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婚約破棄

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「全く、この程度の魔法も使えないなんて、お前は本当に役立たずだ」
「すみません……」

 苛ついたようにため息をつく婚約者のブランドに私は必死で頭を下げる。
 が、彼は私の謝罪には耳を貸さず、苛立ちながら言葉を続けた。

「謝ってもらっても困るな、全く。僕は君が宮廷魔術師グロール様の娘だから婚約を受けたというのに。これじゃその辺の貴族令嬢の方を連れてきた方がまだましだ」
「すみません」
「そう言うなら、基本的な精霊召喚の魔法ぐらいは使ってみせてくれないか?」

 彼はすっかりうんざりしたように言った。
 私の婚約者のブランドは武門の名門オーガスト家の跡継ぎで、ブランドも幼いころから卓越した剣技の使い手と言われている。父のオーガスト公は王国の将軍を務めている。
 長身で容姿も端麗、令嬢の中には彼との結婚に憧れる人も多いと聞く。
 私も婚約が決まった当初は甘い結婚生活を夢見たものだ。

 しかし現実はそううまくはいかなかった。
 私は彼に言われた通り、再び意識を集中させる。

 精霊召喚は貴族が学ぶ魔法の中では初歩の初歩だ。平民の魔法使いの中では自分で火をおこしたり水を出したりする者もいるが、精霊を召喚するのが貴族のたしなみとされている。
 召喚出来るのは当然、いかに高貴な精霊を召喚するか、いかに難しい行動をさせられるかが腕の見せ所だ。

 しかし私は宮廷魔術師グロールの娘として生まれ、幼いころから英才教育を受けながら何度やっても召喚することすら出来なかった。
 私は改めて自分の中に魔力を集めるようなイメージをする。

 すると体中の魔力が一か所に集まってくるのを感じる。

 今だ。

「サモン・ノーム」

 私は土の小人を召喚する呪文を唱える。

 が、次の瞬間。

 ボン、という破裂音とともに私が集めた魔力がはじけ渡る音が響き渡る。

 やはりまただめだったのだ。
 それを見てブランドは改めて溜め息をつく。

「やっぱり出来ないじゃないか。はあ、全く。これでは僕の相手にふさわしくないな」

 私の生まれたオールストン家は父のグロールが宮廷魔術師を務める魔術の名門であり、代々優秀な魔術師を輩出し、宮廷魔術師を独占してきた。
 オールストン家に生まれた者は遺伝と英才教育により、みな貴族の平均以上の魔術師しかいないと言われてきた。そのため私も、武門の名門の結婚相手としてふさわしい、とブランドとの婚約が決まった。

 しかし幼いころから私は魔法をうまく使うことは出来なかった。最初は大器晩成型なのか、とか何かコツのようなものを掴めばすぐに追いつけるのではないか、と私も周囲も思っていた。
 が、それは成長しても変わらなかった。むしろ幼いころの方がまだ簡単な魔法ぐらいは使えていたような気がするので、悪化しているかもしれない。今ではプレッシャーのせいか、どんな魔法を使おうとしても魔力が暴走して爆発してしまうのだ。

 そんな私の様子を見てブランドはさらに大きなため息をつく。

「全く、君にはもううんざりだ。僕はもっと自分にふさわしい相手と婚約するから君のような無能とは婚約破棄させてもらおう!」
「え……」

 それを聞いて私は絶句してしまう。
 いくら魔法が使えないからといって他に何か悪いことをした訳でもないのに、婚約破棄を言い渡されるだなんて。
 が、ブランドは呆れたように言った。

「当然だろう? 僕は君が父親の魔力を受け継ぎ、しかも魔法の技量も令嬢の中では卓越していると聞かされていたんだ。だが実態は全然違った。こんなのまるで詐欺じゃないか」
「いえ、私はそんなことは一言も……」

 きっと婚約の時に父上が今後の期待もこめてそんな風に紹介したのだろうが、私自身はそういう風に名乗った記憶は全くないので理不尽に思えてしまう。

 が、ブランドは余計に険しい表情になる。

「じゃあ猶更君を婚約者にし続ける理由はない。僕はもっと自分にふさわしい相手を探さなければならない。そのためには一刻も早く婚約を破棄しないといけないんだ。もっともすでにたくさんの時間を無駄にしてしまったが。さあ、早く帰って君の両親に伝えてくれ。もっとも、君の両親だって娘がこんなんでは恥ずかしくて抗議も出来ないと思うけどね」

 ブランドは取り付く島もない様子で言った。

 今の彼を説得するには、魔法を使う以外の方法はないだろう。そしてそれは悲しいけど今の私には出来ない。
 私はやむなく追い出されるようにして彼の屋敷を離れるのだった。
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