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Ⅳ
本題
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「こほん、話がそれてしまったが本題に入ろう」
私とカーティスがお互い気まずくなった雰囲気を見てグランド侯は咳払いをして話題を元に戻す。
「そう言えばメイナード家と揉めているんでしたね」
「ああ、そうだ。カーティスからも聞いていると思うが、実は我が家は二十年ほど前に領内で災害が起こり、復興のためメイナードから借金をしている。領民からの税を引き上げれば回収することは出来るが、出来ればしたくなかった。幸い向こうからも取り立てのようなことはなく、なんとはなしに支払いが流れていたのだ。もちろんそれ以降我が家はメイナード家にそれとなく便宜を図っていたのだがな」
「なるほど」
やはり「支払いを延期する」という明確な合意はないのか。
この国は法律がやたら細かく入り組んでいる割に、貴族の人間関係により口約束で物事が決まることも多くかなり非合理に感じることがある。
おそらく口約束の方が都合が良い時はそれで済ませ、ちゃんと形にしたい時は法律を作る、という風にその時の都合で物事を決めてきたせいだろう。
「ちなみに向こうが急にそれを言って来た理由は心当たりはありますか?」
「それなんだが……他言はしないで欲しいのだが、実はメイナード公が陛下にとあることを提案してな、わしは陛下に意見を求められてそれに反対したのだ。わしと同じように反対する者が結構な数になったため、それがどうなるかはまだ分からない」
まだ本決まりではないからあまり関係ない人に他言出来なかったが、私にまで話が広がったため話してくれたということだろうか。
自分が原因でないということが分かったカーティスは少しほっとしている。
「なるほど。では向こうの意図としては借金を返すことよりも賛成に回ってくれることだと」
「そういうことになる」
そう言ってグランド侯はため息をついた。
阿漕な手段に見えるかもしれないが、実は貴族社会では多く行われていることでもあるという。もっとも、実際は金を借りている方がある程度忖度するので強引に「返せ」と迫られるにいたることはあまりないのだろうが。
「なるほど、一応法律的にはそのような急な返済要求には応じなくてもいいことにはなっています」
「そうなのか!?」
グランド侯が驚く。そして期待の色が表情に宿る。
だが、事はそう簡単ではない。
「ですが、そこには『客観的に見て返済が長期間免除される合意が実質的に形成されていた場合』『すぐに返済を用意出来ない合理的な理由がある場合』などたくさんの留保がついています」
「それは我が家の場合だとどうなんだ?」
「正直なところその判断基準は法律には書かれていません」
「なるほど」
グランド侯も意図を察したのか頷く。
おそらくその時は借金を返したくない貴族の働きでこの法律が作られたのだろう。しかしその貴族も貸す側に回るかもしれない。
そのため身も蓋もないことを言えば、その時の都合で返さなければいけないか返さなくてもいいかを適当に判断できる余地を残したのだろう。
だから言ってしまえば役に立たない法律ということになるし、他の人にも適用される法律ではなく契約のような個別の人にしか適用されない形で処理して欲しいと思ってしまう。
こんな法律ばかりだから法学というのは嫌われるのだろう。
「逆に言えばメイナード家に反対する貴族たちを集めて国王陛下にでも嘆願すれば、我が家を守るためにこの法律を適用してもらえるかもしれません」
要はとりあえず権力を握るか多数派を集めるかさえしてしまえば、大体の物事はどうにかなってしまうということだ。
「そのため他の貴族の方に頼んでみてはいかがでしょうか」
「なるほど、分かった。ありがとう」
グランド侯はほっとしたように言う。
話を聞く限りメイナード家の主張に反論している者はそこそこいそうだから何とかなるかもしれない。
こうしてその日は後は適当な雑談をして屋敷を辞去したのだった。
私とカーティスがお互い気まずくなった雰囲気を見てグランド侯は咳払いをして話題を元に戻す。
「そう言えばメイナード家と揉めているんでしたね」
「ああ、そうだ。カーティスからも聞いていると思うが、実は我が家は二十年ほど前に領内で災害が起こり、復興のためメイナードから借金をしている。領民からの税を引き上げれば回収することは出来るが、出来ればしたくなかった。幸い向こうからも取り立てのようなことはなく、なんとはなしに支払いが流れていたのだ。もちろんそれ以降我が家はメイナード家にそれとなく便宜を図っていたのだがな」
「なるほど」
やはり「支払いを延期する」という明確な合意はないのか。
この国は法律がやたら細かく入り組んでいる割に、貴族の人間関係により口約束で物事が決まることも多くかなり非合理に感じることがある。
おそらく口約束の方が都合が良い時はそれで済ませ、ちゃんと形にしたい時は法律を作る、という風にその時の都合で物事を決めてきたせいだろう。
「ちなみに向こうが急にそれを言って来た理由は心当たりはありますか?」
「それなんだが……他言はしないで欲しいのだが、実はメイナード公が陛下にとあることを提案してな、わしは陛下に意見を求められてそれに反対したのだ。わしと同じように反対する者が結構な数になったため、それがどうなるかはまだ分からない」
まだ本決まりではないからあまり関係ない人に他言出来なかったが、私にまで話が広がったため話してくれたということだろうか。
自分が原因でないということが分かったカーティスは少しほっとしている。
「なるほど。では向こうの意図としては借金を返すことよりも賛成に回ってくれることだと」
「そういうことになる」
そう言ってグランド侯はため息をついた。
阿漕な手段に見えるかもしれないが、実は貴族社会では多く行われていることでもあるという。もっとも、実際は金を借りている方がある程度忖度するので強引に「返せ」と迫られるにいたることはあまりないのだろうが。
「なるほど、一応法律的にはそのような急な返済要求には応じなくてもいいことにはなっています」
「そうなのか!?」
グランド侯が驚く。そして期待の色が表情に宿る。
だが、事はそう簡単ではない。
「ですが、そこには『客観的に見て返済が長期間免除される合意が実質的に形成されていた場合』『すぐに返済を用意出来ない合理的な理由がある場合』などたくさんの留保がついています」
「それは我が家の場合だとどうなんだ?」
「正直なところその判断基準は法律には書かれていません」
「なるほど」
グランド侯も意図を察したのか頷く。
おそらくその時は借金を返したくない貴族の働きでこの法律が作られたのだろう。しかしその貴族も貸す側に回るかもしれない。
そのため身も蓋もないことを言えば、その時の都合で返さなければいけないか返さなくてもいいかを適当に判断できる余地を残したのだろう。
だから言ってしまえば役に立たない法律ということになるし、他の人にも適用される法律ではなく契約のような個別の人にしか適用されない形で処理して欲しいと思ってしまう。
こんな法律ばかりだから法学というのは嫌われるのだろう。
「逆に言えばメイナード家に反対する貴族たちを集めて国王陛下にでも嘆願すれば、我が家を守るためにこの法律を適用してもらえるかもしれません」
要はとりあえず権力を握るか多数派を集めるかさえしてしまえば、大体の物事はどうにかなってしまうということだ。
「そのため他の貴族の方に頼んでみてはいかがでしょうか」
「なるほど、分かった。ありがとう」
グランド侯はほっとしたように言う。
話を聞く限りメイナード家の主張に反論している者はそこそこいそうだから何とかなるかもしれない。
こうしてその日は後は適当な雑談をして屋敷を辞去したのだった。
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