

「掴んじゃったからね!俺は、エレーネがいい。記憶が無いのは不安かもしれない。ごめんね、無くした事が無いからエレーネの気持ちは分からない。でも、過去は関係なく、エレーネがいいんだ!傍にいたい。エレーネも、今の気持ちを言ってくれたんだよね?」

 エレーネは、おずおずと首を縦に動かした。それは、肯定の意。

「よかった!もし記憶が戻ってどうにも嫌だったら言って?距離をあけて、また一からやり直すよ。そしてまた好きになってもらう。だから今の気持ちを大事にしよう!」

 そう言ってアレイスターは一層爽やかな笑顔をエレーネに送った。

 エレーネは、アレイスターが言ってくれた言葉を反芻した。記憶を失っていても好きだと言ってくれ、もし思い出しても嫌だったらまた一からやり直せばいいと言ってくれたアレイスターに、そういう考えもあるんだと納得した。


 それからは彼と、他愛もないけれどとてもかけがえのない時間を過ごした。アレイスターは彼女が記憶が無いと申し訳なく思わないように、図書室にあるいろいろな小説の話や、母親の面倒な所、変わったエピソードなどを話題として振った。


(そういえばアレイスター様、ご自分を年下だと言われていたわ。同じ年齢位かと思ったけれど、年下だとご存じなのかしら?)


 そう疑問に思ったけれどそんな事は些細な事だと、日が暮れるまで面白く話してくれるアレイスターとの会話に花を咲かした。
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