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完璧な妹
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授業が終わった私はすっかり傷心してしまう。
私は唯一の楽しみである、居間のテーブルに出ているお菓子を食べにいく。以前は午後三時ぐらいの時間に私が居間に向かえばメイドがお茶を淹れてくれたものだが、今では誰も私と目を合わせようともしない。
仕方なく、自分で紅茶を淹れてケーキを食べる。甘い物を口に入れるとささくれていた気持ちが少しだけ落ち着いた。
が、そんな私の束の間の安らぎを邪魔する足音が近づいて来る。
「お姉様、すごく気落ちしているようですね」
その声を聞いて私の心は一気に張りつめた。
そこに立っていたのは妖精の愛し子、などと呼ばれている妹のリリーがいた。彼女が愛想笑いを浮かべると、悔しいながら私もその笑顔に惹きつけられてしまう。しかしその笑顔の裏にはどす黒い本性があるということを私はすでに嫌というほど知っていた。
「リリー。お帰り」
私は平静を装って答える。するとリリーは私の隣に腰を下ろし、当たり前のように私が用意したポットの紅茶を飲む。
彼女にとって私のものを奪うことは自分のものを自分で使うことと全く同じことのようであった。
おそらく悪いという意識すらないのだろう。
「お姉様は今日は学問の授業でしたっけ。頑張っていただかないと困りますわ、私がいくら頑張っても長女であるお姉様の評判が悪ければエルガルド公爵家に悪い評判が立ってしまいますから」
「……」
リリーの言葉に私は沈黙するしかない。私の生活におけるわずかな癒しのひと時だったが、諦めてその場を立ち去ろうか。そう考えた時だった。
リリーの目が私の右手に向かう。
「お姉様、今日は右手の動かし方が不自然ですね。お怪我でもされましたか?」
どうやら先ほど先生に痛めつけられたため、無意識のうちにかばうような動作をしてしまっていたらしい。リリーは観察眼も鋭かった。
「別に、大したことないわ」
「私は医術の勉強もしていますので、そう言わずに見せてくださいな」
そう言ってリリーはぐいっと私の腕を掴む。先ほど真っ赤に腫れあがった腕を強引に掴まれたことで、私の腕に急激に痛みが走る。
「痛っ」
私は思わず悲鳴を上げる。
そしてこれはおそらくわざとだろう、と私は直感する。
そう思った私は強引に手を振り払う。
「どうしたの?」
そこへ先ほどの声を聞いて母上がこちらにやってきた。
すると、なぜかリリーが目に涙を溜めながら自分の手を抑えている。
「まあ、何があったの?」
「母上、私はお姉様が腕を怪我していそうだったので診てあげようと思ったのですが、急に腕を払いのけられてつい悲鳴をあげてしまいました。でも、私は大丈夫です」
そう言ってリリーは健気そうな笑顔を作る。あまりにも自然な演技力に、私ですら一瞬リリーの言うことが正しいと錯覚してしまいそうになったぐらいだ。
それを見て母上はぎろりとこちらを睨みつける。
「またリリーをいじめたの?」
「違います、そもそも私は一度も」
が、母上は私の話を最後まで聞かずに険しい声で言う。
「何であなたよりきれいで学問も手習いも出来るリリーがあなたのことをいじめなければならないの?」
「いいのです母上、姉上も学問の先生に怒られてきっと気が立っていたのでしょう」
母の言葉も言葉ですが、リリーも自分で私を陥れておいて安い茶番を繰り広げてくる。
先ほど母上は「また」と言っていたが、それはリリーが定期的にこういう茶番を繰り広げて私の評価を貶めようとしてくるからだ。そのたびに母上は「完璧な妹」であるリリーのことを一方的に信じてきた。
そしてそのたびに母上の中で私の印象が悪化するという悪循環が回っていく。
「分かったわ。リリーの顔を立てて許してあげるけど、もうだめだからね」
そう言って母上は勝手に理解ある対処をした気分になって去っていった。
後に残された私を見てリリーはふふっ、と笑う。
「姉上はどうせ何を言っても信じてもらえませんから、さっさと認めた方が楽ですよ」
