7 / 13
アーロンという男
しおりを挟む
私は応接室を出ると、意を決してガイラー公爵にこの屋敷の留守を任された執事の元に向かいます。彼は部屋で執務をしていましたが、私がノックすると少し驚いた様子で入れてくれました。
彼は五十ほどの誠実そうな男性で、髪はすっかり白くなっています。
「若奥様がいらっしゃるなんて珍しいですね」
「はい、実はどうしても確認したいことがありまして」
「一体何でしょう?」
「まず、アドルフさんは今公爵閣下と一緒に跡継ぎの勉強中ということで、それは間違いないですよね?」
「はい、公爵閣下からも聞いているので間違いありませんが、一体なぜそのようなことを?」
執事は怪訝そうに首をかしげます。
「実は今妹が来ているのですが、妹はここ最近アドルフさんを名乗る人物と仲良くしているらしいのです。本物のアドルフさんが勉強中だとすると、妹は偽者と仲良くしているということになります。心当たりはありませんか?」
「偽者ですか……」
私が尋ねると、彼は少し考えた末、大きく溜め息をつきました。
「一応確認しておきますが、その偽者が赤の他人という可能性はありませんか?」
「はい、妹は元々アドルフさんに強い憧れを持っていましたし、最近もその人物に何度も会っているようなのでよほど似て居なければ誤魔化せないかと思います」
「よろしければ妹さんから聞いた話を教えていただけませんか?」
「分かりました」
私はレイチェルから聞いた話をかいつまんで話します。
聞き終えた執事は再び大きなため息をつきました。どうも彼はよほどその人物のことを話したくないようです。
「分かりました、お話しましょう。一つ言っておきますと、このことを若奥様に伝えていなかったのは隠し事をしていたとかではなく、一家の恥であるため我々一同なかったことにしていたせいなのです」
「分かりました」
私はごくりと唾をのみ込みます。
「実は我が家にはアドルフ様の双子の兄でアーロンという人物がいたのです」
嫁いでからこの家について色々なことを聞きましたが、そのような人物がいることは初めて知りました。
そのため私は内心かなり驚いてしまいます。
「彼はまるでアドルフ様に全てのいいところを奪い取られたような人間で、幼いころから残虐で性格が悪く、自分のためなら他人をどんな目に遭わせることもいとわないという方でした。例えば五歳の時から自分が屋敷の花瓶を割ってしまった時に使用人の弱みを握り、代わりに自首させたのです。また、七歳の時は初めてメイドに手を出し、公爵閣下が大激怒しました。また、彼はアドルフ様と姿が瓜二つなのを良いことに、街に出て『アドルフだ』と名乗っては窃盗や無銭飲食を繰り返していました」
「そのような方がいらっしゃったとは」
世の中には根っからの悪党の人物がいるとは思っていましたが、それがまさかよりにもよって大貴族の息子に生まれてくるとは。
「そしてアーロンが十一の時でした。彼はアドルフ様が普段身に着けている服や持ち歩いている剣を持って夜の街に繰り出し、歩いている町人の娘を片っ端から襲ったのです。それにはさすがの公爵閣下も激怒し、アーロンは追放されました。そしてその時の被害者を始め、それまでアーロンの被害に遭ったと思われる人物には多額の口止め料を渡し、アーロンの存在を闇に葬ったのです。また、その時にアドルフ様は身に着けている服装や装飾品を全て変えました。家を追放されたアーロンの財力ではそれをまねることは出来ず、それ以降アーロンの話を聞くこともありませんでしたが、まさか裏でそのようなことをしていたとは」
話を聞いて戦慄しました。
レイチェルを騙しているのはただの詐欺師などではなく、そこまでの人物だったとは。十一歳のころにすでにそこまでの悪事を行い、それから五年ほど経った今ではそれよりもさらに大きな悪事を企んでいる可能性があります。
レイチェルだけではなく私の実家、ハワード家にまで被害が及ぶかもしれません。
「あの、一体どうすれば……」
「とりあえず妹さんにはあなたから言って聞かせてください。種さえ分かればもう近づくこともないでしょう。公爵閣下には私から伝えておきます」
「分かりました」
こうして私はレイチェルが待つ応接室に戻ったのです。
彼は五十ほどの誠実そうな男性で、髪はすっかり白くなっています。
「若奥様がいらっしゃるなんて珍しいですね」
「はい、実はどうしても確認したいことがありまして」
