上 下
6 / 22

隣国

しおりを挟む
 それから一週間ほどの馬車の旅をした。目立たない馬車だったからか、山賊に襲われることもなく、私は無事隣国スタンレット王国の国境に辿り着いた。
 馬車の旅は最初は景色を見て楽しめたが、揺れるし暇だしでだんだんと苦痛に感じるようになっていった。小さい頃勉強を嫌がったのも、あまり一つの場所にじっとしているのが好きではないからだ。ずっと馬車の座席に座っているとだんだん体がむずむずするような感覚に襲われる。

 そんな訳で私が馬車旅を苦痛に思い始めたところで、私たちは国境を越えてスタンレット王国領に入る。
 が、そこには煌びやかな服装の騎士団が待っていた。御者が馬車を停め、先頭の騎士が一人こちらに進み出る。いかにも軍人といった感じのいかついけど真面目そうな表情の人物だ。

「ようこそヘレン殿。わしはスタンレット王国近衛第三騎士団長のグレイルでございます。ヘレン殿の王都までの送迎をさせていただきます」

 そう言って彼は馬車に向かって敬礼する。
 それを見て私は首をかしげた。私は人質としてやってきた以上、兵士が出迎えるにしてもそれは逃亡を防止するための人員だと思っていた。
 しかしそれなら近衛騎士団を派遣する必要はない。なぜなら私が本気で逃亡を考えているならスタンレット王国領に入るまえに逃げるからであり、その後急に逃げ出すのを防ぐためなら適当な兵士で十分だ。
 しかも彼は私に対してなぜか敬礼をしている。いくら私が王族とはいえ、通常の敗戦国の人質の扱いとは少し違う。

 とはいえ、相手が礼を尽くしてきた以上こちらもそれに応えなければならない。
 私は馬車を出て彼に頭を下げる。

「オールディズ王国王女のヘレンと言います」
「ヘレン殿、王都まではわしが護衛させていただくのでご安心ください。というかヘレン殿、一国の王女なのに護衛が少なすぎでは!?」

 グレイルが当然の疑問を口にする。
 さすがに「我が国の王族は人質を厄介払い程度にしか考えていませんよ」などと本当のことを言うと和議にひびが入るので、私は当たり障りのない言い訳を口にする。

「このたびの敗戦で国も色々大変でして」
「それは大変ですな。また、要望などあればなんなりと申し付けくだされ」

 要望? なぜ彼はそんなことを言うのだろうか。普通人質には出来るだけしゃべらせないようにして馬車に押し込めておく方が扱いやすいと思うけど。
 彼の意図を疑問に思った私はダメ元と思いつつ尋ねてみることにする。

「ずっと馬車に乗り続けて窮屈だったので体を動かしてみたいのですが」
「なるほど。でしたら次の街でしばしの間観光でもされますか?」
「え、いいんですか!?」

 思いのほか好意的な反応に自分で尋ねておいて私は驚いてしまう。

「もちろんです。ただ護衛だけはつけさせていただきますが」
「あ、ありがとうございます」

 護衛と言いつつ監視ではないかとは思ったものの、だからといって街を自由に歩かせてくれるのは人質としては破格の待遇だ。やはりグレイルは私への扱いが丁重すぎる。

「すみません、それではもう一時間ほど馬車旅をご辛抱ください」
「わ、分かりました」 

 それから私の馬車の周囲をグレイル率いる騎士団の馬車や騎馬が囲んでの行軍に変わる。最初は少し怖かったが、彼らからあまり敵意が感じられないのでだんだん護衛として頼もしく感じられるようになってきた。

 一時間ほどして私たちはスタンレット王国の街に着く。時刻はまだ昼過ぎだった。
 そこでグレイルが足を止め、馬車にやってくる。

「まだ早いですがこの街に泊まりましょう。宿は我らでとっておきますので、ご自由に散策してください」
「ありがとうございます」
「我ら出来るだけ目立たぬように護衛させていただきますので」

 こうしてなぜか私は自由を得た。オールディズ王国にいた時も勝手に王宮を抜け出していた子供時代を除けば、こんなことはなかったと思う。
 恐らく普通の街ではあったが、隣国だけあって建物の作りや売っている物、言葉の訛りや人々の服装などが少しずつ違って、歩いているだけで楽しかった。
 ちょうど昼過ぎだったこともあって適当に見つけたお店に入り、食事もとる。

 こんなに自由にしていていいのだろうかと思ったが、時折私が歩いているといかつい顔をした男とすれ違うので、おそらく鎧を脱いだ兵士が監視兼護衛のために私の周りをうろうろしているのだろう。

 そんな訳で私は久し振りの自由な生活を存分に楽しんで、夕方頃に指定された宿へ向かう。そこは役人や豪商などの偉い人が使う宿のようで、私が向かうとグレイルがいかつい顔で待っていた。

「お帰りなさいませ、ヘレン殿」
「いえ……こちらこそ楽しませてもらってすみません」
「いえいえ、殿下から丁重に扱うようにとのご命令ですので。ではどうぞお部屋へ」
「は、はい」

 殿下、ということはあの冷血王子で有名なマイルズ殿下だろうか。その殿下がなぜ私を丁重に扱うのだろうか。全く意図は分からないが、丁重な扱いを受けて悪い気はしない。
 下手に理由を詮索して「実は勘違いでした」などと藪蛇なことになっても困る。

 そう思った私は大人しく厚遇を受けることにし、宿の立派なベッドで眠りにつくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

君は、妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは、婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でも、ある時、マリアは、妾の子であると、知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして、次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。  社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。  あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。  だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。  ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!  ……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。  こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!? ※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...