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ウィルの悪あがき

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「……そうだ、こうしてはいられない」

 シエラに逃げられて落ち込んでいた僕だったが、しばらくしてはっとする。先ほどはショックで呆然としている間にシエラが帰っていってしまったが、冷静に考えると自分がしてしまったのはかなりまずいことだ。

 もしこのままシエラが帰宅して「ウィルに薬を盛られて襲われた」などと吹聴すれば僕は大変なことになる。いくら何でも婚約者の妹を襲おうとしたという噂が広まれば僕の地位は終わりだ。

 そう考えると先ほどまで可愛いと思っていたシエラに対して急に怒りが芽生えてきた。
 あれだけ僕に対して好意を前面に出しておいて、いざ事に及ぼうというときに急に拒否するなんていくらなんでも酷いのではないか。そんなことをするぐらいなら最初からああいう接し方をするのはやめて欲しい。

 もしかして最初から僕を嵌めるつもりだったのではないか。
 あの豹変の早さはそうでも思わないと、納得いかない。

 シエラに拒絶されたことによるショックのせいなのかは分からないが、僕の脳裏には次々と疑念が浮かび上がっては大きくなっていく。

 そう言えばシエラは婚約者を親に決められそうだとか言っていたし、その相手であるフランクという人物ともうまくいっていないと言っていた。となればそれを阻止するために僕に近づいたのかもしれない。
 もしくは僕と秘密な関係になってその秘密をネタに僕を脅そうと思ったけど、やはり途中で怖くなってしまったのではないか。

 そんなことを考え始めるともう止まらない。きっと彼女は何らかの目的で僕を貶めるために近づいてきたに違いない。ならばこちらも徹底的に対抗しよう。

 とりあえずは事情を知っている使用人を全員探し出して口止めしなければ。

「屋敷にいる者は全員集まれ!」

 僕は急いで執事やメイド、警備の兵士たちを全員集める。突然のことに皆驚いていたが、先ほどシエラがただならぬ形相で屋敷をでていったのが目撃されたせいか、皆事件が起こったと分かっており、戻ってくる。

「おいウィル、先ほどのはどういうことか?」

 そこへ同じく騒ぎを聞きつけた父上もやってくる。
 面倒だがきちんと説明しなければならない。

「すいません父上、シエラが僕の屋敷にやってきて突然料理を教えて欲しいと言ってきて、その後で僕の部屋に用事があると言って誘惑してきたので振り払ったら逃げていったのです」

 僕はあらかじめ用意していた言い訳を告げる。
 それを聞いて父上は眉をひそめた。

「本当か? まさかお前がシエラを屋敷に連れ込んだのではないだろうな?」
「そんなことする訳がありません」

 素直に薄情したところで許されるとは思えない。
 それなら嘘をつきとおして事実をもみ消すしかない。
 そんな僕の目を父上はじっと見つめた。

「本当だろうな? 婚約者の妹に手を出すなどえらいことだぞ」
「はい、もちろんです」

 僕はじっと父上を見返す。

「この後使用人を全員集めて事情を説明いたします」

 すると父上ははあっとため息をついた。

「常々脇が甘いとは思っていたがまさかこんなことを引き起こすとは! とはいえ絶対妙な噂が立たぬようにせよ! 分かっていると思うが、そんなことが明らかになればこの家派終わりだ」
「分かりました」

 どうやら父上も僕の言い分を認めてくれたらしい。もっとも、仮に僕を疑ったとしても僕がシエラを襲おうとしていたことが分かれば父上も困るから追及をやめただけかもしれないが。

 そこへぞろぞろと屋敷中の人が集まってくる。
 まずは彼らの口を塞がなくては。
 そう思いながら僕は彼らに向かって僕は大声で叫ぶ。

「先ほどの事件について心配している者もいるからもしれないが、僕がシエラに料理を教えた、シエラの方から部屋に押し掛けてきて僕を誘惑したところ拒絶したら『襲われた』と叫んで逃げ出したんだ。シエラの言っていることを信じてはならない! 彼女は最初から僕を嵌めようとしていたんだ!」

 僕が叫ぶと彼らは半信半疑という様子で顔を見合わせる。
 急にそんなことを言われても何が本当かなど分かる訳がないということだろう。

「とにかく、このことは今後リーン家と直接やりとりして話し合うから余計なことを言ってはならない! もし変な噂を立てた者は厳重に処罰する。そして、もし噂が立たなければ、この話が解決した後に日頃の労働に報いるために報奨金を出す」

 要するに黙っていれば全員にボーナスを出すということだ。
 余計な出費になるが、このことが発覚することに比べれば痛くもかゆくもない。僕が処罰と金の話をすると、彼らも一瞬で静かになった。所詮は金のために働いているような奴らだ、他愛もない。

 が、そこで一人のメイドがおそるおそる言う。

「あの、一人姿が見えない方がいるのですが……」
「何だと、一体誰だ?」
「それが……」

 その名を聞いて僕は愕然とする。
 なんとそのメイドは僕が薬の入った紅茶を用意させた人物だった。よりにもよって一番重要な人物がいないなんて。

「兵士長、彼女は屋敷から脱走したに違いない、連れてこい!」
「は、はい」

 まさかメイド一人を連れてくるためだけに駆り出されるとは思わなかったが、彼も僕のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか頷いた。
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