「一体何でしょう?」
「まず、アドルフさんは今公爵閣下と一緒に跡継ぎの勉強中ということで、それは間違いないですよね?」
「はい、公爵閣下からも聞いているので間違いありませんが、一体なぜそのようなことを?」
執事は怪訝そうに首をかしげます。
「実は今妹が来ているのですが、妹はここ最近アドルフさんを名乗る人物と仲良くしているらしいのです。本物のアドルフさんが勉強中だとすると、妹は偽者と仲良くしているということになります。心当たりはありませんか?」
「偽者ですか……」
私が尋ねると、彼は少し考えた末、大きく溜め息をつきました。
「一応確認しておきますが、その偽者が赤の他人という可能性はありませんか?」
「はい、妹は元々アドルフさんに強い憧れを持っていましたし、最近もその人物に何度も会っているようなのでよほど似て居なければ誤魔化せないかと思います」
「よろしければ妹さんから聞いた話を教えていただけませんか?」
「分かりました」
私はレイチェルから聞いた話をかいつまんで話します。
聞き終えた執事は再び大きなため息をつきました。どうも彼はよほどその人物のことを話したくないようです。
「分かりました、お話しましょう。一つ言っておきますと、このことを若奥様に伝えていなかったのは隠し事をしていたとかではなく、一家の恥であるため我々一同なかったことにしていたせいなのです」
「分かりました」
私はごくりと唾をのみ込みます。
「実は我が家にはアドルフ様の双子の兄でアーロンという人物がいたのです」
嫁いでからこの家について色々なことを聞きましたが、そのような人物がいることは初めて知りました。
そのため私は内心かなり驚いてしまいます。
「彼はまるでアドルフ様に全てのいいところを奪い取られたような人間で、幼いころから残虐で性格が悪く、自分のためなら他人をどんな目に遭わせることもいとわないという方でした。例えば五歳の時から自分が屋敷の花瓶を割ってしまった時に使用人の弱みを握り、代わりに自首させたのです。また、七歳の時は初めてメイドに手を出し、公爵閣下が大激怒しました。また、彼はアドルフ様と姿が瓜二つなのを良いことに、街に出て『アドルフだ』と名乗っては窃盗や無銭飲食を繰り返していました」
「そのような方がいらっしゃったとは」
世の中には根っからの悪党の人物がいるとは思っていましたが、それがまさかよりにもよって大貴族の息子に生まれてくるとは。
「そしてアーロンが十一の時でした。彼はアドルフ様が普段身に着けている服や持ち歩いている剣を持って夜の街に繰り出し、歩いている町人の娘を片っ端から襲ったのです。それにはさすがの公爵閣下も激怒し、アーロンは追放されました。そしてその時の被害者を始め、それまでアーロンの被害に遭ったと思われる人物には多額の口止め料を渡し、アーロンの存在を闇に葬ったのです。また、その時にアドルフ様は身に着けている服装や装飾品を全て変えました。家を追放されたアーロンの財力ではそれをまねることは出来ず、それ以降アーロンの話を聞くこともありませんでしたが、まさか裏でそのようなことをしていたとは」
話を聞いて戦慄しました。
レイチェルを騙しているのはただの詐欺師などではなく、そこまでの人物だったとは。十一歳のころにすでにそこまでの悪事を行い、それから五年ほど経った今ではそれよりもさらに大きな悪事を企んでいる可能性があります。
レイチェルだけではなく私の実家、ハワード家にまで被害が及ぶかもしれません。
「あの、一体どうすれば……」
「とりあえず妹さんにはあなたから言って聞かせてください。種さえ分かればもう近づくこともないでしょう。公爵閣下には私から伝えておきます」
「分かりました」
こうして私はレイチェルが待つ応接室に戻ったのです。
17
お気に入りに追加
2,282
あなたにおすすめの小説
【完結】こんな所で言う事!?まぁいいですけどね。私はあなたに気持ちはありませんもの。
まりぃべる
恋愛
私はアイリーン=トゥブァルクと申します。お父様は辺境伯爵を賜っておりますわ。
私には、14歳の時に決められた、婚約者がおりますの。
お相手は、ガブリエル=ドミニク伯爵令息。彼も同じ歳ですわ。
けれど、彼に言われましたの。
「泥臭いお前とはこれ以上一緒に居たくない。婚約破棄だ!俺は、伯爵令息だぞ!ソニア男爵令嬢と結婚する!」
そうですか。男に二言はありませんね?