「そ、そんな」
が、私の抗議も聞かずに彼女は満足そうに去っていった。
私は唯一の楽しみである、居間のテーブルに出ているお菓子を食べにいく。以前は午後三時ぐらいの時間に私が居間に向かえばメイドがお茶を淹れてくれたものだが、今では誰も私と目を合わせようともしない。
仕方なく、自分で紅茶を淹れてケーキを食べる。甘い物を口に入れるとささくれていた気持ちが少しだけ落ち着いた。
が、そんな私の束の間の安らぎを邪魔する足音が近づいて来る。
「お姉様、すごく気落ちしているようですね」
その声を聞いて私の心は一気に張りつめた。
そこに立っていたのは妖精の愛し子、などと呼ばれている妹のリリーがいた。彼女が愛想笑いを浮かべると、悔しいながら私もその笑顔に惹きつけられてしまう。しかしその笑顔の裏にはどす黒い本性があるということを私はすでに嫌というほど知っていた。
「リリー。お帰り」
私は平静を装って答える。するとリリーは私の隣に腰を下ろし、当たり前のように私が用意したポットの紅茶を飲む。
彼女にとって私のものを奪うことは自分のものを自分で使うことと全く同じことのようであった。
おそらく悪いという意識すらないのだろう。
「お姉様は今日は学問の授業でしたっけ。頑張っていただかないと困りますわ、私がいくら頑張っても長女であるお姉様の評判が悪ければエルガルド公爵家に悪い評判が立ってしまいますから」
「……」
リリーの言葉に私は沈黙するしかない。私の生活におけるわずかな癒しのひと時だったが、諦めてその場を立ち去ろうか。そう考えた時だった。
リリーの目が私の右手に向かう。
「お姉様、今日は右手の動かし方が不自然ですね。お怪我でもされましたか?」
どうやら先ほど先生に痛めつけられたため、無意識のうちにかばうような動作をしてしまっていたらしい。リリーは観察眼も鋭かった。
「別に、大したことないわ」
「私は医術の勉強もしていますので、そう言わずに見せてくださいな」
そう言ってリリーはぐいっと私の腕を掴む。先ほど真っ赤に腫れあがった腕を強引に掴まれたことで、私の腕に急激に痛みが走る。
「痛っ」
私は思わず悲鳴を上げる。
そしてこれはおそらくわざとだろう、と私は直感する。
そう思った私は強引に手を振り払う。
「どうしたの?」
そこへ先ほどの声を聞いて母上がこちらにやってきた。
すると、なぜかリリーが目に涙を溜めながら自分の手を抑えている。
「まあ、何があったの?」
「母上、私はお姉様が腕を怪我していそうだったので診てあげようと思ったのですが、急に腕を払いのけられてつい悲鳴をあげてしまいました。でも、私は大丈夫です」
そう言ってリリーは健気そうな笑顔を作る。あまりにも自然な演技力に、私ですら一瞬リリーの言うことが正しいと錯覚してしまいそうになったぐらいだ。
それを見て母上はぎろりとこちらを睨みつける。
「またリリーをいじめたの?」
「違います、そもそも私は一度も」
が、母上は私の話を最後まで聞かずに険しい声で言う。
「何であなたよりきれいで学問も手習いも出来るリリーがあなたのことをいじめなければならないの?」
「いいのです母上、姉上も学問の先生に怒られてきっと気が立っていたのでしょう」
母の言葉も言葉ですが、リリーも自分で私を陥れておいて安い茶番を繰り広げてくる。
先ほど母上は「また」と言っていたが、それはリリーが定期的にこういう茶番を繰り広げて私の評価を貶めようとしてくるからだ。そのたびに母上は「完璧な妹」であるリリーのことを一方的に信じてきた。
そしてそのたびに母上の中で私の印象が悪化するという悪循環が回っていく。
「分かったわ。リリーの顔を立てて許してあげるけど、もうだめだからね」
そう言って母上は勝手に理解ある対処をした気分になって去っていった。
後に残された私を見てリリーはふふっ、と笑う。
「姉上はどうせ何を言っても信じてもらえませんから、さっさと認めた方が楽ですよ」
「そ、そんな」
が、私の抗議も聞かずに彼女は満足そうに去っていった。
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