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Ⅰ
ウィルとエレン
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「今日の夕食はどうでしょう? 全て私が作ったのですが」
私は目の前に座る婚約者のウィルに尋ねます。
私、エレンはリーン男爵家という下級貴族の娘です。家が貧しく屋敷内にはいつも最低限の人数しかいなかったため、私はいつも料理を中心に何でも家事をやって育ちました。
そして十四になった今年、ついにウィルとの婚約が決まりました。
今日はそのウィルがやってくると聞いて、頑張ってお料理を用意したのです。
前菜のサラダはレタスやトマト、コーンなどの野菜を切って盛りつけただけですが、かかっているドレッシングは私が幼いころから工夫して酸味と甘味が一番ちょうどよくなるよう調整したものです。
次にスープの具も長い時間かけてじっくり煮込んだもので、特にお肉は口に入れたらとろける柔らかさになっています。
また、メインのステーキはウィルの好みの焼き加減がミディアムであると聞いて、それに当てはまるよう練習を重ねたものです。
そして自分で食べた分にはどれもとてもおいしかったのですが、私の自己満足よりもウィルの反応の方が重要です。
そのため私は固唾を飲んで彼の様子を伺います。
「うーん……」
が、目の前で食事をするウィルの表情は浮かないものです。
もしかして彼はおいしくないのでしょうか。そう思うと胸が痛みます。
ウィルは私と違ってランカスター家という子爵家の跡取りです。
すらりとした長身に整った顔立ち、学問も出来て周囲に優しいともっぱらの噂でした。
そして婚約相手が格上の貴族に決まった私の両親は狂喜し、どうにかウィルの心を掴むようにと私に何度も言ってきました。
ランカスター家は経済的な余裕もあると聞くので、その援助を受けられれば我が家の財政事情も改善するかもしれないと思っていたのでしょう。もしかしたら両親は彼との婚約のために骨折りしたのかもしれません。
その事情は私も分かっていたのでどうにか彼に喜んでもらえようと今日も料理を用意していたのです。
これまでウィルとの仲は悪くはなかったのですが、私はあまり彼を喜ばせることが出来てこなかった気がします。そのため、今度こそはとお料理の練習も頑張って、時間をかけて準備しました。
ですが彼は沈黙したまま。
たまりかねて私は尋ねます。
「何か問題でもありましたか?」
すると彼は首をかしげながら答えました。
「何というか、エレンの料理はおいしいんだが、うまく出来過ぎていて人間味がないというか……温かみを感じないというか……」
「そんな」
ウィルの言葉に私は困惑しました。
ウィルは端正な顔立ちをしていてすらりと背が高く、周囲の女性には割と人気があります。彼が婚約者と知って、家柄を抜きにしても私を羨む女性は多くいました。
しかし何度か会話をして分かったのですが、ウィルはどちらかと言えば優柔不断ではっきりしない物言いが多いです。その上私に対しても好意は抱いていないように思えてきました。
今もこのメニューは好きじゃない、とか味付けが濃すぎる、という話であれば今後のために改善することは出来ます。
しかしおいしい上で温かみを感じないと言われても、どうしていいか分かりません。
私としてはウィルに喜んで欲しいという気持ちをこめて作ったつもりなのですが。
「あの、もしかして味付けが口に合わなかったでしょうか?」
「そういう訳じゃないんだが……」
彼は歯切れ悪く言うばかりです。
その後も彼はスープに何回か口をつけるのですが、やがて気のない表情でスプーンを置いてしまいます。
「悪いが今日はもう食が進まないからこれで食べるのは終わりだ」
「そ、そうですか」
テーブルを見ると、ステーキは一応全部食べたようですが、サラダとスープは半分以上残っていました。パンも一口かじっただけで放置されています。十五の男性であればそれだけでは全然足りないでしょう。
ですがウィルは席を立つと、私の反応にはお構いなしにそのまま部屋を出ていってしまうのでした。
そんな彼の姿を見て私はため息をつきます。
隣にいたメイドがちらりと同情するような視線を向けてくれましたが、いっそう私の心は暗くなるのでした。
私は目の前に座る婚約者のウィルに尋ねます。
私、エレンはリーン男爵家という下級貴族の娘です。家が貧しく屋敷内にはいつも最低限の人数しかいなかったため、私はいつも料理を中心に何でも家事をやって育ちました。
そして十四になった今年、ついにウィルとの婚約が決まりました。
今日はそのウィルがやってくると聞いて、頑張ってお料理を用意したのです。
前菜のサラダはレタスやトマト、コーンなどの野菜を切って盛りつけただけですが、かかっているドレッシングは私が幼いころから工夫して酸味と甘味が一番ちょうどよくなるよう調整したものです。
次にスープの具も長い時間かけてじっくり煮込んだもので、特にお肉は口に入れたらとろける柔らかさになっています。
また、メインのステーキはウィルの好みの焼き加減がミディアムであると聞いて、それに当てはまるよう練習を重ねたものです。
そして自分で食べた分にはどれもとてもおいしかったのですが、私の自己満足よりもウィルの反応の方が重要です。
そのため私は固唾を飲んで彼の様子を伺います。
「うーん……」
が、目の前で食事をするウィルの表情は浮かないものです。
もしかして彼はおいしくないのでしょうか。そう思うと胸が痛みます。
ウィルは私と違ってランカスター家という子爵家の跡取りです。
すらりとした長身に整った顔立ち、学問も出来て周囲に優しいともっぱらの噂でした。
そして婚約相手が格上の貴族に決まった私の両親は狂喜し、どうにかウィルの心を掴むようにと私に何度も言ってきました。
ランカスター家は経済的な余裕もあると聞くので、その援助を受けられれば我が家の財政事情も改善するかもしれないと思っていたのでしょう。もしかしたら両親は彼との婚約のために骨折りしたのかもしれません。
その事情は私も分かっていたのでどうにか彼に喜んでもらえようと今日も料理を用意していたのです。
これまでウィルとの仲は悪くはなかったのですが、私はあまり彼を喜ばせることが出来てこなかった気がします。そのため、今度こそはとお料理の練習も頑張って、時間をかけて準備しました。
ですが彼は沈黙したまま。
たまりかねて私は尋ねます。
「何か問題でもありましたか?」
すると彼は首をかしげながら答えました。
「何というか、エレンの料理はおいしいんだが、うまく出来過ぎていて人間味がないというか……温かみを感じないというか……」
「そんな」
ウィルの言葉に私は困惑しました。
ウィルは端正な顔立ちをしていてすらりと背が高く、周囲の女性には割と人気があります。彼が婚約者と知って、家柄を抜きにしても私を羨む女性は多くいました。
しかし何度か会話をして分かったのですが、ウィルはどちらかと言えば優柔不断ではっきりしない物言いが多いです。その上私に対しても好意は抱いていないように思えてきました。
今もこのメニューは好きじゃない、とか味付けが濃すぎる、という話であれば今後のために改善することは出来ます。
しかしおいしい上で温かみを感じないと言われても、どうしていいか分かりません。
私としてはウィルに喜んで欲しいという気持ちをこめて作ったつもりなのですが。
「あの、もしかして味付けが口に合わなかったでしょうか?」
「そういう訳じゃないんだが……」
彼は歯切れ悪く言うばかりです。
その後も彼はスープに何回か口をつけるのですが、やがて気のない表情でスプーンを置いてしまいます。
「悪いが今日はもう食が進まないからこれで食べるのは終わりだ」
「そ、そうですか」
テーブルを見ると、ステーキは一応全部食べたようですが、サラダとスープは半分以上残っていました。パンも一口かじっただけで放置されています。十五の男性であればそれだけでは全然足りないでしょう。
ですがウィルは席を立つと、私の反応にはお構いなしにそのまま部屋を出ていってしまうのでした。
そんな彼の姿を見て私はため息をつきます。
隣にいたメイドがちらりと同情するような視線を向けてくれましたが、いっそう私の心は暗くなるのでした。
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