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ダンジョン都市アルディナと王女ティア

新たな一歩

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 服屋に入ると、そこの店員は俺たちを見て少し変な顔をした。俺は普通の旅人のような恰好をしているが、リンは役場職員のような服装だし、ティアは黒ローブで体をすっぽり包んでいて、まるで統一感がない。

「いらっしゃいませ。どのような服をお求めでしょうか?」
「メイドや魔術師の職業が強化される服はあるか?」
「はい、メイドでしたら高級なメイド服の中には職業の効果を強化する効果があるものもありますが……しかし魔術師の強化ですと、魔道具を取り扱う店に行っていただけなければなりません」
「なるほど」

 これまで誰も複数の職業の効果を同時に受けることがないから気づかなかったが、魔術師の効果をメイドの効果で強化して、さらにメイドの効果をメイド服で強化すれば間接的に魔術師も強化される訳か。

 魔力を直接強化するような魔道具は値段が張ると聞くし、強化のしやすさを考えるとメイドと魔術師を合成した思わぬ副産物があった。

「でしたらそれを買っていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ」

 ティアの方から頼んできたので俺は頷く。
 王女なのにメイド服でいいのかと思ったが、先ほどメイドの方が正体がバレにくいと言っていたように、特に不満に思う様子もなさそうだった。
 
「じゃあ一番強化効果が高そうなものから好きに選んできてくれ。あと、適当に部屋着も買ってくれ」
「ありがとうございます!」

 そう言って彼女は店員と一緒に去っていく。
 リンは自分の時のことを思い出したのか、微笑まし気に見つめていた。



 それから三十分ほどして、ティアが戻ってくる。
 戻ってきたティアの姿を見て俺たちは息を呑んだ。

 彼女が着ているのは黒いワンピースにフリルのついた白いエプロン、そしてホワイトブリムといういわゆる普通のメイド服だ。華美な装飾はミニ丈のワンピースの裾についているフリルと、胸元と髪をまとめているリボンぐらいだろう。
 それなのにティア本人の美しさがあって、まるでドレスを着ているかのような美しさがあった。

「いかがでしょう? これで立派なメイドさんに見えるでしょうか?」
「いや、それはどうだろう……」
「え? もしかして何か変なところがありますか?」

 俺の言葉に慌てて裾や襟元を確認するティア。

「いや、そういう意味じゃない、ただメイドにしては綺麗すぎるなと思っただけだ」
「え、き、綺麗!?」

 あまり深い意味なく言ったのだが、思いのほかティアが動揺しているので俺もつられて動揺してしまう。

「そうだけど……よく言われるだろ?」
「それは言われましたが、これまで言われてきた”綺麗””美しい”はあくまで王女という地位や高価なドレスに対するものだと思ってましたので……」
「そんなことはないと思うけどな」

 俺の言葉にティアは少し嬉しそうにする。

「ありがとうございます……なら大丈夫、でしょうか?」
「恐らく」

 いくら見た目が綺麗だからといって、王女本人だと思われることはさすがにないはずだ。
 が、俺がティアに見とれているとリンが少しぶっきらぼうな口調で言う。

「あの、何か私の時より見とれてませんか?」
「いや、そんなことはない! ちゃんとメイドに見えるか確認していただけだ!」
「ならいいですが……」

 リンは納得したような納得していないような声で答える。

「ほら、あまり長居しても迷惑だから」

 不審げに俺たちを見ている店員さんにお金を払うと、俺たちは逃げるようにその場を離れた。
 


 翌日、俺たちはティアの杖を買い、さらにリンと俺もきちんとした剣を買う。俺たちは山賊から奪った剣を使っていたが、まとまったお金が入った以上体格に見合うものを買い直したと言う訳だ。

 そして俺たちは満を持してギルドの受付に向かう。

「パーティーの仲間が一人増えたから登録して欲しい」
「ティアです。よろしくお願いします」

 彼女は礼儀正しく頭を下げる。王族として覚えた礼儀作法なのだが、熟練したメイドに見えなくもない。

「……パーティーにメイド?」

 そんな彼女を見て受付嬢は首をかしげながら用紙を差し出した。
 そこで俺はとってつけたような設定を話す。

「いや、彼女は知り合いの家でメイドをしていたが、白魔術師の職業を授かったのでパーティーに入れることにしたんだ」
「なるほど」

 おそらくそういう風に冒険者になる人は一定数いるのだろう、受付嬢はそれで納得したようだった。

 ティアは受け取った用紙に記入していたが、職業の欄で手が止まる。そして少しためらった後、「白魔術師」と記入した。
 名前の欄に着くと再び手が止まる。

 そうか、前日に「王女」の職業を手放したとはいえ、実際に公式の書類に新しい職業と名前を書くのは彼女にとって初めてなのか。
 それは彼女にとっては重大事だろう。
 すでに頭では決心していたことだとしても、実際に以前までの自分を捨て、新しい自分になったことを書くのは勇気がいるに違いない。

「……大丈夫か?」
「はい。よろしければ私の左手を握ってもらえませんか?」
「ああ」

 俺は言われるがままにティアの手を握る。かすかにではあるがティアの手は震えている。

「あの、リンさんも」
「え、私も?」

 少し驚いたようだがリンも俺たちに手を重ねる。
 するとティアは大きく息を吸って、用紙に「ティア」と書いた。

「これで、お願いします」
「はい」

 受付嬢は若干訝しんでいたものの、用紙を受け取る。
 一方のティアの表情は少しの寂しさと、そして大きな解放感に包まれていた。そしてすぐに手の震えも止まる。

「ありがとうございます。アレン様のおかげで完全に、新しい自分になることが出来ました」

 いいのか、と聞こうとしたが徐々にティアの表情からは寂しさが消えていき、喜びの色が大きくなっていく。
 いいか悪いかはともかく、彼女は自分の意志で新しい一歩を踏み出したのだ。

「良かったな」
「はい、本当に……。改めてアレン様も、リンさんもよろしくお願いします」
「よろしく」
「よろしくお願いします、ティアさん」

 こうして俺たちのパーティーには三人目が加入した。
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