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冷血王子の評判
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私が荷造りしていると、不意に姉のキャサリンがやってくる。
「準備はどう?」
「まあまあですけど」
「これは姉としての親切で教えてあげるんだけど、スタンレット王国の王太子、マイルズ殿下は冷血王子として評判なんだって」
親切と言いつつ、姉上は私がそういう評判の王子の元に嫁ぐことが嬉しくて嬉しくて仕方ないとでも言いたげな表情を浮かべている。
とはいえ私も隣国についてはあまり詳しくないので、一応聞いてみることにする。
「冷血王子ってどういうこと?」
「彼は目的のためなら手段を選ばない冷酷非道な人物なんだって。噂によると虚偽の報告をした役人をその場で自分の剣を抜いて手打ちにしたとか」
「本当に!?」
姉上は嬉しそうに語るが、思わず私は身震いしてしまう。
死刑にした、とかならちょっと厳しいなと思うだけだが、自分で殺したというのは王族としてはなかなかに恐ろしい性格だ。最も噂なので本当かは分からないが。
私の脅えようを見て、姉上は満足そうに笑う。
「もし我が国とスタンレット王国の和議にひびが入ればあなたも身も危ういかもしれないわね」
そう言って姉上は去っていく。それを見て私はため息をついた。
和議にひびが入れば人質の身に危害が加わる可能性はあるが、再び戦争になればこの国も危なくなるということに思慮が及ばないのだろうか、と私は少し心配になる。
とはいえ姉上の話を聞いてさすがに少し怖くなる。もし彼が和議にひびが入った際に私を殺すような人物だったらどうしよう。
そう思った私は自分で周囲の人々に冷血王子マイルズの噂を聞いてみることにする。
「あの、すみません」
私はたまたま廊下ですれ違った家臣の一人に声をかける。
「何でしょう、ヘレン殿下」
「隣国の王子、マイルズ殿下というのはどういう方なのでしょうか?」
彼は四十ほどの文官という外見であったが、マイルズの名前を出されるとさっと表情を曇らせる。
当然彼は私が人質に向かうと知っているからそういう反応をしたのだろう。
「あの方はここ数年政務や軍務に携わるようになり、ここ数年急激に有名になった方です。これまで隣国でも、そして我が国でもお恥ずかしいことに法を犯す役人が多かったのです」
「そうなのですか!」
私は驚くが、確かに役人というのは賄賂をとるというイメージはある。
「はい。法では賄賂は禁じられているのですが、実際のところ黙認されているというのが実情です。というのも、賄賂を受け取った役人はその上長にも賄賂のいくらかを送るからです。しかしマイルズ殿下は何かの役職に就いた際、彼に賄賂を持っていった役人をそのまま牢獄に放り込んだらしいのです」
「それはなかなかすごい人物ですね」
とはいえ先ほどキャサリンに聞いた話と比べると、これはむしろいい話のような気がする。自分に賄賂を贈ろうとしてきた役人でも公平に処罰するというのはいいことではないか。この話からは冷酷さよりもむしろ合理的なイメージを感じる。
問題はその彼が隣国からの人質として送られてくる私をどういう風に思うかだ。敵だと思えば『人質に使うお金が無駄』とでも言われて奴隷と同じような暮らしをさせられるかもしれない。
その後私はさらに数人に似たようなことを訊いて回ったが、やはり果断で冷酷な人物という印象が強かった。もしかすると非常に優秀な人物かもしれないが、自分の国の王子が優秀なのは嬉しいが、人質に出た先の王子が優秀でもあまり嬉しくない。
そんな訳で私は出発の日が近づくにつれ、不安ばかりが募っていくのだった。
「準備はどう?」
「まあまあですけど」
「これは姉としての親切で教えてあげるんだけど、スタンレット王国の王太子、マイルズ殿下は冷血王子として評判なんだって」
親切と言いつつ、姉上は私がそういう評判の王子の元に嫁ぐことが嬉しくて嬉しくて仕方ないとでも言いたげな表情を浮かべている。
とはいえ私も隣国についてはあまり詳しくないので、一応聞いてみることにする。
「冷血王子ってどういうこと?」
「彼は目的のためなら手段を選ばない冷酷非道な人物なんだって。噂によると虚偽の報告をした役人をその場で自分の剣を抜いて手打ちにしたとか」
「本当に!?」
姉上は嬉しそうに語るが、思わず私は身震いしてしまう。
死刑にした、とかならちょっと厳しいなと思うだけだが、自分で殺したというのは王族としてはなかなかに恐ろしい性格だ。最も噂なので本当かは分からないが。
私の脅えようを見て、姉上は満足そうに笑う。
「もし我が国とスタンレット王国の和議にひびが入ればあなたも身も危ういかもしれないわね」
そう言って姉上は去っていく。それを見て私はため息をついた。
和議にひびが入れば人質の身に危害が加わる可能性はあるが、再び戦争になればこの国も危なくなるということに思慮が及ばないのだろうか、と私は少し心配になる。
とはいえ姉上の話を聞いてさすがに少し怖くなる。もし彼が和議にひびが入った際に私を殺すような人物だったらどうしよう。
そう思った私は自分で周囲の人々に冷血王子マイルズの噂を聞いてみることにする。
「あの、すみません」
私はたまたま廊下ですれ違った家臣の一人に声をかける。
「何でしょう、ヘレン殿下」
「隣国の王子、マイルズ殿下というのはどういう方なのでしょうか?」
彼は四十ほどの文官という外見であったが、マイルズの名前を出されるとさっと表情を曇らせる。
当然彼は私が人質に向かうと知っているからそういう反応をしたのだろう。
「あの方はここ数年政務や軍務に携わるようになり、ここ数年急激に有名になった方です。これまで隣国でも、そして我が国でもお恥ずかしいことに法を犯す役人が多かったのです」
「そうなのですか!」
私は驚くが、確かに役人というのは賄賂をとるというイメージはある。
「はい。法では賄賂は禁じられているのですが、実際のところ黙認されているというのが実情です。というのも、賄賂を受け取った役人はその上長にも賄賂のいくらかを送るからです。しかしマイルズ殿下は何かの役職に就いた際、彼に賄賂を持っていった役人をそのまま牢獄に放り込んだらしいのです」
「それはなかなかすごい人物ですね」
とはいえ先ほどキャサリンに聞いた話と比べると、これはむしろいい話のような気がする。自分に賄賂を贈ろうとしてきた役人でも公平に処罰するというのはいいことではないか。この話からは冷酷さよりもむしろ合理的なイメージを感じる。
問題はその彼が隣国からの人質として送られてくる私をどういう風に思うかだ。敵だと思えば『人質に使うお金が無駄』とでも言われて奴隷と同じような暮らしをさせられるかもしれない。
その後私はさらに数人に似たようなことを訊いて回ったが、やはり果断で冷酷な人物という印象が強かった。もしかすると非常に優秀な人物かもしれないが、自分の国の王子が優秀なのは嬉しいが、人質に出た先の王子が優秀でもあまり嬉しくない。
そんな訳で私は出発の日が近づくにつれ、不安ばかりが募っていくのだった。
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