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ウィラード伯爵領の戦い Ⅱ

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 私たちの軍勢が奮起して進軍していくと、伯爵家の館はまさに帝国軍により攻め立てられているところでした。小高い山の上にある館をびっしりと帝国軍が包囲している様子は敵ながら壮観です。本来館の周辺には街があったのですが、人々は帝国軍が襲来したと聞いて館の中や周辺の山々に避難しているようでした。

 帝国軍は館の城壁を入れ替わり立ち替わり攻め立てますが、館からも激しく矢や魔法が発射され、帝国兵を寄せ付けません。
 が、私たちの軍勢が近づいてくると帝国軍の中から一人の拡声器を持った男が進み出ます。そして大音声で叫びました。

「王国軍に告ぐ! こちらは正当なる王国の後継者、ボルグ殿下を保護している! 速やかに武器を捨てボルグ殿下に従うのだ!」

 その声に王国軍はざわめきます。まさか行方不明だったボルグ殿下が帝国を頼っているとは。ですがざわめきが大きくなる前にオーウェン様も拡声器を持って叫びます。

「ボルグ殿下は王子でありながら王国を散々乱した挙句に国を捨て、帝国に身を売った! そのような者はもはや王子ではない!」
「おおおおおおおおっ!」

 オーウェン様の言葉に王国軍は再び勢いを取り戻しました。
 館に猛攻を続けていた帝国軍ですが、こちらの軍勢がボルグ殿下の存在にも臆さず近づいてくると分かると、素早く一部の軍勢が反転してこちらに向かってきます。敵ながらその指揮と統率のとれている様は見事と言わざるを得ません。

「よし、このまま突撃だ! 帝国軍を打ち破れ!」

 それを見てオーウェン様も号令を下します。

 こうして王国軍と帝国軍は館周辺の平原でぶつかりました。オーウェン様は総大将であるため、少し戦場から離れた見晴らしの良い丘に陣取っており、当然私もそこにいます。
 そこからは両軍がぶつかる様子がよく見えますが全兵力を合わせると合計五万もの大軍がぶつかり合っているため、どちらが勝っているのかはよく分かりません。

 戦場のここでは王国軍が押していて、別の場所では帝国軍が優勢、ということだらけです。また、館を囲んでいた帝国軍は攻撃をやめていましたが館がの中にいた伯爵軍は逆に撃って出ました。

 そして本陣にいるオーウェン様の元には各部隊からひっきりなしに伝令がやってきて、その都度オーウェン様は傍らにいるゲイル将軍とも相談しながらそれに答えていきます。不利なところがいれば有利なところから援軍を送り、善戦している貴族を賞賛し、苦戦している者には励ましの使者を送る。

 そんな様子を私は祈りを捧げながら見ているだけでしたが、開戦一時間していったん使者が途切れ、オーウェン様は一息つきます。

「ふう、これまで自分の兵数百人しか指揮したくないのにいきなりこんな大軍の大将になってしまうとは」
「そうだったのか。とてもそうは見えない堂々たる指揮だったが」

 オーウェン様の言葉を聞いてゲイル将軍は驚きます。

「それはあなたの補佐のおかげだ。感謝している」
「いや、正直わしなどいなくてもいいのかと思っていたところだ」
「戦況はどうでしょう?」
「うーむ、まだ分からない。ここまで大兵力同士がぶつかっている以上、容易に決着はつくことがないが、逆に言えば一度形勢が傾けばそのまま決着がついてしまうとも言える」
「なるほど」

 さらに戦いは続き、やがて帝国軍は平原から退いていきます。もしかして優勢なのか、と一瞬思ってしまった私でしたが帝国軍は街にある建物を盾にして王国軍を矢と魔法で狙っていきます。どうやら戦略的撤退だったようです。王国軍は遮蔽物に隠れた敵を攻める形になり、苦戦を強いられています。
 それを見てオーウェン様は唇を噛みます。

「くそ、我らの街を盾にするとは許せん。俺が指揮すれば自分の街での戦いに負ける訳はないのだが……」

 残念ながら前線で戦っているのはほとんど王国軍と他の貴族軍です。館にいる伯爵軍はうかつにうって出ると館を奪われるため、あくまで牽制程度の攻撃に徹しています。
 そこでオーウェン様は何かに気づいたようにはっとします。

「今から俺が本陣の兵を率いて街に入り、帝国軍を撹乱する。ゲイル殿、指揮は任せた」
「何を言う! この軍の大将はあなたではないか!?」

 オーウェン様の突然の言葉にゲイル将軍も慌てふためきます。

「イレーネ殿も止めてください」
「はい、オーウェン様、それはいくら何でも危険です。オーウェン様の身に何かあればこの軍はどうなるのですか!?」
「大丈夫だ、街のことは知り尽くしている。よそ者の帝国人に追いつかれることはない」

 そう言ってオーウェン様は馬に飛び乗り、本陣を出ていきます。
 あまりに一瞬過ぎて止めることも出来ません。それを見てゲイル将軍も溜め息をつきました。

「はあ。果断な決断を行う方とは思っていたがこんなことになるとは。とはいえ、こうなった以上はうまくいくよう祈るしかあるまい」
「そうですね」

 オーウェン様が連れていったのは領地から連れていった数名の家臣のみでした。しかしオーウェン様は戦場を大きく迂回して街に入ると、街の中を縦横無尽に駆け巡り、帝国軍を撹乱していきます。オーウェン様が通った後の帝国軍は軍列が乱れ、その前にいた王国軍の攻撃を受けて次々に崩れていきました。

 すぐに帝国軍はオーウェン様を返り討ちにしようと包囲しますが、オーウェン様は街を巧みに駆け回ってその輪から抜け出していきます。
 それを見たゲイル将軍はちらりとこちらを見ます。

「済まないイレーネ殿。これより本陣の兵も進めようと思う」
「はい、私のことは気にせずそうしてください」
「よし、頃合いだ。全軍総攻撃だ!」

 そしてついにゲイル将軍が総攻撃の命令を出しました。
 本陣にはゲイル将軍率いる三千ほどの王国の精鋭がオーウェン様や私の警護のため残っていましたが、ついにゲイル将軍は本陣の兵にも前進を命じたのです。
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