読んでいただけたら嬉しいです。
あなたとの縁を切らせてもらいます
しろねこ。
恋愛
婚約解消の話が婚約者の口から出たから改めて考えた。
彼と私はどうなるべきか。
彼の気持ちは私になく、私も彼に対して思う事は無くなった。お互いに惹かれていないならば、そして納得しているならば、もういいのではないか。
「あなたとの縁を切らせてください」
あくまでも自分のけじめの為にその言葉を伝えた。
新しい道を歩みたくて言った事だけれど、どうもそこから彼の人生が転落し始めたようで……。
さらりと読める長さです、お読み頂けると嬉しいです( ˘ω˘ )
小説家になろうさん、カクヨムさん、ノベルアップ+さんにも投稿しています。
あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。
秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」
「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」
「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」
「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」
あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。
「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」
うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、
「――俺のことが怖くないのか?」
と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?
よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!
公爵を略奪しようと公爵家に乗り込んだ妹が本妻に追い払われた話。
ほったげな
恋愛
妹は婚約者がいながら、公爵と不倫していた。その公爵と結婚するため婚約破棄し、本妻に「公爵と別れて!」と言いに行ったのだが…?!※シナリオ形式です。
初恋の君と再婚したい?お好きになさって下さいな
藍田ひびき
恋愛
「マルレーネ。離縁して欲しい」
結婚三年目にして突然、夫であるテオバルト・クランベック伯爵からそう告げられたマルレーネ。
テオバルトにはずっと想い続けている初恋の君がいた。ようやく初恋の女性と再会できた夫は、彼女と再婚したいと述べる。
身勝手な言い分に呆れつつも、マルレーネは離縁を受け入れるが……?
☆コミカライズ版がブシロードワークス様より2025年2月7日発売の「愛さないと言われた令嬢ですが、勝手に幸せになりますのでお構いなく! アンソロジーコミック」に収録されています。
※ なろうにも投稿しています。
うるさい!お前は俺の言う事を聞いてればいいんだよ!と言われましたが
仏白目
恋愛
私達、幼馴染ってだけの関係よね?
私アマーリア.シンクレアには、ケント.モダール伯爵令息という幼馴染がいる
小さな頃から一緒に遊んだり 一緒にいた時間は長いけど あなたにそんな態度を取られるのは変だと思うの・・・
*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです
あなたの1番になりたかった
トモ
恋愛
姉の幼馴染のサムが大好きな、ルナは、小さい頃から、いつも後を着いて行った。
姉とサムは、ルナの5歳年上。
姉のメイジェーンは相手にはしてくれなかったけど、サムはいつも優しく頭を撫でてくれた。
その手がとても心地よくて、大好きだった。
15歳になったルナは、まだサムが好き。
気持ちを伝えると気合いを入れ、いざ告白しにいくとそこには…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる