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王子の憂鬱Ⅰ

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「殿下、今日の演説ですが大丈夫でしょうか?」

 朝、朝食の席で婚約者であるアシュリーが不安そうに尋ねてくる。
 それを聞いて僕は心の中で溜め息をついた。

 僕は今日ここベルガルド王国の近衛軍に新規入隊した者たちに演説をすることになっていた。とはいえ何を話すかは昨日家臣たちと念入りに検討したのでアシュリーに心配される必要はない。

「大丈夫だ、おぬしが心配することはない」
「ですが万一ということもありますので、紙にまとめておきました」

 そう言ってアシュリーが小さく折りたたんだ紙を差し出す。そこには確かに僕が昨日考えた演説の内容が書かれている。
 だが、そもそも僕はアシュリーに演説の内容を伝えた訳でもないし、そもそも演説の話もアシュリーにしていない。だからこんな風に言われること自体が不愉快だった。

「どうやってこんなことを知ったんだ?」
「実は家臣の方に聞きまして。それで一応内容についてもまとめておこうと思ったのです」

 僕はアシュリーのこういうところが嫌いだった。

 アシュリー・ヘイウッドはベルガルド王国内有数の貴族ヘイウッド家のご令嬢である。王子の婚約者は有力貴族の娘から持ち回りで選ばれる決まりになっており、そのしきたりにしたがって婚約者になった。
 容姿は普通ぐらいだったが学問や能力は優秀らしく、父上や家臣たちも「いい婚約者を持ったな」「アシュリー様のような方と婚約出来てうらやましいです」などとこぞって彼女を褒め称える。

 だが僕はアシュリーのことが苦手だった。
 彼女は頼んでもいないのにこのように押しつけがましく親切をしてくる。親切ならいい、と思われるかもしれないがお節介だし、いちいち自分の行動を先回りされているようだし、お前はこんなことも一人で出来ない、と言われているようで不愉快だ。

「そんな心配はいらない。演説ぐらい出来るし、大体王子が紙を見ながら話すなんて格好悪いことが出来るか」
「そうですか。では一応持っておくだけ持っておいて、うまくいったら捨てていただいて結構です」
「分かった、持っておくが今後はこういう余計なことはしなくていいからな」

 僕は少し苛々しながら釘を刺しておく。
 今のアシュリーの言葉も、僕の考えすぎかもしれないが「そんなことを言っても演説で間違えるかもしれないから一応持っていけ」と言われているようで不快だった。
 せっかくこれから晴れ舞台ということで朝食を食べて気持ちを整えようと思ったのに、アシュリーのせいで無駄に苛々してしまった。

「もういい、僕は行く」
「あ、ちょっと、待ってください」
「何だ?」

 僕が席を立とうとすると慌てて呼び止められる。
 すると彼女は僕の前に立って服の裾を直す。

「服の裾が乱れてましたので。大勢の前に立つ以上服装の乱れにはお気をつけてください」
「こ、これから直そうと思っていたんだからそんな気の回し方はいらない!」
「すみません」 

 僕の言葉にアシュリーは申し訳なさそうに頭を下げる。
 だが、アシュリーがいなければ気づかなかったのも事実だった。さすがに家臣が指摘するだろうから演説の時まで気づかないということはないだろうが、アシュリーの指摘がなければ家臣の前で恥をかいていただろう。

 それは分かるが、彼女の指摘に苛々して仕方なかった。
 そんな訳で僕は不機嫌な気分で王宮を出たのだった。
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